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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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第14話 前途多難

 下関から南西に60kmほど離れた場所にある石畳の道を、2人の異邦人が歩いている。


「つまり、無知こそがこの国の現状に繋がっているというのですか、コルテス様?」


 金髪碧眼という地球で言うコーカソイドのテンプレートのような容姿をした眼鏡姿の青年が、隣を歩く老人へと問い返した。


「すべてというわけではない。しかし、根本的にはそこに原因があるとワシは考えておるのだよルーマン君」


 その褐色の瞳を前へと向けたまま、白髪の老人は答えた。

 還暦を超えているはずだが、180cmを超える青年とほぼ肩を並べ歩くその姿に老いの陰は見つけられない。


 テディ・テノム・ルーマンとフェルナンド・パパル・コルテスは、石畳の参道を歩きつつこの国に関するそれぞれの見解を話し合っていた。


「大陸の国々が真に恐れているのは、君が言う軍事力ではない。日本という国そのものだよ」

「それが、つまり軍事力に対してではないのですか?」


 日本の持つ軍事力を恐れるが故に大陸の国々は日本との交流を最小限にとどめているという見解を持つテディの言葉に、フェルナンドは首を横に振り否定の意を見せた。


「確かにそれも1つはある。繰り返すが、それをも含めた上で日本というものに恐怖を感じているのだ。そして、その根本原因が無知によるものだと言っているのだよ」


 そう言って、フェルナンドは2人の前を歩く男の背中を見た。

 彼は外務省から新たに派遣された職員で、田染とマイクとは同僚であるという。ロデ語は喋ることができないという説明だったが、おそらく嘘であろう。

 それを承知しているフェルナンドは、あえて彼にも聞こえるように話を続けた。


「無知は容易に恐怖や疑心暗鬼に繋がる。異世界から来た日本という国に対して、第一印象が最悪だった上に、その後お互いを知る機会がないとなれば関わりあいたくないと思うのは当然であろう」

「……分からないから関わりあいたくない。そんな理由で……」

「今この日本は交易制限を受けておる。当たり前じゃな。正体の知れん弱った獣が、餌を求めておったとして簡単に餌を与えるかね? それが凶暴であるか無害であるかも分からん。ただ分かっているのは、噛まれれば大怪我では済まない牙を持っているということだけ、という状況でだ」

「よほどの善人ならあるいは……」

「そうだな。しかし、あいにくそんな善人はおらん。ならばその獣、日本のすべきことは胸襟を開き自らがどういうモノであるかを知らしめることであろうな」


 しかし現状の日本は、その真逆の状態である。門を閉ざし、少し隙間を開いては欲しい物だけを求める。偶に門の内側に誰か受け入れても、奥にまでは踏み込ませずその一挙手一投足までも監視しようとする。

 軍事力云々を除いたとして、どうしてこれでまともに付き合いができるだろうか。


「しかし日本にも事情があることが先の話で分かった」

「ええ。この10年の混乱を考えれば、日本がその目を外に向ける余裕なんてなかったのでしょう」

「……ワシが今回ベルナス君に積極的に協力しておるのはな、これを好機と思っておるからじゃ」

「好機、ですか」


 うむ、とその言葉にうなずく。


「冒険者ギルドがこの国に設置されれば、必然的に人同士の交流は活発になる。人が交われば混乱や問題も起ころうが、それらを通じて互いを知っていくことができるだろう。やがてこの国が正しく認識されれば、今のこの国の現状も改善されるだろう」


