第119話 恐怖の乗り越え方
女がこの様な提案をしてきたのには無論理由がある。マイラたちがそうであるように、女にもマイラたちに対して決め手がないのだ。
今は国王を人質にして一見優位にある女だが、さすがに自分たちの命がかかればマイラたちも黙って殺されはしないだろう。そして普通に戦闘となった時、女には確実にマイラに勝てる自信がなかった。
(奥の手はあるけど……それでも微妙かな)
そもそも国王の人質効果も当てにはできない。
マイラたちが国王が自殺を図る前に止めようと判断して襲い掛かってくるかもしれないからだ。
女としてはそういう判断をされる前に別の道を示してみたのだ。
彼女が主より命じられている足止めも、もう間もなくその役目が終わる。
ここでいったんマイラたちが引けば、再びアルタムーラ宰相を操りあとはのらりくらりと時間を稼げばいい。
それに今話したところ、マイラは何か彼女の主について具体的なことを知っている訳ではないようでもあった。
何かを感じて日本へ向かっているのだろうが、何が起こっているのか分からない以上そこまで切迫していないだろう。ならば後日日本への渡航を認めることを条件にここを引かせることもできる。そう判断していた。
女は色々考えている様で自分の都合しか考えていない。こんな取引が成立するはずがない。それに気づかないでいた。
女の正体をマイラは人を寄せ集めたもの――創られた大いなる力の主の眷属だと見抜いたが、材料が人間であったとはいえやはり今は違う存在になっていたのだろう。人間の様な言動をしながらもどこかズレてしまっていたのだ。
「どうですか。少しだけ待っていただけるなら、あなた達に真っ先に渡航許可を出してもいいですよ」
『バカバカしい。そんな提案飲めるものか!』
案の定、マイラは女の提案をそう斬り捨てた。
マイラにしてみれば、足止めされてると知った以上この提案に乗る選択肢はない。
マイラの意志に融合する巨神の本体が日本に感じた事。それを確認するための日本行きであったが、その行く手を邪魔するようなこの行為だ。なおの事急がねばという思いこそあれ、足止めに乗る気などさらさらなかった。
「うーん、困りましたね。これじゃお互い手がないじゃないですか」
マイラたちが強硬手段に思い至らないよう、女がわざとらしくそんなことを言う。状況は千日手。平行線なのだと。
実のところ、マイラたちもその方法は考えついているのだがそれを実行する決断には至っていないだけだ。
「いいから、大人しく国王を解放しな。後がないのはあんたの方だぞ」
「銃を構えながら脅さないでくださーい! どうしようもないのはそっちもです。アルタムーラさんが来たら引けって言われちゃいますよ」
「どうかな? 思い切ってやれ――って可能性もあるぞ」
「いやぁ、あの方なら……いや、どうだろ。うん、いや大丈夫なはず」
何か糸口をと吉田は話しかけつつ、何か状況の変化は起きないかと望む。
国王の命を賭ける行動は最後の手だ。もしここで国王が死んだ場合、この国は混乱し日本渡航禁止の解除どころではなくなるだろう。それどころか、国王の死の責任を押し付けられかねない。
ジリジリと互いに焦りの時間が続いた。
「陛下―!」
それを打ち破ったのは謁見の間の扉を開けて入ってきた一人の老人であった。
「陛下! ご無事ですか!」
「どちらさん?」
マイラたちはもちろんだが、玉座の隣に立つ女も首をかしげる。
「ノルテ……おお、ノルテよ!」
唯一、その老人に反応を示したのだ、それまで女とマイラたちのやり取りをぼうっと眺めていた国王であった。
「ノルテ? そうか、トラン王国駐日大使のノルテ子爵ですか」
ノルテの名を聞き、李はその人物が誰であるか見当をつける。
李の言う通り、トラン王国から日本へと派遣されている大使であり、国王の腹心でもある人物だ。
「おお陛下! 此度の渡航禁止令を聞き急いで帰国してみれば――これは一体なんなのですじゃ!?」
対峙するマイラたちと女を気にも留めず、ノルテ子爵は部屋を進み玉座に近づいていく。
その後ろ、彼の入ってきた扉の向こうには兵士を引き連れたアルタムーラの姿もあった。
