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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第4章 冒険者と日本
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第118話 正体見たり

「これはこれは、さっきぶりで。よくお越しくださいました!」

『まさかこんな所におるとはのう』


 待ち構えていた女は、4人がその部屋にやってくると大仰に礼を取り出迎えて見せた。

 マイラの言葉通り、女が待ち構えていたのは意外な場所であった。だがある意味妥当ともいえる場所でもあった。


「ちっ!」


 先ほどマイラに言われた通り女を見つけ次第撃つつもりでいた吉田だが銃を構えつつも引き金を引くことができなかった。女の横に人影があったからだ。

 この場所は城の中枢ともいえる最重要な部屋、謁見の間。その奥に据え付けられ、そばに女が立つ玉座に座る人物。


「国王ガルシア・シンパン・トルタハーダか」


 銃の訓練は十分に受けている吉田だが、この距離と相手2人の近さを考えるとここで女を撃った場合に万が一がある。

 そのため吉田、そして李も銃口は向けたまま動くことが出来なかった。


『人質か?』

「ええ、その通りですよ」

『ふん、見え透いたハッタリだな』


 女の言葉をマイラは鼻で笑い飛ばす。


『何をしようとしていたのか知らんが、お前はこの国で何事かを企んでいる。今国王が死ねば国は混乱しお前の目的どころではあるまい。そもそも、国王を殺せばお前は終わりだ。さすがに、そんな記憶を全員から消して今まで通りにふるまうなど無理だからな』


本来のマイラと巨神の意志が入り混じった今のマイラは、人と大いなる力の主――伝説級のモンスター双方の知識と常識を併せ持っている状態だ。目の前の女が何を考え、そして何が可能かを見抜くなど造作もなかった。


「そうですね。そんな力があれば最初からこんな回りくどい取り入り方をする必要もありませんし」


 マイラの指摘をあっさり認める。その女の態度に吉田は嫌な予感を覚えた。


(何かあるぞこりゃ……)


 女は玉座に座りぼうっと虚ろな目をした国王の頬に手を当て優しく話しかける。


「陛下……陛下」

「……お、おおう」


 虚ろだった国王の目に光が戻る。

 しばらく視線が空をさまよったがやがて、マイラたち4人の姿を見つけ、


「ぐ、軍師よ! 我が軍師よ!! 奴らが! こ、怖い、助けて――」

「大丈夫ですよ陛下。私がお守りいたします」

「おお……奴らが……嫌だ、怖い……」


『貴様、その男に何をした』


 急に怯えだす国王とそれをなだめる女。

 その姿を見てマイラが問いかけると、女は笑みを浮かべて答える。


「陛下は恐れていました。10年前、タンゲラン沖海戦で見た異世界の力を。そしてその異世界からやってきた日本という国を。強大な連合王国の戦力が消し飛び、陛下自身も親友を失い、自らの命も失いかけ――トラウマになっても不思議ではないでしょう?」(『閑話 タンゲラン沖海戦』参照)

「国王がここまで日本を恐れているなんて話は聞いたことがないがね」


 そう言ったのは吉田だった。

 吉田の言う通りそんな情報は日本には入ってきていない。ここまでひどいトラウマを国王が抱えていれば何かしらの情報が日本に入ってきていておかしくないはずだった。


「それが、ここ数日で特に酷くなったんですよ。なんででしょうねー」

『ぬけぬけと。お主、こやつの心を操りおったな。だが、それがどうしたというのだ』

「それは――ねえ陛下。私が陛下をお守りします。ですが、私が死んじゃったら……」


「死ぬ! 余はもはや生きてはおられぬ!」


「ちっ、そういうことかよ」

「厄介ですね」


 勘づいた吉田と李に女は再びにっこりと笑う。


「そうです。私は陛下を殺せません。ですが、私が死ねば陛下は死にます。今手にされてる短刀なんかでグサリといっちゃうんじゃないですかね」


 トラウマを弄られ女軍師に依存させられそれが崩れた時死を選ぶほどに、今の国王の精神は疲弊しきっていたのだ。

 厄介だとマイラは思う。

 これが、女が死ねばお前も死ねという類の術による精神操作であれば術を解けば良い話しだ。だが、あくまでこれは精神的に追い詰められそういう行動をとらされているのだ。追い詰められた精神は時間をかけて癒すしかない。しかし女が死ねばすぐにでも国王は後を追ってしまう。


