第18話 無理
『厄日か今日は……』
報告を聞きながら漏らした秋吉の言葉に、部下はどう返した物か頭を悩ませた。
「お気持ちお察しいたします」ではいささか他人事過ぎる。彼もこの駐屯地の人間である以上、今起きている騒動は他人事ではないからだ。
となると、無難に「同感です」とでも言うべきか。
『それで、報告の続きを』
そんなことを考えている内に、秋吉が先に部下へと報告の続きを促した。
『はっ。発砲の際に取り押さえようとした隊員2名が負傷。1人は片腕にかすり傷ですが、もう1名は腹部を撃たれ重傷です。現在は病院に搬送され処置を受けています』
下関駐屯地の前身である下関運動公園には市立病院が隣接しており、公園が取り壊され駐屯地が作られた際に接収され自衛隊病院となっている。
『問題の第2中隊第3小隊の隊員については、全員取り押さえた上で武器は押収。現在意識を失っていますので、目が覚め次第取り調べを行う予定です』
『だというのに……なぜまだ騒動が収まらんのだ』
秋吉は吐き出すように言った。
問題の小隊員を取り押さえ、事件は終わったはずだというのに、その後も基地内では混乱が続いていた。
先ほどは再び銃声が聞こえ、更に突然隊員が暴れだしたという報告も入っており、事件が終わっていないことが裏付けられていた。
『発砲した者が誰か確認できているのか!』
『現在確認中です』
『いったい何が起きている。叛乱……ではないな。計画性がない。では暴動が連鎖した? まさか。では何故突然……』
昼間の面倒な政府からの指示を無事にこなし、作戦も無事成功としたかと思えば今度はこの有様である。
秋吉が厄日だと言いたくなるもの無理はなかった。
『失礼します。司令、ベルナス氏が至急お会いしたいと……』
『お断りしろ!』
ここで更に飛び込んできた面倒事に、秋吉は反射的にそう言い返した。
今は状況確認と整理が必要な時だ。冒険者の相手をしている時間も余裕もない。
かなり強い調子で言葉をぶつけたのだが、フリオの面会要求を持ってきた部下は、秋吉の言葉を受け何か言い難そうにしながら留まっている。
『――どうした?』
『それが……ベルナス氏が言うのは、現在起きている事態に心当たりがあると』
『なん……だと……』
気絶させた小山田2尉に、ヴォルフと仁多の部下2名それに通訳としてマイクを残しフリオ達は秋吉の元までやってきた。
急な申し出だったが、事情を伝えたことが功を奏しすぐに面会は叶う。
部屋にはフリオ達と田染に公安の2人が招き入れられ、仁多は部屋の外で警備を命じられた。
案内されたフリオたちは、挨拶もそこそこに秋吉からの詰問を受ける。
一体君たちは何を知っているのか、と。
その問いに答えるために、フリオはまず神霊術・神霊力の説明から始めることとなる。
時間が惜しい上に、通訳を通してであるため、フリオ・秋吉双方が冗長に感じるも、内心の焦りを抑え説明を続け、そしてそれを聞き続けた。
神霊術と神霊力の関係。モンスターと神霊力。なぜ冒険者が神霊術を得るのか。そして――
『……つまり、そのファントム化というものがこの原因だとおっしゃるのか』
「はい。間違いないでしょう」
秋吉の問いにフリオは神妙な顔でうなずく。
先ほどの小山田2尉を見て間違いないと確信していた。
『それで、そのファントム化現象とはいったい何なのですか?』
「神霊力というものは、物に蓄える続けることができません。我々がそれを手にしている間なら物にも神霊力を帯びさせることは出来ますが、手を離せば消えていきます。これが元生物……例えば木や革で出来た物ならば比較的長めに残りますが、鉄や石など鉱物だと加速度的に失われます」
(ふむ……有機物と無機物の差か?)
