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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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第12話 冒険者ならではのバイタリティで乗り切れ

「この国で読んだ本で知った言葉だが」


 ノルテ子爵がそう言ったのは、フリオ一行を見送りに大使館入り口まで出たところだった。


「『相手を知り自らを知れば戦いに敗れることはない』というものだ」

「……」

「今までお前は敵を何も知らず、戦っていたようなものだ。おかげで何とどう戦うべきかも分からず、私の元へやってきた」

「……そのおかげで、敵を知ることができました」

「うむ。ならば、後は何も言うことはない。良い結果を期待している」


 そう言って子爵はフリオたちに軽く手を振って大使館の中へと戻っていった。

 その後姿に一礼し、フリオは仲間たちに向き直る。


「この後はどうするのフリオ?」

「日本の考えは分かった。冒険者の力が要らないと言っているのなら、いくら冒険者ギルドを設置したいと交渉しても無意味だって」

「このままじゃ打つ手なしね」

「だけどこの話はあくまで子爵から聞いたものだ。子爵が嘘をいう理由はないけど、日本の全てを知っているとも思えない。だから」

「直接見る?」

「うん。日本が本当に冒険者を必要としていないのかを確認する。子爵の言葉の通り、相手のことを知らなきゃ何もできないからな」


 今までフリオは、日本相手にルールが分からない勝負を挑もうとしようとしていたようなものであった。

 見えているのは自分の勝利条件だけであり、一向に始まらない勝負に不審を抱いたところでラトゥの指摘を受け、既に自分がまったく想定していない形で勝負が始まっていたことを悟った。

 直接の対決相手である田染たちにとっての勝利条件は時間切れまで持ち込むことであり、最初からその為に動いていたのだ。

 それが今日、子爵の話を聞き日本の事情を知ることでようやくこの勝負のルールが見えてきた。しかしまだ情報が足りない。この勝負を制しクエストを成功させるには、まだ足りないのだ。


「それじゃあ、田染さんに言ってこの島の外に連れて行ってもらわないといけないわね」

「しかしよ、日本がそう簡単に連れて行ってくれるかね?」


 フリオとリタにそう尋ねたのはヴォルフだった。


「たぶん大丈夫だと思います。子爵の言う通りある程度こちらのいう事を聞いてくれるという話もありますし、それに日本もこちらが素直に連れまわされて終わるとは想定してないはずです」

「フリオ様の言う通りです。日本側にとって最善なのは、この九州でてきとうに我々を連れまわして気持ちよく追い返すこと。ですが、それが上手くいかなかった場合、妥協出来る線は当然考えてあるでしょう」

「それでこの島の外を見せるのはその線を越えてないってわけか?」

「ええ。おそらくは」

「……日本がモンスターの侵入を自前の戦力で押しとどめているから冒険者が要らないというのなら、その力を見せることで俺たちを諦めさせようとする手もあるんじゃないかなと思うんです」

「そうか……まあ頭脳労働は俺の領分じゃない。リーダーの決めたことに従うさ」


 と、一見投げやりな言葉を口にしつつニッとヴォルフは笑った。


(俺を信じて任せてくれるってことかな?)


 それとも完全に傍観者に徹する気なのか。今のフリオにはちょっと判断ができなかった。


「でも、問題は島の外に出たあとよね」

「うん。そこで日本の軍がモンスターにてこずっているようならそこを交渉の突破口に出来る。問題は本当に日本の軍がモンスターを抑え込んでいた時だけど」


 別の糸口を見つけないといけなくなるなとフリオは表情を曇らせる。

 色々と事情がある日本だ。探せば手はあるかもしれないが、今回の滞在でそれを見つけることが出来るかは分からない。


「……子爵とクロスさんの話を聞いて1つ思いついたことがあるんだけど」

「なに?」

「日本は冒険者を必要としていないっていうけど、本当にそうなのかしら?」

「いや、だからそれを確認しにこれから――」

「そうじゃないの。それは、この日本って国が冒険者を必要としてない話でしょ。じゃあこの国の国民はどうなのよ?」

「え?」

「この国の国民にとっても冒険者は必要じゃないのかそうじゃないのかってことよ」


 リタの言葉にラトゥと黒須が反応した。

 「ほう」と感心したようなラトゥに対し、黒須は「あっ」と何かに気づいたような顔をする。

 そんな黒須にリタは顔を近づけると質問をぶつけた。


「クロスさん。この九州にいる人は、皆元々この島に住んでいた人だけかしら?」

「い、いえ。半分以上が本州から来た人間です」

「そうよね。モンスターに追われてこの島まで逃げてきた……当然急いで元の場所から逃げてきたはずよね。下手をするとからだ1つで逃げてきたって人も多いんじゃないかしら?」