 最後の言葉はほとんど前を歩く外務省の人間に言ったようなものである。

 どの程度意味がある行為になるかは分からないが、冒険者ギルドを受け入れる利点を少しでも伝えられればとフリオの助けにもなるだろうとの考えだった。


「しかし、それでコルテス様には何か得る物はあるのですか? この国の状況が変わったとして」

「ん?」


 テディの疑問に、フェルナンドはおやっという顔をして見せる。


「分からんかね。この国はワシらの知らぬことだらけだ。これほど知的好奇心を刺激する物は、今のところ他にない。じゃが、こうして入国するだけで一苦労だ」

「ああ、なるほど。つまり、この国が門戸を開いてくれれば」

「そう。自由に知的好奇心を満たすことができるというわけだ」


 自分の利益になるからこそ、是非ともフリオには上手くいってもらいたいと笑いながらフェルナンドは言った。


「まあ今のところは自分の仕事をこなすとしようかのう」

「神殿からの使いでしたっけ?」

「うむ。ここにあるという学問の神を祭った神殿への調査が目的だ。わが神と何か関連があるのか、そのな」


 見知らぬ衣装で外国語を話す2人を、先ほどからすれ違う人々が不思議な目で見ている。

 10年前ならば珍しい光景とまでは言えなかった。なにしろここ太宰府天満宮は、福岡における観光コースになっており、外国からの客も多数いたからだ。

 10年経った現在。かつてほどではないが、未だ参拝客の絶えないこの場所では、外国人の姿は非常に珍しいものになっている。


「なんだかずいぶん注目されていますね」

「他の場所では、服を着替えさせられたり人払いをしたりしておったからな」


 何件ものお土産屋や食事処が立ち並ぶ仲見世通りも、転移後の状況によって店を閉めているところが多い。

 それでも、開いている店には参拝客がお土産を物色し、また昼時が近いということもあって食事処へと足を向けている者もいる。

 そういった客や店の人間がほぼ例外なく2人を不思議そうに見て、しかし2人がそちらを向くと顔をそらしたりそそくさと店の中に姿を消したりしていくのだ。


「……もしかして怖がられています?」

「そこまでではないだろうが……」


 その反応から、フェルナンドはあることに気づいた。


(無知なのは大陸の国々だけではない。日本もまた然りじゃな。フリオよ、あの子爵の言葉忘れるでないぞ)




 下関ICから高速道路を下りたフリオたちのバンは、そこから3kmほど離れた市内の下関駐屯地へ向かっていた。


 その駐屯地の司令室では、1人の男が憂鬱な溜息をついていた。

 今日何度目か分からない溜息の後、その男――下関駐屯地司令・秋吉一等陸佐は、手にした予定表に目を落とす。

 正直な話、冒険者を迎えての作戦行動など迷惑以外のなにものでもなかった。

 作戦行動自体に問題はない。ここから北東に約10kmの距離にある深坂ダムの近くにあるモンスターの巣を駆除することが作戦の目的である。

 ダムの横を通る県道では最近モンスターの出現が報告されており、調査の結果中規模のゴブリンの集団が山中に生息していることが分かったのだ。

 道路の安全確保の面からも、また万が一ダムに何かあればダムの下流にある田畑が壊滅してしまうという恐れ、そして少数とはいえ下流の安岡には今も住まう人が居るのだ。


(何より、この下関からわずか10kmの地点にまでモンスター共が侵入している事実は見過ごせん)


 ゴブリン程度がいくらこようともこの本土最終防衛線が破られることはないが、下関の中心が混乱すれば本州から九州への物流が止まってしまうこととなる。それは今の日本にとっては死活問題であった。

 様々な理由から、速やかに作戦が立てられた。中規模以上のモンスター群への作戦行動は、今の日本の状況になってからは数えるほどしか行われていない。その数少ない事例も、敵集団を数回に渡って巣から引き離しこれを殲滅。最後に残った巣を叩くという慎重なものであった。

 しかし今回は、初めてモンスターのそろった巣を直接攻撃するというもので、作戦には万全の上になお万全が重ねられ、その指揮を執る秋吉としては大任に嬉しく思う反面、責任の重さを感じていた。

 そして、いよいよ決行となった矢先に、上から待ったがかけられた。政府の指示であった。

 交渉の為にくる冒険者に本州を見せる可能性を考慮していた政府は、実際の現場を見せるため作戦の延期を指示したのである。

 これに気分を害さない自衛官がいるわけがない。

 そんな政治的な理由で作戦をかき回されてはたまったものじゃないという声が基地内はもちろん、自衛隊上層部からも挙がったが、結局は政府の言う通り今日まで作戦は延期されることとなっていた。


(一刻を争うという状況ではないが、悠長にしていられる状況でもないのだぞ。その上見学を引き連れての作戦行動など……)


 話によれば、冒険者はモンスター退治の専門家のようなものであるという。だが如何にその道のプロとはいえ、作戦に参加させるわけにもいけない。仮に参加してもらったとしても、邪魔になるだけであろう。それが秋吉をはじめ自衛隊側の考えであった。


(オブザーバーとして意見を聞くくらいだな)