「神霊力を操る者が死ぬとその躯に宿っていた神霊力も徐々に拡散してなくなります」
『それは例えば、体温の様なものだと理解すればいいかな?』
「――!! そうですね、形としてはそれが分かりやすい!」
生物が生み出す体温――熱。何かを手にすればそれに伝導し、伝わった熱は手を離せば徐々に失われる。物によって熱が残りやすい物もあれば、失われやすい物もある。そして生物が死ねば徐々に失っていく。確かにそう考えれば理解が容易かった。
「問題のファントム化現象ですが、この時稀に起こる現象です。拡散し失われていくはずの神霊力ですが、ある程度の量が集まると何らかの原因で拡散の速度が極端に遅くなりそこに漂うことになります。この残った神霊力をファントムと呼び、現象をファントム化と呼びます」
『……』
秋吉が何か問いたそうにしているがフリオは説明を続ける。
「ファントム化には2つの特徴があります。1つは、その集まった神霊力、ファントムには元の神霊力の主の感情が反映されること。もう1つは、別の物に憑りつこうとすること。鉱物やあるいは生き物の死体に憑りついたときは長時間持ちません。その内霧散します。ですが、生きている相手に憑りついた場合は相当な時間消え去ることがなくなり、憑りつかれた者はファントムに宿る感情に支配され行動することになります」
『つまり、暴れた隊員は昼間倒したゴブリンから発生したファントムに憑依されていたというわけだ』
「ええ。おそらく、ゴブリンたちが最期抱いていた感情は貴方達に対する憎悪や恐怖といったものでしょう」
本来ならば、今フリオから得た情報を頭で整理したいところであるが、その時間も秋吉には惜しかった。
取りあえず思い浮かぶままに疑問をフリオへとぶつける。
『確認したいが、滅多に起きないのは間違いないのかね?』
「はい。普通モンスターと戦う場合は、こちらも神霊力を使います。神霊力のぶつかり合いでモンスターが死ぬ時は神霊力も疲弊していますので。仮に戦闘でなく、例えば事故で神霊力が万全のまま死んだとしても、1匹2匹の神霊力ではまず起こりません。今回のような数百匹単位でないと可能性すらないでしょう」
だから知識としては知っているはずのヴォルフやリタは思いつかなかったのである。フリオがこの可能性に至ったのは偶々だというしかなかった。
『我々の戦闘手段が原因というのか……だが、我々はかつてのモンスター侵攻の際に千単位でのモンスター集団を倒しているが、そういった事例は報告されていないのだが』
「言った通り本当に稀な現象なのです。今言った条件がそろっていても。それに、ファントム化していても本質的には神霊力の塊です。モンスターの中にはそういった神霊力を吸収する力を持つ個体もいます。或いは発生していても、数に紛れて気づかなかったか」
『君の話だと、憑りつかれたと思われる隊員が暴れたことは納得がいく。しかし、その後も続いているのはどういうことかね? 最初に暴れた隊員は全員確保したのだが』
「憑依したファントムは接触した相手へ移ります。正確には、ファントムその物には思考力がありませんが、憑依した存在の思考はそのままですから、ファントムに宿る感情を実現させるために、必要ならば他へとファントムを移すのです」
『知性が生きているということは――わざわざ駐屯地まで戻るのを待って暴れ、拘束された時点で他へと移り、憑りつかれた者を分からなくして混乱を助長する。そこまで考えているというのか』
「可能性は高いですね」
嘆くような秋吉の言葉にフリオがうなずいた。
秋吉の予想は間違っていないだろう。おそらく、今回ゴブリンから発生したファントムに宿っているのは自衛隊への攻撃意識。言ってしまえば復讐みたいなものだ。そうフリオは考えている。
『それで、これが一番大事なのだが、対処法はあるのかね?』
「憑依していないファントムならば、俺たちでなんとかできます……たぶん」
『たぶん?』
「相手に実体がないので、地道に神霊力を纏ってぶつけるしかないので効率が悪い上に、相手の量次第ではこっちが先に力尽きます。それよりも問題なのは、俺たちじゃ憑りついているファントムを人間から引き離せないことです」
『神霊術では無理なのかね?』
「少なくとも、俺たちの使える術じゃ無理です」
『仮に……憑りつかれた者ごと攻撃した場合はどうなる』
出来れば避けたい事態ではあるが、被害が広がるようならば憑りつかれた隊員ごとというのもやむを得ない。