「そうですね……たぶん。というか、私もそうでした」

「最後にもう1つ質問。その本州に住んでいた人で生き残った人は、全員この島ともう1つの四国って島に移ったのかしら?」

「!?」


 黒須はその問いに即答することが出来なかった。

 大使館での会話を盗聴していた吉田は、黒須は日本を裏切ったのではと見ていたが黒須にはそんなつもりはさらさらない。

 今まで喋ったことは彼なりに問題がないと思った範疇での話だ。だが、今の質問は彼の中では許されるラインにかかりそうな質問である。


(どうしよう……)


 助けを求める様に視線を彷徨わせる。その行為自体が答えているようなものだと気づいていない。

 黒須の彷徨う視線が別の視線とかちあった。ラトゥだ。


(あ……)


 その目を見た瞬間、黒須は悟った。彼女は既に知っていると。

 考えてみれば、元々冒険者ギルドのクエストという形になるより先に、日本に冒険者ギルド設置の打診を行ったのがベルナス商会だ。ならば当然、日本の事情も色々と知っているはずである。

 なぜそれを今まで言わなかったのか。何か理由があるのか、単にこれを使える情報だとみなさなかったのか。そこは不明だが、ここで黒須が話さなければラトゥが代わって説明するだろう。

 その場合、黒須に対するラトゥの評価、そしてベルナス商会からの信頼は低下することになる。この先もベルナス商会で働き続ける気でいる黒須には看過できないことであった。


「本州には……九州四国に入りきれなかった人や事情があって入島出来ない人、他にも住んでいた場所から動こうとしなかった人たちがいます。モンスターや病気にやられた人も多いですが、各地にはそれなりの数が点在しているはずです」


 本州の人々とは電話・ネット回線など有線での連絡はできないが、無線による連絡は現在もつく。だが、そこに出向き今の日本の安全圏まで連れてくる力も余裕も日本にはなく、半ば見捨てられた状態にある。そして国民からも半ばタブー扱いされていた。

 国民から彼らの救出を求める声は大きくはあがっていない。国民も、未だモンスター侵攻と疫病大流行という二大事件のトラウマから立ち直っていないのだ。

 観念して話す黒須の言葉に、リタはにっこり笑みを浮かべるとフリオの方を向いた。


「つまりこういうことよ」

「……元居た場所に残してきた財産を取り戻したい奴。向こうに住む人間に会いたい、あるいは連絡を取りたい奴がいるんじゃないか、ってことか」

「そうよ。もし日本国が冒険者を必要としていなくても、国民の方は必要としているかもしれない。今回でダメでも、そこを確認して次の糸口にすればクエスト失敗とまではいかないんじゃないかしら?」

「……仮に、日本がモンスターの侵入を抑えているとしても、子爵の話だと反攻するだけの力はないはずだ。そうか……もしかすると」


 2人の話を黒須はドキドキしながら聞いていた。

 フリオとリタは気づいていないだろうが、国民側から要求の声を上げさせるのは民主主義体制では基本的な手段だ。転移後も民主主義を続けるこの国では、国民の間に冒険者ギルド設置を望む声が高まれば国もそれを無視することが難しくなる。

 フリオとリタは、図らずもこの国の急所を突こうとしているのだった。


「どっちにしろ、この件は交渉に使えるな」

「日本が本当は冒険者の力が必要だった場合ね。その場合は純粋に交渉の手札が増えることになるわ」

「そうだな」


 明るい顔でフリオはうなずいた。

 この大使館に来る前はルールの分からない勝負をしていることに内心で焦りを覚えていたのだが、今はようやくルールを理解し、勝利への道筋もうっすらとだが見えていた。

 実のところ、フリオは勝利条件を下げていた。

 この後どう動こうと、時間的に見ても冒険者ギルド設置の許可まで取り付けることがほぼ不可能である。ならば、交渉すると言質を取れれば良いと考えている。

 クエストの最低達成ラインは先ほどリタが言った次回への糸口を見つける辺りであろう。


「これなら、なんとか……なるかな」

「なんとかするのよ!」

「って!」


 フリオの言葉に、リタは笑ってその肩を突き飛ばした。

 痛む肩をさすりながらフリオはリタに、「なにするんだよ」と睨みつける。もちろん本気ではない。


(リタのおかげだよな)