どうやら城の兵士の説得に成功したアルタムーラが、ノルテ子爵をここまで案内したようだ。
だが玉座の横に立つ軍師を名乗っていた女の姿に気づくと、まだ事態は終わっていないことに気づき忌々しそうににらみながらその場で足を止めていた。
「陛下、なぜこの様なことを――」
一方、ノルテ子爵は何も気にせず、ただ国王だけを見てそう問いかけた。
「ノエル子爵……余は……私は」
「あ、ちょっ! 陛下!?」
女の静止も振り切り、国王は玉座から立ち上がるとふらふらとノルテ子爵の下に歩を進める。
カラン――国王の手にした短刀が硬い音と立て床に落ちた。
国王はノルテ子爵のそばまで寄るとその肩に震える手をかける。
「以前、あなたは言った。恐れは乗り越えねばならんと。我々が恐怖するように、日本もこの世界に恐怖している。だが日本は乗り越えたと」
「確かにそう言いましたな」
「私は! 負けたのです! 日本に負けてよいのかと貴方は言ったが、私は負けてしまった! 私は恐怖に勝てなかったのだ……10年前のあの海戦で見た異世界の力が、あの時感じた恐れが今も蘇る……」
「あれは、アメリカという国の海軍で日本とは――」
「同じです! どちらも異世界の力だ! それに、日本にも同じ力がある! それが私には堪らなく怖いのだ!」
怖いと言いながら、もう40になる男が、国王という立場にある男が泣いていた。
「それに、貴方は怖くないのか! 或いは憎くないのか!? カミーロはやつらに殺されたんだぞ!」
「……倅のことは戦の習いですじゃ」
「私は、カミーロの敵を憎むこともできなかった……恐怖でだ。それがどうしようもなく情けない……うぅぅっ……だから、私は日本との関係を断つため」
女軍師の言に乗ったのだ。
「その為に、まずは冒険者の渡航を禁じたいと――いきなり日本との関係を絶たなかったのは報復が怖かったからですな」
「うっ、うあああああ! 情けない! 情けない!」
恥も外聞もなく泣き出す国王ガルシア。
そのトラウマを刺激した張本人である女軍師も、家臣であるアルタムーラや兵士も、部外者であるマイラたちも、どうしていいか分からずただ茫然とその光景を見つめていた。
「陛下――ガルシア坊」
ノルテ子爵がそう声をかける。
以前、私室でそう呼びかけた時とは違う。衆人の目がある場所でのこの声掛けは無礼にあたる行為だろう。
しかし構わず優しい声でそう呼びかける。
「わしは1つ嘘をつきました」
「うそ?」
「はい。実は――日本、異世界への恐怖を乗り越えたと申しましたが、わしは未だに恐怖しております」
「……」
本当か、国王が目で問いかける。
その目をしっかりと見ながら、ノルテ子爵はうなずいた。
「はい。あの国で暮らせば暮らす程、そして知れば知るほどあの国の怖さが分かっていきます。陛下には乗り越えたなどと偉そうに言っておきながらこのザマですじゃ」
「……」
「ですが、わしは諦める気はありませんぞ。必ずやこの恐怖を克服し乗り越えて見せますぞ。ですから――陛下も諦めてはいけません」
「だが……私は、負けた」
「負けてなどおりませぬ! 諦めぬ限り何度でも挑めばよろしい! 乗り越えましょう、共にこの恐怖を!」
「ノルテ爺……」
齢を感じさせぬ強い力を込めノルテ子爵は国王の方を掴み揺すった。
「ガルシア坊!」
強い意志の籠った眼に見つめられ、
「……うん」
国王ガルシアは小さく、しかし確実に頷いて見せた。
「陛下!」
『さて、潮目が変わった様だな』
狼狽える女の後ろに、いつの間にかマイラが近寄っていた。
「くっ!」
『あれならば今更自殺なぞしまい。おっと、今更精神操作など無理だぞ、我がここに居る以上はな!』
ここからは多くを語る必要はない。
国王の死という盾を失った女は実力でマイラの相手をするしかなく、そして女の力はマイラに及ぶものではないことを彼女自身が一番わかっていた事だった。
「……」
避けられぬ運命を前に、女は恐怖に震えた。
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毎回大変お待たせしております。
次回で大陸側の話しは終わらせたいと思っております。