「神霊力を纏った攻撃ならファントムも削れますが、そうでないなら憑りつかれた者がやられるだけです。最悪死体になってもファントムは操れますから」
その場合、当然知性はなくなるのでゾンビのようなものになってしまうのだが。
『ではどうするというのかね!?』
「俺たちではファントムを引き離せませんが、今九州に神官が1人います。その方の神霊術なら、ファントムを引き離すかあるいは消し去ることができるはずです」
その言葉に秋吉は先ほどから通訳を続ける田染を見た。
『大陸から来られたコルテス氏のことですね。今夜は太宰府にいるはずです』
『太宰府なら近くに空自の春日基地がある。そこからヘリを飛ばせば時間はさしてかからん』
ヘリの出動要請は秋吉から福岡にある春日基地へ出せば良い。だが、フェルナンドの移動の許可は秋吉に権限がない。
『よろしいのですか。虎の子でしょう』
転移後、石油の輸入が完全に途絶え国内のわずかな油田から採掘・精製された油は、船舶やトラックなどの物資輸送と自衛隊最前線の車両・戦車などでほぼ消費されている。
航空機に関しては、民間ではまったく使用されず、自衛隊機にも緊急用に少量回されているのみである。
この状況下で飛ばせるヘリは虎の子だと言ってよかった。
それを1駐屯地司令の判断で飛ばさせるなど責任は大丈夫なのか。田染は思わず官僚的発想で確認してしまったのだ。
『使うべきときに使ってこそだろう』
秋吉はそう答えると、さっそく部下に春日基地への連絡を命じる。
『そのコルテス氏への連絡は外務省の方でお願いしたい』
『分かりました。どこで合流していただきましょうか?』
『その辺りは向こうに任せよう。ヘリで迎えに行った方が早い』
一刻も早くフェルナンドを連れてこなければ行けないことは分かっている。
田染は秋吉の言葉を確認すると、携帯を取り出しすぐに連絡を取り始めた。
『取りあえず、憑りつかれた隊員を確保しないといかんな。フリオさん。あなた方なら、憑依された者は見分けが付くのですかな?』
田染に代わって黒須により通訳された秋吉の言葉に、フリオは黙って頷いてみせる。
『よろしい。では、彼らに協力してもらい憑依された者を確保する。隊員たちには駐屯地内での無暗な移動を禁止するように通達を出せ。妙な動きをする者に関しては――!!』
事態の鎮静化の為に指示を出していた秋吉の言葉が途切れる。
再び響いた銃声のせいであった。
それも、先ほどのような拳銃の音ではない。小銃の、それもフルオートによる射撃音だ。
「何があったんですか!?」
「わ、分かりません」
フリオに問いかけられた黒須だが、彼に何か分かるはずがない。
秋吉も、その部下も。フリオたち冒険者も、電話を終えた田染や公安の2人も。部屋にいた誰もが混乱していた。
『司令!』
ドアを開け部屋に飛び込んできたのは仁多であった。
『何があったのかね、仁多2曹!』
『たった今部下から、駐屯地内にゴブリンが侵入したとの報告が』
『馬鹿な!』
秋吉がそう思うのは無理もなかった。
ゴブリンがこんな街中まで気づかれずに接近することがそもそも不可能であるし、基地の周囲は高く厚い外壁で囲まれており、一定間隔で監視塔が設けられている。その監視塔や門には転移前と違い実弾を込めた銃を装備した隊員がいる。その他にも、実弾こそ込めた火器を所持してはいないが警備兵が駐屯地内や周辺を警戒しいるのだ。ゴブリンが侵入できるはずがない。
「生き残りを運び込まれましたわね」
ポツリと呟いたのはそれまで口を閉ざしていたラトゥだった。
丁寧にもそんなつぶやきまで通訳した黒須によって、その言葉は秋吉の耳にも入る。
『第2中隊には作戦で使用した撒き餌の回収を命じていた……その中に生き残ったゴブリンを隠していたか。――すぐに武器庫、弾薬保管庫の警備兵に指示を!』
『はっ! ただちに隊員達の武器を――』
『違う! その逆だ!!』
部下の言葉を秋吉は否定する。
『警備兵には私の許可ない者は近づけさせないように。警告を無視した場合、発砲も許可する』
『司令いったい何を!』
『分からんのか。ここで武器を開放すれば、新たに憑依された者にまで武器が渡る可能性が高い。そいつらが無差別射撃をしてみろ、どれだけ死者が出ると思う!』