 戦闘行動を見せる気もない。

 政府からは作戦に同行させるとの指示しか受けてないのだ。もちろん戦闘を見せろとの含みもあるのだろうが、明言されていない指示に従う理由はない。

 大人しく後方の指揮所で作戦の経緯だけ見てもらい明日にはさっさとお帰り願うつもりだ。

 その時、コンコンと部屋のドアがノックされる。

 入る様に秋吉が言うと1人の自衛官が現れた。


『司令。一行がお着きになりました』

『そうか。一先ず応接室に案内してくれ。その後、付き添いを紹介した後作戦に向かう。部隊の準備は完了しているね?』

『はっ。既に先遣隊は現場に到着しており、全部隊も予定通り1400には展開を完了します』

『客人がなければ、私ももう出発しているのだがね。いささか強行軍になるが、政府の指示とあれば仕方ない』


 政府が作戦の細かなところまで口出しするとろくなことにならないのが常だが、抗するわけにもいかない。

 報告にきた部下を下がらせると、また1つ大きなため息をついた。



 下関駐屯地は、かつてあった運動公園を潰して6年前に設営された。

 周囲にある大学や高校、さらに病院なども国が接収あるいは買い取り施設として利用されている。

 それら建物がいささか古いのに対し、駐屯地の本部施設は比較的新しくまた清潔であり、フリオたちのイメージする軍事基地とは程遠い印象があった。

 特に傭兵として何度も戦場に出た経験あるヴォルフは、この国が自分たちの常識とは違うのだということを再認識させられていた。

 だが、作戦行動直前の緊迫した雰囲気はここが間違いなく軍事施設であると無言のまま伝えていた。

フリオ・リタ・ヴォルフ・ラトゥ・黒須の5人は、外務省・公安の4人と共に基地内を案内の自衛官について歩いていく。

 時折通り過ぎる自衛官の視線を感じるが、半分は興味本位のそして半分はあまり好意的でない類のものであった。


(やっぱりか)


 原因に心当たりがある田染は、内心で小さく舌打ちする。

 政府の方針に振り回された結果がこの有様であるのだが、こちらにはこちらの理由があるのだと言いたかった。

 まさか馬鹿な真似をする者は居ないだろうが、フリオたちに悪い印象を残されても困る。出来るならば同行したいところであったが、田染たち4人は作戦終了まではここに残ることになっていた。通訳は自衛隊が自前で用意するということである。


(これは素直に政府の意図に従ってくれるかどうか……)


 物珍しそうに基地内を見ながら歩く一行を眺めつつ、田染は暗澹たる思いに囚われだしていた。



 案内された応接室は小ざっぱりとはしていたが待つ人間を不快にさせず飽きさせない程度の調度品が飾れて、また座り心地の良いソファーが備え付けられていた。

 ここを重要な軍事施設だと思っているフリオは、きっと国のお偉い方を迎えるための心配りなのだろうと勝手に推測している。実際、それなりに重要な場所ではあるのでまるっきり間違っているわけではない。

 もっとも調度品については、見た目の良さはともかくどれもそう価値はないなと見ていた。

 ソファーは人数に対してその数が足りず、日本政府側の4人は立ったままでいる。黒須は居心地が悪そうに立っている4人をチラチラと見ているが、当の4人は当然ですという顔で立ったままだ。

 そんな黒須の居心地の悪い時間も、そう長くはなかった。

 フリオたちが部屋に入り5分と立たない内に、駐屯地司令である秋吉が部下を連れて現れたのだ。


「お待たせした。私が司令を務める秋吉と申します。本日は遠路ご苦労様です」


 と、その挨拶だけはロデ語で述べ軽く一礼した。

 それに対し、フリオ一行も立ち上がりそれぞれ自己紹介をする。

 挨拶が終わると、いかにも時間が惜しいという風な口調で、田染の通訳を通し秋吉は説明を始めた。


『本来であれば時間を取ってここを案内するところですが、今日は時間がありません。皆さんにも参加していただく作戦の開始時刻が迫っています』


 そう言ってチラリと政府に4人へし一瞬視線を向ける。


『フリオさん達には慌ただしく申し訳ありませんが、このまま作戦現場まで向かっていただきます。私も連隊と今から現場へ向かわねばなりません』


 「今から」という言葉を強調して言った秋吉だったが、田染の通訳を通すとその辺りはフリオには伝わらない。

 もっとも、こんな異例な状況になっているのはお前たちのせいだぞ、という揶揄を田染たちに伝えたいだけであるので秋吉はそれで構わなかった。

 田染の通訳を受け、フリオがうなずいたのを確認すると、秋吉は後ろに控えた部下を紹介した。


『作戦行動中は、この2人が皆さんに同行します。向こうに着くまでに今作戦の概要を説明させます。ああ、2人ともロデ語は話せますので安心してください』


 その言葉に、上官である秋吉と同じく迷彩服に身を包んだ2人の男女の自衛官が敬礼した。


「皆さんの案内を仰せつかった仁多二等陸曹です」

「同じく、佐保三等陸曹です」


 共に20代中ごろであろうか。若さと力強さが全身から活力となってあふれ出ている。

 隙のない見事な敬礼をする自衛官の姿を見て、4人の政府関係者は内心で一様思った。


(あ、これはダメだ)


 2人の顔には、隠しようのない不満の色が浮かんでいた。


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