第15話 自衛隊
仁多孝明二等陸曹は不満だった。
本来ならば今頃は分隊長として、今回のモンスター巣駆除作戦に参加しているはずである。
正確な数は不明だが200~300匹程度のゴブリンとその上位種の集団を駆除するというこの作戦。今回は事前に敵勢力を削ることなく、敵戦力のそろった巣を攻撃するという初めての試みだった。
たった7名ではあるが、部下を持つ仁多としては相応に緊張もあるが、それ以上に初めての作戦というものに参加できる喜びと高揚感があった。
ゴブリン退治は何度も行っており、その戦い方は熟知しているといっていい。
数年前のモンスター侵攻後、自衛隊では中国地方に広がったモンスターから住民や補給路を護るため、小隊・分隊の数と火力の充実を念頭に再編成されていた。
分隊では、必ず2丁の軽機関銃か分隊支援火器が配備され、仁多も警備巡回の際にモンスターと遭遇した時は問題なく駆除または追い払うことができている。
ましてや、仁多の分隊が所属する第18普通科連隊――以前の第18連隊は転移と共に消えてしまったため、新しく作られた連隊である――は、本州の最後の砦、本土最終防衛線にある下関に配置されているだけあって精鋭の1つと言える隊である。
油断さえしなければ問題なく任務を終えることができたであろう。
それなのになぜ、今自分はここにいるのか。
自分がこんな役割を受け持つことになったのはなぜだろうかと何度も自問するが答えは出ない。
いくつか理由を考えてみた。
仁多は出世に熱心である。野心的といってもよい。
高卒で一般曹候補生として自衛隊へと入ったため二士からの出発で、現在二曹。26という年齢を考えれば今のところまずまず順調に階級を上がってきている。今年はようやく幹部候補生部内選抜試験の資格を得たためそれに通れば尉官への道が開ける。その後は、出来るならば数少ない高卒の佐官までいきたいと考えていた。
現在の日本は一種の戦時である。相手はモンスターだが、戦闘行為が行われている。ここで功績を立てれば、通常よりも早く昇進できるはずだ。佐官は決して届かない夢じゃない。そう常々公言している。
それが悪かったかとも考えた。そういう面をあからさまにしたせいで、今回の作戦から実質的に外されたのかと。だが、同じようなことを言っているのは仁多だけではない。大きな野心・出世欲を持った意欲的な自衛官は現状では多数いる。
(じゃあ、ロデ語を使えたのが悪かったのか)
仁多が大陸で広く使われるロデ語を学んだのは、これも将来を見据えてであった。
転移により地球での日本語以外の言語は日本内のごく一部においてのみ使われる少数言語となってしまった。現在日本で本当に外国語と言えるものは、ロデ語である。
しかし未だ現状に様々な仕組みが対応できていない。例えば、入学試験などではいまだに英語が科目として存在する。自衛隊での昇進試験も同様である。
だが早晩それも変わると仁多は見ていた。それを見越してのロデ語習得である。
しかしこれも理由としては薄い。ロデ語を習得している下士官は少ないが0ではない。その上、士官には使える者は何人もいるはずだ。
(分からん。なんでだ……)
理由が分からないというその苛立ちはそのまま不満への燃料となっていった。
佐保登紀子三等陸曹もまた不満だった。
だが彼女の不満は仁多のそれとは少し違った。
佐保には仁多ほどの出世欲はない。仁多と同じく、高卒で自衛隊に入り現在三曹になっているが、退職までに一曹になればいいと考えているくらいである。
そもそも、自衛隊に入ったのも転移後の就職難のせいという側面が大きい。
佐保が高校を卒業する年は、モンスター侵攻のせいで日本が大混乱に陥っている最中であった。その為に、佐保は就職活動も満足にできなかった。
体力には自信があった佐保が自衛隊を選んだのは、当時自衛隊が広く隊員を募集していたという事情がある。もちろん、それなりにこの国を護るんだという使命感もあった。でなければこんな危険な職には就いていない。
両親は当然猛反対をした。モンスターという脅威により自衛隊員の危険性は格段に高まっており、それでなくとも女性に向いた職場とは言い難いところである。
