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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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 閑話 クロスメモリー 4

 学校は思ったよりも早く再開された。

 しかしよくよく考えてみれば、学校を再開しない理由がないのだと気づく。

 今回の転移――ネット発のこの呼び方は、テレビでも使われだしているのでこう呼ぶ――で、大量の人間が亡くなり、日本の先行きがどうなるか不透明な状況であるが、ミクロな視点で見ると、学生が学生をやることに支障はないのだ。

 生徒や教師にも被害はあったが、それで学校が傾くような状況にはなっていない。少なくとも、俺の通う学校はそうだった。


 というよりも、俺の周囲においては転移による大きな影響というのが見えなかった。

 近所で誰かが亡くなったという話や、コンビニの商品が買い溜めのせいで品薄になっているなどという話は実感できる影響だろうが、ニュースで芸能人や作家が亡くなった話や、会社が倒産したという話などは遠い世界の話である。

 転移の影響で漁船が足りず、魚の水揚げがなくなり新鮮な魚こそ食卓から消えたが、肉も野菜も今のところは手に入り、三食を満足に食べることができる。電力も安定して供給され、1日ネットやテレビを見ていられる。そんな以前と変わらぬ日常が続いていた。


 後で思い知ることになるのだが、しょせん学生の世界など本当に小さい物だ。実は、身の回りでも確実に影響は出始めているのにそれに気づいていないだけなのだが、認識しないものはないも同じなのである。



 4日振りの学校も以前と変わらない様子だった。

 何人か被害にあった生徒もいるらしいが、俺のクラスは全員無事だったらしい。ただし、身内に犠牲が出たために今日も休んでいる奴はいる。

 久々に聞くの学校の喧噪を懐かしくさえ思いながら俺は席に着いた。

 耳に聞こえる話題は、やはり転移絡みが多い。だが、よくよく聞いてみれば、今回の件でイベントが中止になっただの、スマホが値上がりするそうだなど、あまり以前と変わらない話題でもあった。

 朝のHRまで誰かと話で時間でも潰そうかと考えていると、ちょうど二宮が教室に入ってきた。

 そういえば先日家に来て以来連絡も取っていないことを思い出す。


「よ、おはよう」

「おはよう黒須。この間はありがとうな。おふくろも感謝してた」


 そう言えば、あの時うちの母が大量に買い物をしている光景を見て、家に電話していたなと思い出した。

 感謝されておいてなんだが、その行為を指示した父を責めた手前なんとも言えない気分になる。

 それが表情に出ていたのだろう。何かを察してくれたらしく、二宮はそれ以上その話題は持ち出さなかった。


「しかしこの先どうなるんだろうな」

「ん?」


 二宮の言葉に俺はすぐに答えられなかった。意味が理解できなかったからだ。


「だから、日本がだよ」

「ああ、そういうことか」


 今のこの国の状況を考えれば、突飛な問いかけではないだろうが、元々政治やら経済には興味がない上に、あまり変わらない日常だったためかそういう大きな話だとは思わなかった。


「アメリカ海軍の話は知ってるよな? どうやら、どこかの国の艦隊とやりあって話だぞ」

「ああ、なんかネットでそういうの見た気がするけど……ソースないんだろ?」


 そう言いながら、先日ニュースで見たアメリカ海軍の映像を思い出す。

 2隻の船を従えた空母ジョージ・ワシントンが横須賀へと入港するシーンだったが、軍事に疎い俺には、それがどういう状況であるのかさっぱり分からなかった。

 ニュースに出ていた軍事専門家の解説によると、横須賀を母校とする部隊は、空母の他は2隻のミサイル巡洋艦と7隻のミサイル駆逐艦からなる部隊なのだが、今入港したのは強襲揚陸艦と掃海艇であり、これは佐世保を母港とする別の部隊の船だという。