『面倒な手を使いおって』

「こうでもしないとあっさり殺されそうですから」


 正面から戦えばマイラに勝てないことをあっさり認める。


『……やはりお主、妙な存在だのう。そういう飄々とした態度も眷属らしくない。こんな搦め手もそうだ。お主、なんとも人間臭い!』

「何をおっしゃっているのですか? 私は人間ですよ」

『ほう、人間だと?』

「ええ。主の命を受けここに居る、ただの人間です」

『そういう存在を眷属というのだろうが』


 女の正体を探ろうとするマイラだが、女はのらりくらりと正体を見せない。或いは素でそう返しているのかもしれない。

 ともあれ、直接倒すことが出来なくなった以上攻め手を変えるしかない。

 その為に何かきっかけはないか――マイラがそう考えていると、


「木村!」


 マイラ、吉田、李の後ろにいたアランが声を上げた。


「木村―! 俺だよ、黒須だ! 木村!!」


 アランは必死に呼びかける。

 宰相の屋敷よりも近い距離で姿を見て、何度も声を聞き目の前の女が10年前に死んだと思っていた後輩であると確信を込めて。

 何度も、何度も呼びかけ。そして――


「うるさいですよ黒須先輩。今大事な所なんですから大人しくしててください」


 ようやく返って来たその言葉に、目の前の女が後輩でないという事実を突き付けられる。


 この女が、自分の知る後輩であれば。自分に気づいていたのであれば。決してこんな態度は取らない――その確信があった。もっと別の何かがあったはずだと。


「……」

『ふむ』


 うなだれるアラン。

 一方マイラの方は、今の反応を見て何か察したようだ。


『なるほど。記憶は持っているがそれだけようじゃな――やはりお主、人間ではないわ』

「はぁ? だからぁ、さっきから言ってるでしょう。私は」

『お主の神霊力、色々と混ざっておるわ! 何人の人間を混ざ合わせた』

「どういうことです?」

『簡単な話しだ李よ。こやつはどこかの大いなる力の主が創り出した眷属。おそらく何人もの人間の神霊力を混ぜ合わせてな。それを適当な器に入れたのがこやつだ』

「……それじゃ、木村は」

『たまたま器に選ばれたんじゃろう――その時点で生きていたか死んでいたかは知らんが。膨大な神霊力があれば死体でも動かせる。記憶も、神霊力には意志が焼き付くことがあるからのう』

「そんな……」

『だがこれでハッキリした。こやつがアランの知人の体だということで間違いなければ、こやつを生み出した主は日本にいる。日本にいる何者かがわざわざ大陸まで手を伸ばしていたのだ』


 そう言ってマイラは再び女を睨みつけ、


『ありえぬ』


 そう言い切った。


『大いなる力の主がこれだけ人に関わることも、自らの領域外に手を伸ばすことなどありえぬ! お主の様な眷属を創り出すことも、可能ではあっても行いはせぬ。一体、お主の主は何者だ!? 何を企んでおる!?』

「あなたも人に関わっているじゃないですか?」

『これは契約の内だ! 話しをそらすな!』

「……主は自分の安全を確保したいだけですよ」


 意外にも、女はあっさりとマイラの問いに答えた。


『安全だと?』

「ええ。主は自らの安全圏を確保したいだけです。私がこうして大陸までやってきたのも全てその意向によるものですよ」

『それが何故、この国での暗躍につながる?』

「それはあなたのためですよ」


 女はそう言ってマイラを指さす。


『なに!?』

「正確には、あなたの様な存在現れた時にここで足止めするためです」


 日本から大陸に渡り、王宮の人々の精神を操り国に浸食する――その行為の目的はただの足止めのため。女はそう言った。


「んな馬鹿な話しが」


 あるわけない。吉田は唖然としながらも思わずそう言った。

 余りに非効率的は話だ。来るかどうかも分からない相手に、それもただ足止めするためだけに国の中枢を操る。操られていた宰相アルタムーラがこのことを知れば憤激することは間違いないだろう。それがまっとうな人間の感性だ。

 だが、マイラは、今のマイラは違った。


『尺度の違いだ。私たちと我らの感覚が違うのは時間の捉え方だけではない。あらゆる物事の捉え方がそうだ』


 巨神を身に降ろし、人間と大いなる力の主――伝説級のモンスター両者の意志が混じる今のマイラだからこそ分かる。


『こやつの主としては無駄でも大げさでもない一手なのだろう。もっとも、我から見るとやはりあり得ぬと思うがな』



「まぁ、主の話しはここまでにしておいて――提案です。どうでしょう、今日のところは皆さんお引き取り願えないでしょうか?」


 マイラの話しを打ち切った女は、突然そんな提案をしてきた。


感想、評価、ブックマーク登録、いいね!いつもありがとうございます。


遅くならない様にするつもりでしたが気付けば1ヶ月経っていました。

更新は途切れないようにしていきますので、引き続き次をお待ちください。

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