第11話 熱烈歓迎冒険者様
冒険者にとっての花形クエストといえばやはりモンスター討伐であろう。己の肉体と知恵と勇気で強大なモンスターに立ち向かいこれを打倒す――などという華々しい冒険譚はめったにないが、それでもモンスターを討伐すれば目立つし人には感謝されるし実入りも良い。なにより需要が尽きないという点も魅力だ。
モンスターはたいていが多産だ。そのため人に害を及ぼすことも多い。むろん、国や領主も軍を率いこれを討伐したり、警備兵を配置し人里を護ったりなどはしている。
だが、無限の兵力がない以上、手の届かないところというのは必ず出てくる。そこで重宝されるのが冒険者なのだ。
モンスターと渡り合える力を持ち、依頼さえ通れば辺鄙な村だろうがゴブリン1匹の退治だろうがやってきてくれる。重要度の低い場所や緊急度の低い案件であれば、何度訴えてもなかなかやってこない国や領主の軍と違い、事モンスター相手は冒険者だというのがこの世界での一般民衆の常識なのだ。
国や領主も、規模の小さい案件などは冒険者ギルドに依頼するなど、冒険者というものを活用している。
その他のクエストも同じだ。形は違えど、国や領主などが動けない、あるいは動かない案件はたいてい冒険者ギルドに回ってくる。
支配者たちが大きな力を持つが故に行き届かない隙間を埋める形で、冒険者ギルドは、そして冒険者たちはそこに生きる場を見つけ社会を構成してきたのだった。
「どうしてなんです!」
フリオの叫びは理解できないが故の苛立ちから発せられたものであった。
一時は国が危うくなるだけのモンスター禍に遭いながらも、それを拒む日本という国が理解できなかった。
あるいは無意識の内に気づいていたのかもしれない。日本のその在り方は、自分たち冒険者の存在そのものを否定しているのだということに。
「……」
同じく冒険者であり、フリオの相棒であるリタも、声こそ挙げていないが納得できないという顔をしている。
一方、同じ冒険者だがヴォルフは2人ほどの反応を見せてはいない。この日本に来て以来ずっとそうであるが、人生経験・冒険者経験の差というべきだろうか、常に何か違う見方で物事を見ていた。
とはいえ、その顔は決して愉快そうな顔色ではない。もしかすると、フリオが無意識的に気づいたかもしれないことを、意識的に理解しているのだろうか。
そんな3人の冒険者の様子を見ながら、ノルテ子爵はさてどうしたものかと思案した。
なぜ冒険者を拒むのか。本当のところ、彼は日本が冒険者ギルドの設置を拒んでいることをハッキリ承知しており、その理由についても知っているのだ。
理由は大きく2つあるのだが、それを伝えるのが良いのかどうか考えていた。
改めて、フリオの顔を見る。短い茶髪に黒い瞳、20と言う割には幼い顔立ちを除けばどこにでもいそうな若者だ。だが、その黒い瞳には意志の強さが見て取れ、今は内からあふれる激情を隠そうともせず発している。きっと、本質的には真っ直ぐなのだろう。
(なるほど、ベルナス殿が商人にはしなかったはずだ。向いておらん)
既知であるフリオの父を思い出しつつ、そう胸中で独りごちる。
続いて、その隣に座る女性に目を向ける。年相応の顔つきをした短い栗毛色の髪をした女性。フリオの相棒だというリタは、同い年ながら並ぶと歳の近い姉妹弟のようである。
行動にもそれが現れており、激昂するフリオに対してみると落ち着いているように見える。
もっとも、ノルテ子爵から見れば内実はそう大差ないと、本質が見透けていた。冒険者生活の中でなんとなく出来た役割程度の差でしかないのだろう。
最後に、ヴォルフへと視線を向けた。獣人の血が入っているだけあり、人並み外れた体躯を持っており、40を超えたというのに纏う雰囲気に肉体の衰えは感じられない。
フリオと子爵の話に少々面白くなさそうな感があるが、それでどうこうするといった様子もなく、激昂するフリオに時々目を配りつつ杯を開け続けている。
他にもフリオの同行者がいたが、冒険者はこの3人。最後はこの3人がカギを握る。子爵はそう考えていた。
(丸い玉も、突かねば転がらぬか)
どう転がるかは突き方次第。とはいえ、今回の件の手配をしたベルナス商会の人間が同行している以上、変な方向には転がらないだろう。そう結論づけたノルテ子爵は口を開いた。
「理由は2つある」
「……」
子爵の言葉1つ聞き漏らすまいと、ジッとフリオは子爵顔を見据える。
「1つは、自らの治める場所に余計な武力を持ち込みたくないということだな」
「どういうことですか?」
「つまり、手綱の握れぬ力など統治の邪魔だということだ」
「……冒険者が日本に剣を向けると思われている?」
