第16話 竜王山ゴブリン巣駆除戦
ゴブリン。地球ではヨーロッパの伝承にある精霊または妖精の1種である。
性質に関しては一定しないが、その姿はおおよそ小柄の醜い容姿で描かれることが多い。
現代では、ファンタジーにおける雑魚敵として広く知られているが、この世界におけるゴブリンもまたそういうモンスターであった。
種類にもよるが、おおよそ1m~1m30cm程の小柄な体格で緑色の肌が特徴的である。
知性はそれなりに高く、手に入れた道具を武器や防具として使い独自の言語で会話も行う。さらに、上位種――知性の高い中型以上のモンスターやゴブリンの高位種に率いられたときは戦術的な行動をとることも可能だ。
だが、単体としての戦闘力はそこまで高くはない。少し鍛えた一般人でも、何か武器さえあれば追い払うことは出来るだろう。単体でのゴブリンは臆病なので手ごわいと感じると逃げ出すのだ。
もっとも、集団行動が基本なので単体のゴブリンに遭遇することはめったにない。そして集団となったゴブリンは非常に獰猛で、一般人では手が出せなくなってしまう。
ゴブリンの最大の武器はその数なのである。
さて、ゴブリンの習性として、多くのモンスターがそうであるように収集癖がある。
獣や知性の低いモンスターと違い、食糧を貯え使えそうな人間の道具を集め武器や防具として使う。そして何より好むのが鉱物であった。
地球での伝承でも、ゴブリンを大地の精霊・妖精とするものがあるが、この世界のゴブリンもそんな性質があるのだろうか。鉱山を好んで巣に改造し、そうでない場合も巣に鉱物をため込むことが多い。
商人の輸送隊では、食糧と共に鉱物の輸送の際がもっともゴブリンを引き付けるとして警戒されているくらいだった。
鉱物を集めてどうしているのかは分からない。嘘か本当か、集めた鉱物をゴブリンたちが仲間内で回し、鑑賞していたなどという話もある。実際に、鉱物を手に入れたゴブリンたちはそれを巣に持ち込み暫くはそこに閉じこもることが多いからこの話も本当なのかもしれない。
今回自衛隊が立てた作戦は、こうしたゴブリンの性質を利用したものである。
商社を通じて借り受けた希少鉱物を竜王山周辺に配置。これをゴブリンが奪取し、群れが巣に集中したところを叩くというものである。
過去に行われたゴブリンの巣への攻撃は、数回に分け巣から誘い出したゴブリン集団を叩き、その数を減らした上で巣を叩くというものだったが、このやり方では時間がかかる上に途中で巣から逃げ出すゴブリンもいたため他の方法が検討されていた。
今回、ゴブリンの巣が重要地点である下関に近く、排除に緊急を要するという事情もあり巣を一気に叩くという作戦が立てられたのだ。
自衛隊の選択肢がもっとあれば、また別の手段もあるのだが、現在自衛隊許された装備で、且つ何度も行うことが出来るものとなると、通常火器での殲滅という手段になる。
中規模のゴブリン集団に対して、どの程度の火力を用いれば適切か。それを試すという意味合いも今回の作戦にはある。
今回の結果を元に更に検討重ね、自衛隊では小型モンスター巣排除のマニュアルを作る意図があった。
「…………」
「……」
文字通り言葉を無くし窓の外を茫然と見ているフリオの姿に、仁多は優越感を感じていた。
褒められた感情ではないが、この様な状況になればよほど出来た人間でもなければ大なり小なり似た感情を持つだろう。もっとも、それをあからさまにするようでは問題である。
そして仁多は、そのような感情を表に出すべきではないという常識は弁えている。それが出来ているかどうかは別問題だが。
仁多が隣にいる部下を見ると、佐保はいつもと変わらない表情であった。
彼女がこの手の感情を抱かない人格者であるかどうかは、上官である仁多が良くしっている。となると、完全に押し殺せているのか、あるいは興味がないだけなのか。
考えても仕方ないと思い、仁多も外へと目を向けた。
この1時間ほどで戦闘はほぼ終了し、先ほどからは山中で散発的に小銃の音が聞こえるだけである。