女性自衛官へのセクハラは裁判にもなっていたし、表に出ないだけでそういう事例は多数あるとも言われる。思想的には自衛隊に対して思うところのない親でも、自分の娘がいくとなると話は変わってくるものだ。
それでも、佐保はどんな場所でもある話だと、両親の反対を押し切って自衛隊に入隊した。
現在25歳。幸いにして両親の心配していたような問題もなくここまでやってきた。もちろん、男社会で生きていく以上それなりに辛い思いは経験した。セクハラだって軽いものなら何度も受けている。
それでも、もし人から「自衛隊であることをどう思いますか」と問われれば「誇りに思います」と言える程度に思い入れを持っている。
とはいえ好んで危険な目に遭いたいわけではない。そう言った意味では、今回作戦で最前線から外されたことに不満はなかった。
では何が不満なのか。当然、フリオたち大陸からの冒険者の世話役に回されたことである。
世話役――案内役そのものは構わなかった。問題なのは、選ばれたことそのものである。
昇進に興味がない佐保としては、あまり目立つ行動というのは取りたくない。しかし、今回大陸から来た冒険者の相手をさせられるというのはどう考えても目立つ行動である。
フリオたちに非がないとはいえ、彼らが原因で今回の作戦は延期を余儀なくされている。そのため、自衛官たちの間では好意的でない見方が広がっていた。
そもそも、伝え聞く冒険者像に対して、自衛官たちには一種見下すかのような思いがある。
モンスターたちに対して剣や槍を手に近接戦闘を挑むという冒険者という存在は、どこか未開の遅れた存在という印象がぬぐえないのだ。
そんな冒険者が、自衛隊でも苦戦する中型モンスターを倒し、自衛隊では歯が立たなかった大型モンスターをも数人がかりで倒すこともあるという話は、さすがに驚愕を持って受け止められた。しかし、それを見た者はいないのだ。驚愕と同時に胡散臭い・眉唾だという印象もまた付きまとっている。
さて、そんな冒険者たちの世話役となって果たして目立たずにいられるだろうか。
(そもそも、私たちに白羽の矢が立った時点で何か上に目を付けられてるんじゃないのかしら)
いや、そんなことはない。仮にそうだとしても、それは自分の上官である仁多がそうなのであって、私は巻き込まれただけだ。
そう自分で自分を慰めながら、佐保は不満をどうにか押さえ込んでいた。
仁多と佐保、そして仁多の分隊がフリオたちに付けられたことに、実は深い意味などなかった。
大陸からの冒険者たちに作戦を見せると決まったとき、政府は何よりその身に危険が及ばないようにと、その点を気にした。
政府から直に指示を受けた秋吉一佐は連隊幹部と協議し、1分隊を護衛に付けることとした。その中で選ばれたのが、分隊長とその補佐共にロデ語を話せる仁多の分隊であったのだ。
他にもいくつか同条件がそろっていた候補の分隊はあったが、その中で仁多の分隊が選ばれたのは純粋に偶然である。
もしこのことを佐保が知れば、仁多の口車に乗ってロデ語を学んだことを後悔したであろうが、幸い選抜理由は明かされなかった。
士官を付けるべきではとの話もあったが、編成上の問題と、何より無茶振りを繰り返した政府に対する軽い意趣返しもあり、仁多たち下士官が案内役ということで決着がつき、今日のこの日を迎えた。
「我々はこれから、竜王山の麓にある、先ほど説明した深坂自然公園という場所へ向かいます。そこにある施設を今回本部として利用しているためです。対象となるモンスターですが、これは竜王山の中腹に巣があります。現在周囲に部隊が展開し包囲網を築いています」
駐屯地を出発し現地へ向かう車内。仁多が馬鹿丁寧な喋りで、フリオたちにこの後のことを説明していた。
口調がやたら丁寧なのは仕方がなかった。仁多の習得しているロデ語がいわゆる教科書的な言葉ばかりなのでどうしてもこうなるのである。
仁多の地の喋りはもっと軽いものである。
「皆さんには、私たちと共に作戦本部で見学していただきます。何かと不便もあるでしょうがご勘弁ください」