「単純に言ってしまえばそうなるのう」
「バカな」
思わずフリオは失笑してしまう。
「冒険者が何で国に立てつかなければいけないんですか? そりゃ、個人的な恨みで貴族や領主に刃向った奴なんかはいるでしょうけど」
「傭兵として国と戦うこともあるではないか」
「それは、依頼があれば反対側にだってつくでしょう。偶々ある国に付きある国と戦っているだけです」
「そこだ。そういう不確定な力など、統治者として言わせてもらえば邪魔でしかない」
「……しかし、あなた方だって冒険者は利用しているじゃないですか」
ノルテ子爵の身も蓋もない言葉に、フリオはムッとしてそう言い返す。
「そうだな。そこにある以上は使うのはやぶさかではない。何より、我々にとって冒険者というものは当たり前に存在し、社会に欠かすことができないものだからな。だが、この国は違う。ここには元から冒険者などおらぬのだよ」
「ん~……」
決して難しい話ではないのだが、冒険者というものが当たり前に社会に存在するという環境に居る身には、そうでない社会をそしてその者達の考えを想像するのが難しいのかもしれない。
いまいち納得できず唸るフリオだが、彼が決して頭が悪いわけではない。常識というものはかくも人の思考を縛り付けるものなのだ。
ノルテ子爵とて、この国に来て数年。この国を知り色々と考えてきたからこそ、今こうしてこんなことが言えるのだ。
「まあ、今のところ日本はモンスターの生活圏への侵入を防いでいる。冒険者の力を必要としていないと理解しておればいい」
「……では、2つ目は何なのですか?」
「お前たちを危険な目に遭わせたくないのだよ」
子爵の言葉に、今度は失笑するどころか言葉を失いぽかんと間抜けた顔をさらしてしまう。
冒険者なんて稼業は危険な目にあってなんぼである。それを危険な目に遭わせたくないとは。
「ずいぶんお優しいことですな」
ヴォルフが苦笑と共に皮肉げに口を開いた。
「確かに、この国の者はお人よしが多いのう。奴ら、半ば放棄しているとはいえ自らの土地でよそ者が危険な目に遭うことを随分気にしておるようだ。国賓でもあるまいに」
この日本という国が異世界から来た国なのだとフリオは改めて実感する。
どうにも自分たちとは違う点が目についてしかたない。
「とはいえ、裏がない訳でもない」
と、その言葉に少し安堵する。何か事情がある方が単なる善意だからという理由よりよっぽどすっきりする。
「先にも言ったが、この国は常に交易を求めておる。そのためには、たとえそれが冒険者であれ異国の者に悪印象を持って欲しくないのだ」
ただでさえ理解が及ばない国であるのに、下手な悪評まで広まっては交易に二の足を踏む者も出てくるだろう。もちろん、危険を顧みずという輩も出てくるだろうが、広い交易を求める日本にとってそれでは困るのだ。
「ですが、変じゃありませんか?」
そう言ったのはテディだった。
「そこまで冒険者が来て困るのなら最初から門前払いすればいいのでは? こんな手の込んだ真似をするくらいなら、多少悪印象を持たれても拒んだ方が良いと思いますがね」
「日本は……冒険者ギルドの設置は認めたくないが、冒険者には来てほしいのだよ」
「???」
「この国はかつて、庶民ですら気軽に旅行をしていた。その為の場所や施設も国内各地にあり、1つの大きな産業になっておったのだ」
「まさか……」
子爵の説明に、一同ピンときた。
「そう。いまや衰退にあるその産業を支えるために、国外から人を呼びたいのだ。しかし、旅行など庶民にはそうそう無理だ。だが、世界を自由に渡り歩く者たちがここにはいる」
「つまり、冒険者を客として呼び込みたい、と」
「そうだな。まあ、冒険者の骨休みの場所として売り込みたいのだろう」
ふと、フリオは気づいた。
もしかすると、日本に来て以来あちこち連れまわされたのは、どういう場所を自分たち冒険者が好むのか反応を見るという側面もあったのではないだろうかと。
モンスターがいないと安全性をアピールしたことも、ここを冒険者の骨休みの地として売り込みたいのならその一環だといえる。
(なんて回りくどい上に手の込んだことをするんだよ……)
にこにことフリオたちを案内していた田染の笑顔が、急に不気味なものに思えてきた。
「さて、私が教えることが出来る話は以上だ」
子爵は車座になって座る一同を見回しそう言った。
「最初に言った通り、これ以上何か手助けすることは出来ない。それは分かっておろうな?」
「はい。重々理解しています」
「今回お骨折りいただきましたことについては、いずれ当主の方から――」
「みなまで言わずとも良い」
そうラトゥの言葉を遮り、更に話を続ける。