開始直後、重迫撃砲中隊の迫撃砲と、小隊配備の無反動による砲撃の着弾音、そしてその後の小銃や機関銃による戦闘音は凄まじかった。
偵察隊員によりを中心に集結していたことが確認されたゴブリンたちは、突然の攻撃により混乱した。
この規模の集団となれば、全体を統率するボスがいるはずなのだが、最初の砲撃で死んだしまったらしく、群れは統率された行動を行えずバラバラと無秩序な行動に終始した。
敵を探すも、どこにも姿はなく一方的な砲撃でゴブリンたちはその数を減らしていく。ようやく山の麓からの攻撃だと気づいた者たちが行動を開始するが、それらも小銃と機関銃の前に屍の山と化していった。
逃げ出そうとした者も、待ち構えていた自衛隊の前に同じ末路を辿る。
300匹ほどいたゴブリンは、こうしてほぼ壊滅したのである。
今は討ち漏らしたゴブリンや隠れ潜んでいる者を探しているところだ。
自分たちの知る戦闘とは全く違う戦闘。それを目の辺りにしただ茫然とする大陸からの冒険者たちの姿は、秋吉からも見ることができた。
おそらく、彼らこそこの世界で初めて近代陸上戦を目の辺りにした者である。それ故に一切の前情報はなく、その衝撃はどれほどのものであるか計り知れない。
フリオたちの立場と事情を知る秋吉は、その後ろで楽しそうな顔をしている仁多とは違い彼らに同情していた。
(これを見れば冒険者など必要ないと理解出来るだろうが……やり方が気に食わんな)
断るならきっぱり断れば良いのだ。変に受け入れ期待を持たせるような態度は、相手を持ち上げて叩き落とす真似と同意である。
そうなった背景には、この世界でも変わらない日本の八方美人的な態度と、政府内勢力の駆け引きがあった。
(開国派か……)
今の日本は、実質的に鎖国状態に等しい。
江戸時代と同じように交易は一部で行われているし、外国大使も受け入れ、そして日本からは官民共に海を渡っている者がいる。
国を完全に閉ざしているわけではないが、転移前と比べれば閉ざしているも同然である。
この世界とは深く交わらない。それが、明確に言葉にはされていないが政府と国民、つまりこの国の選択であった。
その状況が最近は変わりつつある。経済界や議員から交流を活発化すべきだという意見が増え始め、政府内にもそういった閣僚が少なくない数現れてきている。これらは開国派と呼ばれていた。
しかし未だ方針は現状維持である。国民もまだ現状維持派が多い。
その理由は無知にあると秋吉は見ていた。
交流がないために、この国の人間はこの世界について知らない。知らないが故に臆病になり、そういう精神状態下では良い話より悪い話ほど耳に残るようになる。そして悪い話から知りもしないで悪印象だけを持つようになっていく。
転移前の日本では内に籠るようになった、保守化が進んだなどと言われていたが、転移後の数々の事件を経て、現状それらの悪い面だけが出てしまっていた。
(開国は賛成だが……治安の悪化材料になりそうな冒険者は受け入れられん。ましてや需要がないからな。それよりも、向こうの商人の受け入れを活発にすればいいんだ)
秋吉が考えるまでもなく、商人の受け入れ規制の解除は現在進んでいる。
日本入国の際にラトゥがフリオたちより簡単に入国できたのも、そう言った現状の差があったからだ。
『司令。この後の行動については、予定通りでよろしいでしょうか?』
『そうだな、特に変更は必要ないだろう。作戦終了後は、第2中隊を現地に残し基地へ帰投する。第2中隊は、中隊長である高槻3佐の指示のもと付近の捜索と巣の調査に当たってもらう』
『了解しました』
『この作戦結果が今後のサンプルになるからな。念を入れて、戦闘結果の調査に当たるように伝えてくれ』
『はっ!』
指示を終えた秋吉は席を立つと、部屋の隅にいるフリオたちへと歩き出した。
冒険者が来ることは好ましいとは思わない秋吉だが、日本側の都合に振り回されるフリオたちに冷たい態度を取るほど酷薄な性格はしていない。
せめて何かしらのフォローはすべきかと思い声をかけようとした。
近づいてきた連隊長に、仁多と佐保が敬礼する。
秋吉はうなずくと、通訳を指示した。
