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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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第13話 馬関海峡

 関門海峡は九州と本州との間にある海峡である。瀬戸内海と日本海――ユーラシア大陸がないためこの呼称が適当か分からないがここでは置いておく――を結ぶ需要な航路であるが、狭い場所では600mほどしかないという地形と、それ故の潮流の速さ・変化の多さなどのせいで海上交通の難所としても知られる。

 また歴史的には、平家終焉の地であり、豊臣秀吉の船が座礁し海に投げ出された話や、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘で有名な巌流島(船島)があり、幕末には馬関・下関戦争の舞台となるなど逸話の多い場所である。

 そして現在、この場所は今や日本本土となった九州へモンスターの侵入を防ぐ最後の防衛線として機能していた。



「とはいえ、関門海峡までモンスターが押し寄せたことはありません。偶に警戒網をすり抜けたモンスターが現れるくらいですね」


 下関へと向かう車内。

 これから向かう場所のことを知っていてもらおうと、フリオとリタへそう説明したマイクにフリオは首をかしげた。


「ということは、モンスターの侵攻はそこよりずっと東で抑え込んだということですねよ?」

「はい。最大規模の集団は岡山。ずっと東の方でなんとか抑え込みました。ですが、中規模以下の集団が多数西まで侵入してしまい各地に住み着いてしまっているのが現状です」

「では、その岡山より西では人は住んでいるのですね」

「モンスター侵攻前ほどではありませんが、中国地方……ああ、その辺り一帯の地域名ですが、各地に点在して居住しています」


 フリオの疑問にマイクは隠すことなく答えた。

 日本の防衛力を直に見せ冒険者が必要ないと理解させる方針に決まったからには、それにまつわる情報を隠す意味はないからだ。


「九州四国だけでは食糧の生産などが足りません。その中国地方でも食糧の生産や、あるいは鉱山の再開発などをおこなっています。モンスターに対しては自衛隊、我が国の警備組織が各地を定期的に巡回していますし、基地も各地にあります。ほとんど被害はありませんね」

「ほとんど、ですか?」

「ええ。何事にも完璧はあり得ませんので、ゼロとは言えませんが」



「それじゃ、その岡山より東はどうなっているんですかい?」


 もう1台の車内で同じ説明を受けていたヴォルフとラトゥだったが、こちらでは説明役の田染へヴォルフが質問をぶつけている。


「近畿、中国地方の隣の地域名ですが、その海沿い何か所かを自衛隊が確保していますが更に東に関しては我々も手が届いていません」

「そこにも人はいるんでしょう?」

「確認はされていません。東日本は大型モンスターが闊歩していますので、自衛隊でも容易には近づけませんから」


 半分は嘘である。

 確かに容易には近づけないが、少数の精鋭部隊による侵入作戦は何度も行われており調査も進んでいる。


「たしかあんた方は遠距離とも連絡を取り合う手段がありましたな。それで確認は出来ないんですか?」

「電話のことですかね? あれは、電話同士を繋ぐ線や中継の装置が必要となりますがモンスターによって破壊され、無事な物も修理補修が出来ませんから今は使えませんよ」


 嘘は言っていない。ただし、無線により東日本にも生き残っている者がいることは分かっている。そういった場所の何か所かには自衛隊が接触を試み日本人の存在を確認している。

 生き残りが居る場所に通信装置があるとは限らず、有っても使える人間がいない可能性を考えれば東日本における生存者は更に増えると考えられる。


「ふーん……」

「後は実際にその目で我々の防衛体制がどうなっているか確認してみてください」


 胡散臭そうな顔を隠そうともしないヴォルフに、田染はそう言って質問を終了してしまった。



一方フリオとリタそして黒須の乗る車では、まだ質問が続いていた。


「この道は……自動車、でしたっけこの乗り物。随分大型の物がたくさん通ってますけど、あれは何か運んでいるんですか?」


 先ほどから窓の外を見ていたリタがマイクに尋ねる。


「あれは輸送用の自動車です。先ほども話しましたが、本州で生産された米、小麦、野菜、家畜など食糧。採掘された金銀に銅鉄鉱石、亜鉛に錫、クロムにウラン、石灰石その他を輸送しています」