一通りの説明を終え、内心うんざりした気持ちでいっぱいになる。
今まで異文化交流など経験していない仁多にとって、ここまで文化の違う人間を相手にするのは大変なストレスであった。
例えば今の説明の最中でも、「公園」という説明に対して「なぜ街から遠く離れた場所に公園があるのか」などという質問がくる。
自然の中で散歩をしたりキャンプをしたりするためのものだと説明すれば、なぜわざわざキャンプなどするのだと更に質問が飛んでくる。
フリオたちにしてみれば、キャンプ――野営は旅の途中で仕方なくするものである。寝泊まりできる家があるのに、わざわざキャンプに赴くという行為が分からない。レジャーというものが発達していない人間に、レジャーの概念から説明するはめになった仁多は何度途中で投げ出そうかと思うほど面倒な会話であった。
ふと、フリオたちに同行していた外務省の人間を思い出した。
(あの人たちはこんなのをずっと相手にしてたのか。異文化交流が仕事なんだろうけどすげーな)
厄介ごとを持ち込んだ張本人たちだけに良い印象を持っていなかったが、その苦労の一端に触れ少しだけ評価を変えた。
もっとも、ここには特に好奇心旺盛な2人がいないということを知れば、その評価は更にあがったことであろう。
「……」
「……」
車内に沈黙が落ちる。
今回特別に使用されることとなった96式輪装甲車の後部乗員席では、乗員は左右に分かれ向かい合う形になる。
何か話題でもあれば到着まで時間を潰せるのだが、出会ったばかりであるし、上からは余計なことは喋るなと釘を刺されている。それ以前に、仁多と佐保を除く隊員はロデ語を喋れないのだ。
フリオたちも何か察しているのか、説明が終わっても何も話しかけようとはせず、先ほどから車内の様子や隊員の持つ小銃を見ていた。
それにつられたわけではないが、仁多もフリオたちの持つ武器へと目を向けていた。
フリオが持つのは、全長70cm程。刃渡り60cm程度の片刃の直刀である。柄にガードが付き持つ手を保護するようになっている。
バックソードと呼ばれる片手剣で、本来は騎兵が使う剣だ。仁多の知識では、17~8世紀にヨーロッパで使われていたものと同じである。
斬り合いも出来るが、直刀であるため刺突が効果的な武器である。
装備している防具が、金属製の胸当てとチェインメイル。そして革製のすね当てだけであることから、速度を活かした戦い方をするのだろうと予想できる。少なくとも、力づくでの斬り合い向きではない。
また、数本の投擲用のナイフを持っていることも乗車前に確認している。
気になるのは胸当てだ。金属ではあるが、どうも普通の鉄ではないようで、仁多の知識にある金属とはどれも違うように見えた。
(この世界だけにしかない金属かな)
だとすれば、その手の研究者が泣いて喜びそうな代物である。
似たような戦闘タイプと思われるのが、フリオの隣に座るリタであった。
彼女の武器は全長が1m近い細身の剣である。今は鞘に収まっているために見えないが、剣身が途中から細くなっており軽量化が図られている。
これは地球におけるコリシュマルドと呼ばれる刺突剣と同じ特徴である。
防具も、硬皮革で作られたブリガンダインと呼ばれるベスト状の鎧だ。同じく皮革製の籠手やすね当てをしているが、基本的には速度重視の装備。フリオと戦闘思想は同じである。
(力で劣る女性ということを考えたらおかしくはないな)
2人とまったく違うのはヴォルフである。
彼の武器は先端部に膨らみを持つ80cm程のメイスである。
仁多の目測であるが、重量は優に3kgはありそうである。意外と重いと言われる日本刀でも、1kg程だということを考えるといかに重いか分かるだろう。
それを片手で持っているヴォルフはいったいどれほど鍛え上げているのであろうか。
そしてその2m近い筋肉質の男が、遠心力たっぷりに振り回せば人間など一撃であろうことは疑いようがない。
きっと、彼の装備しているプレートアーマーすら砕くことができるだろう。
(そもそも、あんな重い鎧を軽々と着こなしているのが異常なんだがな。まあ、中世はそんな人がたくさんいたらしいけど)