(さて、何と声をかけたものか……)
ちょっとだけ迷うが、すぐにかける言葉が決まる。
『フリオさん。モンスター退治の専門家として、戦闘後に気を付けるべきことはないか、何かご意見はありませんか?』
仁多を通し、秋吉に声をかけられたフリオは茫然自失からようやく立ち直る。
「そ、そうですね……」
未だ頭の整理が出来ていないが、モンスター退治の専門家などと言われて無様は見せられない。
相手がフリオを立ててくれているのは十分に理解していた。
「気を付けるというなら、群れから逸れた残党ですね。食糧もない状態ですから、普段臆病な単体でも強引に食糧を得ようという行動にでます。打ち漏らしに気を付けるべきです」
『なるほど』
フリオのアドバイスは想定内であったが、それをどうこう言うような秋吉ではない。
「あ、それから巣の物も気を付けないと」
『どういうことですかな、リタさん?』
「モンスターは巣に自分が好む物を貯め込みます。それを放置しておくと、また同じモンスターがそれを目当てに集まってきますし、人間がそれを目当てに出向いてモンスターに遭遇することもありますから」
リタの説明に横からフリオが付け加える。
「それと、回収の際には注意してください。人間には危険な物もモンスターは平気で持っていることがありますから」
『なるほど……』
今度は本当に感心して秋吉はうなずいた。
鉱物を集める習性を持つゴブリンだ、まさかとは思うが中国地方の一部ではウラン鉱石が採掘される。大した影響はないが完全に無害というわけでもない。同じく害は少ないが辰砂や、ずばり危険な自然水銀などがある可能性もある。
(話は聞いてみるものだな)
調査の際には注意するように指示しなければと思いつつ、この日初めて秋吉は冒険者というものに感心した。
実はフリオの想定していたのは、モンスターの神霊術が込められた道具などであったのだがそんな物の存在すら知らない秋吉には分かるはずもない。
『いや、貴重なご意見だった。ありがとう』
「こちらもお役に立てたのならなによりです」
互いの認識のズレに気づかないままの2人である。
『では、仁多2曹。君は――』
「あ、ちょっと待ってください!」
話を終えた秋吉が、仁多に指示を出そうとしたところで、フリオが話を遮った。
「あの、よければゴブリンの巣に俺たちも行きたいんですが」
『巣にかね?』
「ええ。是非とも」
仁多の通訳を受け、秋吉は考え込む。
(どういう意図だ。まさか、巣にある物が欲しいのか? いや、そんな人物には見えないが……)
願いの意図が見えず秋吉は困惑した。
とうのフリオは、先ほどから秋吉や仁多達自衛隊員や、その手にする武器に何度も視線を向けている。
リタとヴォルフもフリオの意図が見えないのか、不思議そうな顔だ。1人、ラトゥのみ表情を殺しフリオを見ていた。
(もしや、自衛隊の装備を見て調べる気か。ゴブリンの死体を調べて、どういう武器であるかやその威力を)
その程度を知られてもどうということはないだろう。或いは、冒険者に自衛隊の力を見せつけるという意味では行かせた方が効果的かもしれない。
だが、やはりこちらの手の内をそこまで見せるというのは良い気がしない。それに、まだ残党がいる可能性が高く、客人を危険に晒すのは気が引けた。
銃で戦う自衛隊だからこそ負傷者も出さずにこの規模の敵と戦えるのだ。実は負傷者は3名ほどいるのだが、1人は作戦中に山で足を滑らせての捻挫。後の2人は隠れていたゴブリンの投石によるかすり傷である。
一方フリオたちの武器では接近戦をするしかない。どれだけ手馴れているかは秋吉には分からないが、もし遅れを取ればかすり傷ではすまないだろう。
『申し訳ないですが、部外者を立ち入らせるわけにはいきません』
「そこを何とか!」
『ご理解ください。危険もあるのです』
「その危険というのが――ッ!」
最後に大声を上げかけたフリオの片に女性の手がかかる。
ラトゥだ。
ラトゥはフリオの耳元に口を近づけると、小声で何かをささやいた。
「……分かった」
不承不承といった感じであるが、フリオはそう言った。