 その説明がフリオには少し引っかかった。


「兄から聞いた話では、日本では資源が乏しいとのことでしたけど?」


 その言葉にマイクは苦笑いする。


「フリオさん、あまり知っている情報はぺらぺら口にしない方がいいですよ」

「あっ」


 しまった、という顔をするフリオを見て、なんだかばかばかしくなったマイクだった。

 どうもペースを乱されてしまうと、毒気を抜かれる。

 フリオの隣でリタも頭を抱えているが、まあそう大して秘密というわけではない。そして冒険者にはあまり関係のない話でもある。


「左手を見てください」


 マイクの言葉に一同が左手車外の景色を見る。

 視線の先、海岸沿いには巨大な鉄の建造物が立ち並んでいた。

 鉄でできた巨大な管が無数に絡み合い、鉄の煙突や尖塔が並ぶそのさまは、初めて見るフリオたちにどこか禍々しい印象を与えていた。


「あそこは北九州工業地帯。現在我が国における生産の中心部です。例えば大陸にも輸出されている鉄鋼などはあそこで生産されています」

「あれが……」


 工場と言われてもどうにもピンとこない。

 フリオの知る鉄を作る工房などとかけ離れた姿に現実感がわかないのだ。


「ですが、あれらの施設は現在稼働停止しているものが無数にあります。原因は原料不足です。フリオさんがおっしゃる通り、我が国では国内の生産量だけでは原料が足りないのです」

「それで、国内に鉱山があるのに大陸から輸入しているのか……」

「手に入らない鉱物もありますし、食糧の輸入もありますが。……しかし交易はうまくいっていません」

「ん?」


 その言葉に首をかしげる。

 フリオの実家であるベルナス商会は、日本との交易により元も大きかったその規模を更に大きくしている。ベルナス商会だけではない。タンゲランや他の港町で、大なり小なり日本と交易をおこなっている商会はどこも大きな利益を得ているはずだ。

 一方的な搾取をしているわけではない。それでは交易は長続きしないからだ。互いに利益が出てこそ交易というのは続けられるのである。

 実際に日本の輸出品は相応の額で購入され大陸へと渡っている。ならばうまくいっていないとはどういうことだろうかとフリオは考えたのだ。


「日本に対する輸出量や品目に、大陸の国々が制限をかけているのですよ」

「それは、ごく当たり前なのでは? 大陸の国同士でも行われていることですし、ましてや……今、大陸の国はどこも物入りですから」

「大陸は今や動乱期に突入していますからね」

「……他人事みたいに」


 マイクの言葉にリタが小さな声で毒づいたが、マイクは聞こえない振りをした。


「しかし、日本への輸出に関しては対立する国同士で方針を一致させているのです」

「……」

「理由は分かりますか?」

「…………日本が怖い、から」


 フリオの回答にマイクが大きくうなずいた。


「10年前の事件が未だ尾を引いているのです」

「タンゲラン沖海戦か」


 10年前の日本転移の際、海上にあった船舶は本土から離れた場所に出現した。大半はすぐに連絡の取れる距離だったが、確認された中には大陸の南まで飛ばされた船もある。

 そして、日本に居たアメリカの第7艦隊は日本の遥か南西に飛ばされてしまった。そこはちょうどタンゲランの港の沖合であった。

 横須賀にあった第7艦隊、正確には第7艦隊戦闘部隊は真夜中だったこともあり一時的な混乱も起こったがそれもすぐに収まった。

 周囲の艦艇を集結させ一先ず情報収集と日本にある基地との連絡を取ろうした彼らが、夜明けとともに目にしたのは遥か前方、タンゲランの港に集結した帆船の大艦隊であった。

 ちょうどこの日、大陸すべてをその支配下に置いたジャンビ=パダン連合王国は、自身の持つ海上戦力と従属する国々に供出させた兵力・艦船を率い、ラグーザ大陸の東にあるカターニア大陸への遠征に挑まんとしていたところだったのだ。

 両者がこのタイミングでかち合ったのは不運でしかなかった。どういう経緯で戦闘となったのか、両艦隊の首脳部がそろって戦死したために詳細な経緯はいまだ不明である。

 確実なのは、アメリカ側を敵と認識した連合王国艦隊が先に攻撃をしかけアメリカ側が応戦したことだけである。

 大陸最強の海上戦力であった連合王国艦隊であったが、本来ならばアメリカ側の敵ではなかった。

 しかし、戦闘終盤に使用された大規模神霊術によりアメリカ側にも多大な被害が発生。結果、連合王国艦隊は壊滅。アメリカ第7艦隊も航行不能となった艦船が多数あり、戦闘は引き分けに終わった。