最初に憑依されていた小隊の者たちは武装していたが、取り押さえた基地の人間は武装していたわけではない。もちろん、小隊と同じく帰還したばかりだった第2中隊の者は武装している可能性が高いが、これ以上危険性を高める必要はないという判断だった。
しかし問題がある。
『ゴブリンにはどう対処するのですか!?』
『遺憾だが、隊員には白兵戦をやってもらうことになる。現状で火器を持っている者は、他者と接触しないようにも指示を出すんだ。監視塔や門にいる小銃装備の警備兵は詰所から出ないように。他の警備兵はゴブリンの鎮圧だ。急げ!』
『……了解しました』
火器を自ら封じる選択に納得できたわけはないだろうが、命令は命令である。
指示を受けた部下はそれを伝えるために部屋を飛び出していった。
『さて……』
取りあえずの指示を出した秋吉はフリオへと顔を向ける。
『こんな事態になってしまい申し訳ない。皆さんにはここで待機していただき、ゴブリンの排除の後に憑依された者の判別に協力していただきたい』
「俺たちもゴブリン退治に協力します」
『いえ。それには及びません』
フリオの申し出を秋吉はきっぱりと断る。
相手は客人であるし、ここは自衛隊の駐屯地。自分たちでは手に負えないファントムとやらはともかく、対処できるゴブリン退治によそ者を関わらせたくない。
それに――
「なめられてるな……」
その言葉を訳すべきか、黒須は戸惑った。
何を言っているのだろうと、秋吉が黒須を見る。
そんな中、フリオは黒須の通訳を待たず一方的にしゃべりだす。
「確かにあんな凄い武器を使うあんた方から見れば、俺たちは相手にもならないだろうさ。だけどな、だからって見下されるのは気持ちいいもんじゃないんだよ」
何を言っているかは分からないが、フリオが不満をぶちまけているであろうことは、その表情や声色から分かる。
秋吉が黒須へ「黒須さん」と一言呼びかけると、観念し黒須は通訳を再開した。
「この国に来てからの扱いは大概なものだったけど、ここに来てからはもっと露骨で酷い」
『……こちらの武力を見せ付けるような真似をしたことは謝ろう』
秋吉は見下した態度を取ったつもりはなかった。しかし、昼間の作戦で自衛隊の武力を見せ付けるとう行為そのものが、そもそも冒険者というものを見下した上で出てくる発想である。
指示をしたのは政府であるが、秋吉にもその責任の一端はある。そう考えての謝罪だった。
「そこじゃないんですよ」
が、秋吉の予想は裏切られる。
「そこは構わないんですよ。俺が言っているのはここでのあつかいですよ」
『あつかい?』
「昼間貴方は俺を「モンスター退治の専門家」って言ったよな。その通り。俺たちは普段からモンスターと自分たちの力で戦っている。それがここでは、お姫様か何かを護るような扱いだ。それは、俺たちをバカにしている」
護るということは、つまりその対象を自分たちより弱いと見なしている証である。
無論、フリオ達が客人であるからという理由はあるだろう。だから昼間まではまだ我慢ができていた。だが、この事態において尚危険から遠ざけようとする配慮は、フリオたちが自分たちは当てにならないと見なされ、見下されていると感じても仕方がなかった。
昼間見た自衛官たちの視線や仁多に態度もそれに拍車をかけている。
危険と隣り合わせだが、それを覚悟でモンスターと戦っている身にとって、モンスター相手は危ないから下がってなとでもいうその態度は、フリオの矜持をひどく傷つけるものだった。
『……』
秋吉も反論はしたかった。
あくまで自分は、政府に案内をされた客人の身を護ることを第一に考えていただけだ。それが相手の誇りを汚したのならば残念な話ではあるが仕方がないことである。
(面子の問題も確かにあった。だが……)
本当に、フリオの言ったことは間違っているのか。
いや、
(それに――前近代的な彼らが戦えるのか、と)
そう思っていたのは事実ではないのか。そう自問する。
知識としてはフリオ等が常日頃からモンスターと戦い、そしてこうして無事でいることは知っている。
だが、感覚の問題として、人が剣や槍でモンスターと戦うということが飲み込めていない。
そんな原始的な戦闘方法では危険だと想い、だから殊更にフリオ達を危険から遠ざけようとしていたのではないか。
(無意識に見下していたのかもしれない。しかし、だからと言って)
客人であるというフリオの立場が変わるわけでもなく、そうである以上現状は変わらないのだから。
フリオ達には憑依された自衛官の判別だけを手伝ってもらう。この騒動は自分たちだけで収める。