 その上、空母の艦載機がほとんど無いことが指摘された。

 その専門家の指摘を受け、映像が拡大されると所々戦闘の痕跡とみられる損傷個所を見つけることができた。


 少なくとも何者かと戦闘をしたことは間違いなさそうだが、俺の拙い知識によればアメリカ軍というのは世界最強の軍隊のはずである。

 いくらその1部でしかないとはいえ、それがそうそう負けることなどあるのだろうかと疑問だった。


「しかも、相手は帆船だったって話もある」

「ねーよ流石に。でっかい化け物にでも襲われたって方がまだ信じられるわ」

「そういうのを見たって話もあるんだけどな」


 オカルトだなと俺は笑い飛ばした。

 二宮も信じているわけではないらしく、「ま、そうだよな」と苦笑してみせる。


「それよりも、重要なのは他に国があるってことだよ。うまく貿易できれば、なんとか日本もやっていけるんじゃないかって話だ」


 先日来、父から散々輸入なしでは日本は成り立たないと言われていただけに、それは明るい話題なだと思った。

 しかし一方で、まだ数日であるが普段と変わらない日常――せいぜい、震災のとき程度の非日常を過ごしている身としては、大した話じゃない気もしていた。


「国内問題は、今は野党も協力してるけど、震災の時みたいにその内意見対立してくるだろうからな。そろそろ食糧とかガソリンに制限とかかかってくるんじゃないかな。遺体処理がひと段落したら大きく動くと思う」


 そう言って窓の外を見る。

 視線のはるか先では、白い煙が一筋見えた。


 大量に発生した遺体の処理に関して、政府は認定施設以外での火葬を認めたのだ。

 現在ある火葬場だけでは、24時間フル稼働しても到底追い付かないということらしい。土葬は許可していない自治体が多いという理由もあるが、それ以上に場所が足りないため不可能ということだ。


 この数日間で政府が決定したことはこれくらいである。通達は――たとえば、見たことない魚を取った場合は食べずに水産試験場に提出しろだとか、妙な症状の患者が現れた場合は速やかに届け出る様にだとか――各種出ているが、大きく生活に関わりそうな決定は他にない。

 いや、あるのかもしれないが少なくとも俺は知らない。

 父が言っていた配給に関しては、今のところは実施されていない。

 世間は未だ興奮状態にあるのだが、俺個人としてはもう醒めてきていた。一時は深刻ぶってニュースを見回ったが、見てどうなるものでもないと思うと時間の無駄な気がしてきたのだ。


「はい、席つけー」


 副担当の菊池がやってきたため二宮との会話はそこで終わってしまった。

 他のクラスメイトもそれぞれ席に着く。

 生徒たちが席に着いたのを見計らい、菊池は出欠を取ると「残念はお知らせがある」と前置きし話を始めた。


「既に知っている者もいるかもしれないが、担任の森口先生が先日亡くなられた」


 その言葉に、クラスの中でちょっとしたざわめきが起こる。

 俺もたぶんそうだろうと思ってはいたが、いざ聞くと胸がドキっした。

 今クラスにいる奴らの大半は、おそらく今回の転移で身近な死者はいないやつらばかりだろう。身内に被害があったものは、今日学校を休んでいる。

 となると、これが身近での初めての死者かもしれない。

 先日、死体を目のあたりにして死というモノを間近で見て知った俺だが、ある程度身近な人間の死はこれが初めてである。


「葬儀はご家族ですでに行われている。クラスで弔問などを行うのは避けて、後日落ち着いてからにするように」


 じゃあそれで、今回の転移の問題がより実感を持ってきたかというとそうでもない。身近だとはいっても、所詮クラス担任。それも、今年4月からのクラスだ。そこまで思い入れもない。