 人間1人ではどうしても見落とすことが出てくる。今までの冒険でも、こうやってフリオの気づかないことをリタが指摘し、リタの見落とすことをフリオが発見しやってきたのだ。


(ああ、そっか。結局いつも通りでいいんだよな)


 昨日、ラトゥから言われた高レベルクエストを受ける冒険者としての心構え。なんてことはない、今までの延長でいいのだ。こうやって仲間で足りないところを支えあい、そしてそれも足りない部分を更に別の者の助けを借りる。

 今の件も、ラトゥと手回しとノルテ子爵の情報がなければ出てこなかったことだ。そしてこういう流れは、過去にこなしてきたクエストの流れと全く違うわけではない。本質は同じなのだ。


(応用編とはまさにその通りだな)


 そのことに気づくと、なんとなく気分が軽くなった。


「お楽しみのところ申し訳ありません。そろそろ田染様方も待ちくたびれている様子です」


 と、2人に対してラトゥが言った。

 その隣ではヴォルフがにやにやとしている。


「いいじゃないですか、少しくらい楽しんでも」

「うわぁ……そういう反応なんだ」


 揶揄を含んだラトゥの言葉にリタが軽く返すと、黒須がそう小さくつぶやいた。

 リタはフリオとの間を何か言われると常にこういう反応を返す。おかげでフリオは、リタが自分をどう思っているのか判断が付かないでいた。

 まったくその気がないのか、それともその気はあってテレないだけなのか。

 15歳からの5年間を共にし、それなりの関係を持ちながらもフリオがリタを「相棒」としか言えないのはこの辺りに原因があった。

 フリオが大使館の敷地の外を見れば、車の前横に4人の男が立っていた。その中の田染が、何度も腕首を見る仕草を繰り返している。

 どういう意味があるのかは分からないが、いささか苛立っているのは遠目にも分かった。


「じゃあ、田染さんたちと合流して本州行を話しましょうか」


 そう言ってフリオたちは大使館の外へと向かって歩き出した。


「……ルーマン君」

「え? なんですか、コルテス様」


 一同の最後尾を歩いていたフェルナンドが、テディをそっと呼ぶ。

 彼はフリオたちが今後のことを話している間も沈黙を保ったままその様子を見ていた。


「この後のことについてじゃ……」



「本州へ行きたい、ですか」

「はい。なんでも、今日本はそこでモンスターたちと戦っていると聞きました。俺たちも、日本を知るためにその現場を見る必要があると思ったので」


 田染たちと合流したフリオはさっそく本州行を願い出た。

 下手にごまかしをせずに理由を話す。そもそも、日本の意図はどうであれフリオたちは冒険者ギルド設置の交渉のために日本に来ており、日本もそれを了承しているのだ。交渉をしましょうといえばのらりくらりかわされるだろうが、そうでない形での申し出は断りにくい。


(やっぱりそうきたか)


 田染、そしてマイクの予想通りの展開である。

 フリオとラトゥの推測通り、日本側もこの展開になった場合は大人しく本州まで案内し、日本の軍事力を直に見せることで諦めさせるつもりであった。

 自衛隊の軍事力ならば、小型モンスターは圧倒できるし中型モンスターでも拠点防衛に徹すれば十分対処ができる。問題は大型モンスターだが、現在のところ西日本での出現は確認されていない。