「まあもし、交渉の糸口をつかむことが出来れば、そこからは手助けくらいはしてやろう。冒険者ギルドがこの国にできれば、我々にも利のあることだからな」
「閣下からの重ねてのご厚情、感謝します」
利があるからだと言っているにも関わらず、真っ直ぐに見据え礼を述べる童顔の青年に、子爵はなんとも言えない感慨が起こり、もう一言アドバイスしてやろうという気になった。
(これが、こやつの人徳かな)
「最後に、1つ助言だ。先ほども言ったが、この国は冒険者に関しては複雑な考えがある。故に、交渉に関してでなければ多少の無理難題は聞いてくれる、いや聞かざるを得ないだろう」
「……」
つまり、それを利用しきっかけを探せと言うことだ。
その子爵が口にしなかった言葉を、フリオはしっかり受け止めた。
「さて、どうなるか楽しみにしておるぞ」
『さて、どうなりますかね……』
大使館近くのマンションの1室。
4人の男はマイクから聞こえる子爵の言葉にそれぞれ考え込んでいた。
大使館の壁に仕掛けられた盗聴器は、子爵とフリオ一行の会話をしっかりとこの場に届けてくれており、すべては筒抜けになっていた。
『大使の助言を無視するほど愚かではないでしょう。こちらの思惑が分かったとはいえ、いや分かったからこそ逆に直接的に交渉を要求することはできなくなったはずです』
マイクの言葉に真っ先に答えたのは田染だった。
フリオたちの前で見せる笑顔は今ない。
『なら、お得意の前向きな発言で期待だけもたせて時間を稼いでそのままお帰り願いますか?』
『マイク……』
『冗談ですよ』
思わせぶりな返答で相手に期待だけ抱かせるのは、日本の交渉時にまま見られる光景だ。マイクも転移前はそれで散々振り回された経験があり、今でもこうしてそれをネタにすることがある。
『まあ、目論見がバレることも予定の範囲内です。後はあちらとの駆け引き次第ですね』
『向こうは必ず行かなければいけない場所が2か所ある。コルテス氏とルーマン氏の要件がそれだ。それぞれ、分けて行けばそれだけで残り期間は終わる』
『それよりも、問題は黒須だ』
外務省職員2人の会話に割り込んだのは、公安の吉田であった。
『彼がなにか?』
『先ほどの奴の発言。黒須はこちらの協力する気はないとみなして間違いないだろう』
『……はっ、まさか!?』
『脅した以上はそれが実行されなければ意味がないだろう』
『下策ですね』
黒須の家族を……そう考える吉田を止めたのは、もう1人の公安である李であった。
『なに?』
『下策だと言ったのですよ。人質というのは状況が整ってこそ効果があるのです。人質を取ったぞと脅した時、相手がいう事を聞かなければ本当に人質が危ないと思うだけの背景があってこそ効果がある。あいにく日本ではその下地がありませんからね。元々効果は期待薄だったのですよ』
『だったらなぜ脅した』
『だから釘を刺しただけですよ。とにかく、ここで黒須の家族に手を出せば日本に恨みを持つ人物が出来上がるだけですよ?』
理解していますか、と言いたげな李に吉田は憮然とする。そもそも人質を言い出したのは李だったではないのかと言いたいのだろう。
だが、吉田の口から出たのは別の言葉だった。
『さすが、元人質使いのエキスパートだな』
李は元々、日本に住む中国人を工作員に仕立てる仕事をしていた。
その手段というのが、日本に来ている中国人の中国に居る家族を人質に取るという方法なのである。
家族を人質にされた中国人は、祖国ならば本当に人質に危害を加えかねないと思い李の言葉に従い日本での工作活動に協力するのだ。
優秀なスパイであった李だが、転移で状況が一変する。本国と切り離されたことで、人質を盾に使っていた者たちから逆に狙われる羽目になったのだ。
身の危険を感じた李が頼ったのが、日本の公安であった。自らの持つ技術と情報とを引き換えに身の安全の確保を引き出したのである。
以来10年間、李は公安で忠実に働いてはいるが、そう言った経緯から嫌っている者や警戒している者も多い。
『お褒めの言葉と受け取っておきますよ。ともあれ、黒須さんもまだ明確に裏切ったわけじゃありません。このままで良いかと』
吉田の皮肉を受け流し李は言った。
大丈夫なのかこの2人で、と不安を抱きながら田染とマイクは顔を合わせる。
不安は尽きないがそれなりに重要な案件に駆り出された2人なのだ。大丈夫だろうと目で語る田染に、そう願いますかねと肩をすくめるマイク。
『それで、マイク。彼らがどう出るか予想はあるか? 俺は1つあるんだが』
『そうですね……おそらくですが、私も1つ』
と、2人の視線が交差する。
ウンと頷きあい、
『本州に連れて行け』
『本州に連れて行って』