 ネットやテレビで出る話題よりは何歩か分近いなという感覚でしかなかった。


「それから今後のことだ。今回の一件でいろいろなことが今後も起こると思うが、取りあえず学校は以前通り続けていくことが決まった」


 となると、今年度そして来年の受験も行われるのか。

 経済がどうだとかそんな話よりも、こういった話題の方が俺たちには切実だ。

 ……いや、もっと目の前に迫った別の話題があったな。


「先生。じゃあ来月の修学旅行はどうなるんですか?」


 俺の問いかけに、クラスの何人かから「どうなるんですかー」という同調する声が上がった。

 その様子に、菊池は顔をしかめるとどこか馬鹿にしたような声で答えた。


「状況を考えろ。出来ると思うのか? まあ正式には決まってないが中止だろうな」


 その言葉に、クラス中から一斉にブーイングがあがる。

 当然と言えば当然の反応に、菊池は苛立たしげな様子を見せた。


「お前らもう高2になって半年だろうが! 少しは社会情勢とかを考えろ!」


 菊池の一喝だが、元々沸点が低いことで有名な教師だ。生徒の方も慣れてしまっており、あまり効果がない。

 今の一喝を受けても騒がしい生徒に、鎮めるのは無理だと判断したのであろう菊池は鼻息荒く教壇を後にして教室を出て行ってしまった。

 あんな性格だからクラス持てないんだよな、との声が誰かから上がったがまったく同感だ。

 菊池の去った後も、教室の喧噪は収まらなかった。

 今後も学校生活が変わらないことに喜ぶ者悲しむ者。部活動や大会がどうなるか気にする者。亡くなった森口を悼む者も多い。


「あ~あ。初めてだったのにな京都旅行。つまんねーよなアラン」


 隣の野口がそう話しかけてきたが俺は無視をする。

 基本的に俺をアランと呼ぶやつには返事をしないことにしている。

 野口もわざと言ったのだろう。こういう俺の反応は、一歩間違えばイジメの原因になるのだが、その危険性を考えてもこの名で呼ばれるのは嫌だった。


「……くろす~返事してくれよ」

「最初からそう呼べよ。まあ修学旅行は俺も楽しみだったけどな。というか、その間勉強しないで済むのが嬉しかったんだけど」

「そんな理由かよ!」


 俺の返事に野口は大笑する。

 なんだよ、勉強は好きでも嫌いでもないがしなくて済むという状況は嬉しいだろうが。

 ちなみに、同じ理由で文化祭や体育祭も好きだ。

 ああ、でも待てよ。勉強で思い出したが、


「このままだと、来年の受験は普通にあるんだよな」

「だよなー。どうする」

「どうするって……」


 どうするも何も、受ける以上は嫌でも勉強するしかないだろう。

 将来のことはあまり考えていないが、少なくとも大学にはいくつもりだ。その後のことはそこで考えるだろう。

 1限目が始まるまで、俺は野村とそんな話をして過ごした。



 この日、まだ俺は普通に高校生活を送っていた。

 転移により変わったことはあるが、それも金融危機や大震災などのように多少影響はあっても今を直接変える物ではなかったからだ。

 しかし、転移による影響は徐々にだが出始めていたのだ。


 翌日、ガソリンに規制がかかる。もっとも、既にガソリン会社は在庫の放出を抑えていたのでそこまで大きな影響はなかった。

 更に翌日、計画停電が決定される。また、稼働停止している原発再稼働への検討が行われだした。

 身の周りでは、コンビニやスーパーなどで商品の供給が滞りだした。原料の問題から生産が抑えられ、在庫が乏しくなっているということだ。街の飲食店は軒並みシャッターを下ろしている。

 更に翌日には、政府は食糧・ガソリン等の配給を行うことを決定。俺はこのとき、配給に関する法律があること、1982年までは名目的には米は配給制だったことを初めて知った。

 既に配給に向けた準備は進められているそうだが、実行されるまでの間に買い溜めが多数行われることとなる。

 この頃から、街で見かける車の数が目に見えて減りだした。電車も本数が減ったそうだが、通学時間の本数は変わってないから助かるとクラスメイトが言っていた。

 数日後、いよいよ配給が始まったが思ったほど大変というわけではなかった。父の言っていた通り、亡くなった人が大勢いたせいだろうか。そういえば、作り手や収穫する人間が死んだだめ手を付けられない畑などで、政府の指示により自治体や農協などが収穫を代行しているらしい。しかし、収穫はともかく米や野菜作りは今後どうするんだろうか。