事を荒立てるべきではない、とでも言われたのだろうと秋吉は納得した。
『では仁多2曹』
『はっ!』
『君はこれから、ベルナス氏らを連れて先に基地へ帰投したまえ。その後、彼らが本日泊まる部屋へ案内するように』
『了解しました!』
仁多の返事を受け、秋吉は踵を返す。
その後姿を、フリオは複雑な表情のまま見続けていた。
竜王山中腹。
『どうだ?』
『大丈夫です、崩落の危険はなさそうです』
そのゴブリンの巣にある洞穴に呼びかけると、中からそう返事が返ってきた。
部下からの報告に小隊長である三等陸尉は安堵すると、他の小隊員に中の物を運び出すように指示した。
『鉱物には直接触れるなよ。液体状の物があったら絶対に触るな!』
山中にいくつかあったゴブリンの巣でもっとも大きく中心となっていたのがこの場所である。
ここには本来洞穴などなかったのだが、ゴブリンたちによって掘られたのだろう洞穴が山の斜面にぽっかり口を開けていた。
大きさは大人が屈んで入れる程度。住居というよりは保管庫として使用さえていたようだ。中には今回自衛隊が撒き餌として使った鉱石が箱ごと置いてあった。
中から運び出される箱を見て、小隊長は安堵の溜息をついた。
(どうやら問題はなさそうだな)
箱はすべて自衛隊が用意した物でそれ以外は見当たらない。
危険性のある鉱物などはなさそうである。
(後はこいつらの調査か……)
周囲にはゴブリンの死体が山積みされていた。
先ほどまで、ここら一帯はゴブリンの死体で埋め尽くされていたのだ。
他にも小規模の集団が集まっている巣が山中にあるが、そこにいた数は多くて20匹程度。それに対して、ここにあった死体はざっと見ても100を超えていたので規模の違いが分かろうというものだ。
調査の邪魔になるので取りあえず横にどけたが、足元はゴブリンの血で赤く染まっていた。
その血塗れた地に、運び出された箱が下ろされた。
『よし、中身を確認する。開けろ』
小隊長の指示で箱が開封される。
何かあったのは白みがかった鉱石と、それを精製した物であろうか、地金が収められていた。
『鉱石だけじゃなかったのか?』
『目録ではインゴットも入っていますので間違いないですね。木箱は日本の物ではありませんから、輸入した物をそのまま借り受けたのでしょう』
今回撒き餌に使われたこれらは、輸入業者から借り受けた物である。
希少な鉱物ほど効果があるとされたため、輸入されたこの鉱物に白羽の矢が立ったのだ。
もともと九州から本州へ運ぶ予定があったというのも自衛隊には都合がよかった。
『わざわざ本州に持ってくるとか……何か危険な鉱物なのか?』
『さあ? 鉱物の名前は、えっと……ミスリル?』
『ほー! ファンタジーだな』
『ゲームじゃよくありますけど、本当にあるんですねぇ』
地球のファンタジーで定番の架空鉱物であるミスリル。
それと同一であるのかは分からないが、同じ名称を持つこの世界にしかない鉱物がこれであった。
もし、この小隊長がフリオを直接目にしていれば、このインゴットの輝きとフリオの装備する胸当ての輝きが同じであることに気づいたかもしれない。
ミスリルはこの世界でも希少な鉱物であるが、とある性質から冒険者や軍人そして神官に重宝されていた。
『――目録と数が合いました』
『そうか。取りあえず違約金取れられる心配はないな。ん? 何か書いてあるぞ』
軽口を小隊長は箱に書いてある文字に気づいた。
アルファベットに似た文字だが違う文字である。
『ああ、大陸で使われている文字だな。輸入相手か。えっと……ベル、ネス?』
『ベルナスですよ隊長』
『お前読めるのかよ』
『多少はですがね。確か、日本の交易相手としては最大の商会ですよ』
『ふーん。なんか聞いた響きだったが、それでかな?』
そんな会話が交わされる後ろでは、この場に居る自衛官たちでは見ることのできない光が、ミスリルに反応するかのようにゴブリン達の死体から上がっていた。
次回フリオたちにようやく戦闘の機会が。
神霊術やミスリルに関する話も次回に入ります。