そして最後にラトゥ。防具は皮革の鎧。レザーアーマーというやつである。
1本のショートソードを持っているが、彼女のメインウェポンはそれではない。彼女が手にする弓こそがそれである。
複合弓などと呼ばれる複数の材料を組み合わせて作られる短弓である。
速射性は高いが貫通力に劣るとされ、歴史上では威力の問題から長弓の方が好まれ、短弓は騎馬民族などが騎射に用いたという経緯がある。
幼い頃から、ゲームや小説マンガでファンタジー知識に触れてきた仁多としては、それぞれの装備を観察するのはそれなりに楽しかった。
しかし戦闘力という面ではどうであろうかと思った。もちろん、同じ条件でやり合えば仁多では戦いにならないだろう。だが、地球の歴史がそうであったようにこういった武器は銃の前に無力となっていった。
近接戦闘がなくなったわけではないが、現代戦の主役は銃器である。
これをモンスターとの戦闘にあてはめると、果たしてどちらが効率的でより安全かは一目瞭然である。
自衛隊の隊員の多くが、大陸の装備を近世以前の遅れた物考え、無意識的に見下しているように、仁多もまた同じ考えであり、今日こうして実際に目の辺りにしてその考えを確信的なものにしていた。
怖い点があるすれば、あのアメリカ海軍すら打ち破った神霊術くらいである。とはいえ、本格的な神霊術を使う者は神官であり、冒険者では大した術は使えないという話も自衛官の間では流れている。だとすれば、彼らはなんら脅威ではなかった。
(ま、せいぜいこっちの戦いってものを見て度肝をぬいてもらおうかね)
駐屯地から20分弱で、目的地の深坂自然公園には到着した。
10年前はキャンプ場であったこの場所も、現在では利用する者もなくなり、モンスター侵攻で人々が西へ逃げてきた際に利用されていたのを最後に、今は閉鎖されていた。
それでも、何かしらの管理はされていたらしく、公園内の森の家と言われる建物は一時的に利用することに支障がない程度には保持されていた。
現在、ここには作戦本部が置かれ、秋吉一佐を初め連隊の幹部や今回の作戦のために旅団本部から派遣された自衛官が詰めていた。
現場に到着した仁多は、他の部下に待機を命じ佐保と共にフリオ一行を連れて本部のある多目的ホールを訪れた。
『仁多二等陸曹。ベルナス氏らを案内して、ただいま参りました』
そう敬礼し言った仁多に、幹部たちの視線が一度に集中する。
ゆくゆくは出世し、ここに加わりたいと思っている仁多だが、今はただの分隊長でしかない。ここに自分が出頭すること自体に、とてつもない場違い感を覚えていた。
隣で敬礼する佐保も気持ちは同じである。むしろ、出世する気などない彼女にとっては、出来れば一生顔を出したくない場であった。
『ご苦労。では、ベルナス氏たちを奥へ。間もなく作戦が始まる』
秋吉はそう言って、ホールの一画を示した。
外に近い場所だ。さすがにここから戦闘そのものは見えないだろうが、戦闘の様子が遠目であっても分かる方がよいという配慮だろう。
案内された一画に用意されていたパイプ椅子に、フリオたちは腰を掛ける。
どうも想定していた事態とは違う様でどこか戸惑っているようである。
戦いというモノの在り方が全くと言っていいほど違うのだ。無理もないだろう。
作戦開始時間である14時が近づき、隊員たちの緊張が高まる。
無線のやり取りで、各部隊の展開は完全に終えている。
その緊張に飲まれ、戸惑っていたフリオたちも息を殺していた。
そして――
「時間です」
『よし、作戦を開始する!』
自衛隊の作戦行動に関しては多分に想像です。
書き終えて実際どう動くかなど映画でも見れば良かったと気づきましたが、後の祭りでした。まあ時間もありませんし。
仁多の階級に関しては、高卒・一般曹候補生で入っていれば、この年齢で幹部候補生部内選抜試験の資格は発生しているはず……と思いますが、自信がありません。
本筋ではない枝葉な部分ですが、詳しい方も多いですから……。
今回フリオたちのセリフなし。
たぶん、次回も自衛隊側からの視点です。