 クラスの永田さんの家でガラスが割れてしまったそうだが、今は段ボールでふさいでいるらしい。なんでも、ガラス修理を依頼したが今ちょうど在庫がないそうだ。購入しようにも、原材料が手に入らなくなったことで製造元が生産を絞り、それが問屋・販売店へと順次影響しているということだ。ガラスの材料が輸入だとは知らなかった。

 そう言えば、野菜も種や苗は輸入が多いという。この先大丈夫なんだろうかとようやく心配になってきた。


 連日配給になる物や政府が取扱いを管理することになる品々が増えていく。それに伴い、だんだんと俺の高校生活にも影響が見られだした。

 学食や売店が閉鎖された。一部の授業、主に科学では教材が手に入らないと授業内容が変更になった。学校をやめるやつが出始めた。つながらないサイトが増えたし、スマホ持ってるやつに聞くとゲームやアプリ配信の停止が相次いでいるらしい。雑誌の休刊や廃刊もあったし、マンガの新刊発売の延期や中止もあった。テレビは放送時間を絞り放送するようになった。家の食事は、量はともかくバリエーションが減ってきた。

 真綿で首を絞めるという例えがあるが、たぶんこんな状況を言うのだろう。徐々に徐々に息苦しくなっていくのが分かる。

 外国ならとっくに暴動が起きてるなんて話がまたぞろあったが、それに何の意味があるのだろう。外国でだって、こういう仕方ない状況なら協力するんじゃないかなと俺は思った。

 外国といえば、旅行や出張で来ていた外国人の処遇が問題になっているらしい。状況的には保護されるべき対象だが、先の分からない状況で保護を永続的に続けるわけにもいかずどうするかということらしい。

 本当に、いつまでこんな状況が続くのだろうか。



 その日の晩は、久々に定時で帰ってきた父を含め、俺と母と3人での夕食だった。

 俺と母を前に父はおもむろに切り出した。


「今日、会社が倒産した」


 驚きはなかった。既に会社をたたむことになったという話は聞いていた。ここ数日は父も管理職の1人として事後処理をしていただけである。

 倒産というのは、すべてが終わったという意味でしかない。


「それでこの後はどうするの? 私のパートはまだ続けられるみたいだけど……」


 週3日スーパーでパートをしている母だが、今のところ解雇などという話はないそうだ。

 だが、家族4人それも大学生と高校生の子どもがいる状況では到底お金が足りないであろうことは俺にも分かる。


「会社は破産したわけじゃなかったからな、社員には最後に手当てが出されている。貯金もあるから、当面の生活は大丈夫だ」

「でも、柚那と亜藍の学校は……」


 そう母は俺と姉の学校を心配してくれた。


「それについてだが……亜藍」

「なんだよ」

「転校してもらうことになる。転入の試験があるだろうから準備をしておきなさい」

「はあ!?」


 何を言い出すんだ。まったく意味が分からない。


「色々考えたんだがな。大分の実家に行こうと思う。おそらく、この状況ではこっちで職探しも難しいだろう。なら、いっそ脱サラしてオヤジの農業を手伝おうと思う。少なくとも、食いっぱぐれることはなくなるだろう」


 茫然とする俺と母を前に父は言った。

 なるほど、会社の事後処理をしながらそんなことを考えていたのか。


「ちょっと、じゃあ、ゆ、柚那はどうするの? 今年大学に入ったばかりなのよ?」

「できれば一緒に連れて行きたいが……仕送りが減るがそれでもやっていけるというなら、自分の判断に任せるつもりだ」


 学費の面で心配はない。姉は奨学金を受けているからだ。

 問題は生活費だが、アルバイトが続けられるならたぶん大丈夫だろう。

 そんなことよりも――


「とにかく、阿藍は――」

「ふざけるなーーーーーー!! 一方的に決めんじゃねー!」


 俺は外にまで響く大声を上げた。


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