今にも独自で動き出しそうなフリオをそう説得しようとするが、
『司令! ゴブリンを相手にしている隊員が武器使用の許可を求めています!』
事態は秋吉を裏切り続ける。
『理由は言ったはずだ。隊員たちにもそれを伝えろ!』
『ですが、銃器なしではゴブリンを効果的に排除できないと。既に負傷者も出ています』
『馬鹿な。ゴブリンだぞ!?』
現在自衛隊がもっとも多く相手にするモンスターだけあって、その生態の研究は進められている。
肉体的には鍛えた人間であれば十分対処できる程度である上、集団では獰猛になるとはいえ単体では臆病な存在である。現在駐屯地に侵入した数がそこまで多いとも思えなかった。
『ですが、現に……』
「昼間言ったでしょう。巣を破壊され蓄えを無くしたゴブリンは、単体でも非常に獰猛になると。それに、あんな武器で戦っていたんじゃ分からないだろうけど、生身で神霊力を持ったモンスターを倒すのは大変ですよ?」
『む……』
フリオの言葉に秋吉は言葉を詰まらせる。
「それに、問題はゴブリンだけじゃないでしょう」
『憑依された隊員か……』
『各所で、そうと思われる隊員による暴動も起きています。周囲の者が取り押さえますが、今度はその隊員の中から破壊活動や妨害活動を行う者が』
『憑依されたと思われる隊員は、触れないように無効化しろ!』
『無茶を言わないでください! 銃があれば、手足を狙ってという手段もあります。やはり銃の使用許可を。司令のおっしゃる危険性については、彼らに武器引き渡しの際に隊員を見てもらうことで、憑依された者を見分けることは出来るのではないでしょうか』
『何度も言わせるな! その後銃を持った者が憑依される可能性がある』
『では! ではせめて! ベルナス氏等に協力の要請を!』
部下の言葉に顔をしかめる。
見れば先ほど不満を爆発させていたフリオは、ジッと秋吉を見ている。
早く自分たちに協力を要請しろと思っているのがよく分かる。
未だフリオ達冒険者の実力には懐疑的な気持ちは残っているが、実のところあそこまで言ったフリオに協力して欲しいという気持ちも出てきていた。
だが、そのフリオの隣で声に出さず目で秋吉へとダメだと訴えている者がいる。外務省の田染だ。
田染――政府側としては、ここで冒険者に活躍してもらっては困るのだ。
未だ市民もいる下関市内でのこの騒動だ。マスコミに嗅ぎつけられるのは確実であるし、自衛隊への批判もでるだろう。
冒険者については、マスコミを何とか抑え込んでいたが、マスコミも唯々諾々とその指示に従っているわけではない。隙あれば冒険者について取り上げたいと思っているはずだ。
ここでこの騒動で冒険者が活躍すれば、マスコミは堂々と冒険者への取材や撮影を敢行し大きく取り上げるだろう。
それは困る。だからこそ、自衛隊だけで片を付けろ、というわけだ。
(上は……政府は無理難題ばかりだ……)
実際に動くのは下なのだ。
上は実際に動くわけではなくそれが無理な要求だろうと口にするだけだ。本来ならば、上はその責任を負うという役割があるのだが、果たして今回はどうであろうか――そこまで考えた時、秋吉は今自分も同じことをしていると気づく。
現場へ無理難題を押し付けるだけの上とは、まさに今の自分ではないかと。
(何をやっているのだ私は)
次々と起こる出来事に、自分の使命・本来の役割を忘れていたことに気づく。
自分たちは自衛隊。その任務はこの国と国民を護ることではないか。そしてこの場所の責任者である 自分の役目は、この事態を速やかに収め、この地に住まう人々へと害が及ばぬようにすることではないのか。文民統制の大原則は守られてしかるべきだが、政府の思惑から発せられた無茶な指示を守り、本来の役割を全うできないのは本末転倒ではないのかと。
『フリオさん……』
「なんでしょう」
『事態収拾の協力を、お願い、したい』
『秋吉司令!!』
田染が声を張り上げるが、秋吉の決意は変わらない。
弁明なら後でなんでもやってやる。責任は私が取ると腹をくくった。
望む事態となり、フリオはリタとラトゥの顔を見る。
「久々のモンスター退治ね。腕が鳴るわ」
「異存はなにも……」
ようやくの出番だと笑顔で答えるリタと、いつもと変わらないラトゥ。
それを確認したフリオは、腰に差した剣を叩いて秋吉に応えた。
「任せてください」
ただそれだけを、力強く。