「お連れすることはできます。しかし……フリオさんには他にも御用時がありますよね?」


 とはいえ、はいそうですかと要求を呑むわけにはいかない。

 出来るなら九州にとどめたまま時間切れとしたいところだ。


「……コルテスさんとテディの件ですね。ですが、それは」

「それぞれ相手があることですから。相手と時間を調整してそれぞれ向かうとなると本州まで行く時間は――」

「そのことじゃが」


 そんな時間はありません、と言おうとする田染をフェルナンドが遮った。


「わしとルーマン君の用は別行動で済ませたいのだが」

「コルテスさん……」

「お2人だけで? 無理です。通訳の問題があります。私とマイクが分かれて行動するわけにもいきません」


 もちろん、外務省にはフリオたちの話すロデ語を使える人間は他にもいるが正直話す気はない。

 この2人には一緒に行動してもらい、それぞれの場所にフリオたちを同行させ時間を稼ぎたいところである。


「それならば問題はないと思う」


 が、その想いはフェルナンドの言葉によって打ち砕かれる。


『日本語ならばわしも話すことができる。通訳は不要じゃ』

「なっ!?」


 突如日本語を話すフェルナンドに、田染や日本側のみならずテディを除くフリオ一行まで驚きをあらわにした。


「コ、コルテスさん。しゃべれたんですか、日本語?」

「いや、喋れるようになったのじゃよフリオ」

「あ! 知恵の神の神霊術か!」


 フリオたちの使う神霊術は、実はそうたいしたことはできない。小さな火を出すとか軽い電流を流すとか、あるいはヴォルフがやったように身体能力を多少上げるなど。冒険者が加護を得る目的は、神霊力を操れるようになることが主なので神霊術は補助的な役割しかない。

 だが神官は別である。神官は神を信仰し、神の在り方に近づこうと修行する存在である。例えば、フェルナンドは知識を求めることがそうである。その在り方が神に近いほど高位の神官となる。究極的には神と同一になるとされるが、歴史上そこまで至った神官はいない。

 そして神霊術とは根本は文字通り神霊の振るう力である。簡単な加護を得ただけでは微量なその術も、高位の神官となれば強力な術を使うことできる。


(確か神話で一度話を聞いただけでその言葉を喋ることができる神様ってのがあったけど、あれは知恵の神だったのか。てっきり言葉の神だと思っていたのに)

(転移後の交渉の際にそういう神官が間に立ったことがあるが、あれは言葉の神の神官だったはずだぞ。まさか別の神官も同じような術が使えたなんて)

「わしの信仰する神は、1度聞くだけで新しい言葉を理解される。ワシ程度の神霊術では2、3日聞く必要があるのだがな」


 フリオたち一行が驚いたのも無理はない。そもそも、ラグーザ大陸では広くロデ語が使われている。フェルナンドのこの術が使われる機会はめったにないため、知らぬ者が多いのだ。


『わしがこのように問題なく日本語を話せるのならば、通訳は必要あるまい? それとも何かな、別に問題でもあるかのう?』

「いや…それは」


 わざとらしく日本語を操りそう尋ねるフェルナンドに対して、田染は言葉を窮しマイクと顔を向き合わせる。

 しかしマイクの方もこれといって何か手は浮かばない。

 残念そうに首を振ると、田染もようやく諦めた。


「分かりました……お2人の別行動を認めます」

「それはすまんのう」

「ただし、案内役の手配や本州側へ渡る準備もありますので今日は無理です。よろしいですね!」


 そう強い口調で言い放つ田染。

 時間が惜しいフリオであるが、本州行は認められたのだからここは譲歩することにした。ここで下手に食い下がって事態が悪化するのもよくないからだ。


「では、今日のところはホテルに戻りましょう。その後私たちは明日の準備をしますので」


 そう憮然と言って、田染は一行を車へと誘った。

 促されてフェルナンドとテディが車に乗り込むとき、フリオを見て片目をパチリと閉じウインクしてみせた。


(取りあえずわしらができることはこの程度じゃな)

(こちらの大学で情報収集はしますけどね)


 ホテルで協力するといった2人だったが、実のところそうできることはなかった。それでも、何かできることはと考えた結果がこれである。

 その気持ちが理解できたフリオは、2人に笑顔を返すことで返事の代わりとした。

 フリオも自分の車に乗り込もうともう1台の方へ足を向けたところで、気づいた。


「どうした、ラトゥ?」

「……」


 せっかく話が望む方向に進んでいるというのに、ラトゥが難しい顔をしているのだ。

 フリオの呼びかけにも答えず、ラトゥは何か考え込んでいる。


「フリオさん乗ってくださーい」

「あ。今乗ります。行くよラトゥ」


 更にラトゥに声をかけようとしたところで、マイクに呼ばれたため仕方なくそう言って車へと駆け出す。


「……なるようになりますか、ね」


 そう呟きラトゥも車へと歩き出した。


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