「大陸の諸国は、あの時見た戦闘力を怖がっています。日本の力ではない、と説明はしてもそれを証明するのが日本側だけですから。あるいは、あれと同質の力を持っているとみなされているせいかもしれません」


 連合王国は、その艦隊と共にカターニア大陸侵攻のための兵力を失ったことで、それまで力で抑えていた支配地域や従属国を抑えることができなくなり、大陸の支配者の地位から転落。

 そして現在、大陸は連合王国の頸木から逃れた諸国と、支配から独立を望む地域を巻き込んだ大動乱の渦中にある。

 リタが毒づいたことにはこういうわけだった。現在の大陸の状況は、日本の転移がその原因なのである。


「本来なら、抜け駆けして日本の技術を得ようという動きがあってもおかしくないのですが、見せ付けた力が大き過ぎたのでしょう。少なくとも、接触している国は日本が資源を得て力を回復することを望んでいないのです」


 それが自分たちに向けられることを恐れているのです。そうマイクは言った。


「……」


 ありえない話ではないとフリオは思った。

 10年前のあの日、遥か沖合で行われた海戦の音をフリオは聞いている。

 タンゲランの街も、流れ弾により被害を受けてた。たった1撃で破壊された家々や倉庫、通りの姿は今でも思い出すことができる。

 後に、相手はアメリカという転移して来た国家の同盟国の艦隊であったことが伝わった。それと同時に、日本にもそれに類する戦力があると。

 故に、フリオは日本に強力な軍隊があると知っていたのだ。まさかモンスターに蹴散らされる類の力だとは思ってもみなかったが。

 とはいえ、連合王国の艦隊を壊滅させた戦力と同質の相手を恐怖するのは無理もないだろう。フリオだって相手にしたくはない。

 だが解せない部分もある。いくら相手が強大だからといっても、いやそうであればこそその力を得たいと思うのが人間ではないだろうか。

 それを今まさに動乱に突入しようとしている国々が、そろって力を求めず抑え込むかのような行動を取っているのは何故か。


(まあ俺が考えることじゃないんだけどな)


 そんなフリオを乗せたバンは、関門海峡に架かる橋へと到達しようとしていた。




 九州と本州を繋ぐ道は5つある。

 その内4つは海底トンネルだ。自動車道と歩道の2つ。在来線用と新幹線用のトンネルが2つ。

 この内、新幹線用のトンネルは現在封鎖されており、使えるトンネルは3つ。さらに、在来線は現在九州―本州間は物資輸送用に利用されているだけであり、通常の列車は運行されていない。

 自動車道と歩道も、一般人が本州に渡るには許可が必要となるため利用者の多くは自衛隊・政府関係者か輸送に関わる者だけである。

 そして、5つある九州―本州を繋ぐ道の最後の1つこそ今フリオたちが通っている関門橋である。

 長さ1km以上。海面から61mもの高さに渡された鉄製のつり橋は、先日渡った荒津大橋などとは比べ物にならない規模であった。


「この後、下関駐屯地に向かいます。そこで自衛隊の案内を連れて、実際に自衛隊がモンスターと戦っているところをご覧いただくことになると思います」

「分かりました。……もしもの時は、加勢してもかまいませんか?」


 フリオの問いかけにマイクは一瞬考える素振りを見せる。

 だがこれはポーズだけだ。その場合どうするかも、既に決定している。


「その時に自衛隊の許可が下りれば……まあそんな機会はないと思いますがね」

(そんな場面があっては台無しですからね)


 そう内心でつぶやく。


「もしそうなったら、俺たちの流儀をお見せしますよ」


 マイクの内心を余所に、フリオはニコリと笑って手にした自分の得物を叩いてみせた。


基本的に、作中外での説明はしたくないのですがする機会がないのでここで。

前話であった「半ば見捨てられた状態にある」「半ばタブー視」された人々とは東日本の残留民のことです。

中国地方までは完全に安全というわけではないですが、一応自衛隊による庇護があります。まあ大半は九州か四国へ行ってしまっていますが。

自衛隊そのものも、規模や編成、配備が大幅に変わっています。


次回から自衛隊が出ますが正直本やネットで勉強している最中ですが、詳しくないので読んで違和感のある描写になるかもしれません。

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