第114話 小細工
「旦那様、ご指示された手続き、済ませてまいりました」
マイラたちがベルナス商会を訪れた日の夜。商会長室で各地からの報告書に目を通していたロレンソの下へ、商会従業員の中でも古株であるトニオが訪れていた。
商会の長であるロレンソの信任厚く、実質的に現場を取り仕切っている人物だ。
「ご苦労」
ロレンソは一言労いの言葉を言った。
そのまま手にした書類に目を通していたロレンソであったが、トニオが去る気配がないことに気づき視線を向ける。
「どうしたのかね?」
「この件。本当によろしかったのですか?」
主の言葉を待っていたのだろう。トニオはすぐに返事を返す。
この件とは勿論、今トニオが報告した事案――マイラという大陸西部にあるイカライネン商会出の冒険者と、この国の宰相アルタムーラを引き合わせることである。
マイラからアルタムーラに会う方法はないかと尋ねられたロレンソは、彼女をアルタムーラに会わせるため手を貸すことを約束していた。
「……問題だと思うかね」
「問題があると言えるかは微妙なところです。しかし、わざわざ労を取るほどの事かと言われればそうではないかと」
一国の宰相と冒険者を引き合わせる。まず普通にはありえないことだ。
ただ、マイラには元々アルタムーラに伝手がある。ならばそれを活かす為の仲介程度問題はないだろう。
しかし、今は状況が悪い。アルタムーラは国王ガルシアの命により謹慎中の身なのだ。正面から来客を迎えるのは難しい。そこで、今回2人を引き合わせるにあたってベルナス商会は少々小細工をすることにした。
トニオの言う労とはこの小細工の事である。
「そう難しいことではないだろう?」
「はい。しかし、小細工を弄すると露見した時に傍から見ると怪しいと疑われます」
「では、どうすればいいと思う」
「アルタムーラ様の謹慎が解かれるのを待つのが良いでしょう」
「だが、それでは何時になるか分からん。あのお嬢さんには時間が無い様だったぞ」
「それで構わないではありませぬか」
トニオはマイラの申し出をバッサリ切り捨てるべきだったと言う。
「いくらイカライネン商会のご令嬢とはいえ、ここまで肩入れする必要はないかと」
「……だが、トラン王国の出した渡航禁止令は我々としても見過ごすことはできん。今は直接的な影響はないが、今後の日本との関係に影響があるだろう。彼女の動きがこの件を解決するきっかけになるかもしれん」
「それについては、いささか考えすぎかと思いますが」
「かもしれんが、手は早めに打つべきだろう……もしかすると、この命令があらぬ方向へ拡大して、今後日本とこちらとの冒険者の行き来に支障がでるかもしれん」
「――なるほど」
ロレンソの言葉にトニオはようやく合点がいった。
つまり、ロレンソが本当に気にかけているのは、
「日本にいるフリオ様の事が心配なのでしたか」
「……」
現在このロレンソ・タンゲラン・ベルナスの弟であるフリオ・マラン・ベルナスは、恋人のリタ・サンピト・メラスと共に日本にいる。
今回王国が出した命令が、今後拡大され冒険者が日本から戻ることも困難になる可能性は確かにある。ロレンソが年の離れた弟を可愛がっていることは、先代の頃から商会に仕えるトニオは重々承知しているだけに、主が少々過剰ともいえる行動に出た事にも納得がいった。
「私情で動いてはいけないかね?」
「――いいえ。旦那様の意のままに」
ロレンソの問いにトニオはただ首を横に振った。
この商会の主はロベルトでありその意志は絶対だ。商会の利益第一に考えて欲しいという気持ちもあるが、今回の件が利益に適っていないかと言えばそうとも言えない。ロレンソの言っていることは間違っているわけではないのだ。
既にベルナス商会にとって日本との交易により利益は捨てることが出来ないものだ。そこに影響が出る可能性がある以上、何か手を打つのは間違ってはいない。トニオも強く反対している訳ではないのだ。
それに――
「フリオ様はお元気でやってらっしゃると良いのですが」
フリオを生まれた時から知るトニオもまた、彼を案じているのだから。
フリオが日本で大怪我を負い入院していることを知らぬまま、2人はフリオの無事を祈っていた。
マイラたちがベルナス商会を訪れて数日後。商会からの連絡を受け3人は再びベルナス商会を訪ねていた。
商会に着いた3人は、今回は商会長であるロベルトの下ではなく商会の敷地の一角にある倉庫に案内された。商会を出入りする馬車の荷下ろし場の中でも、商会直属の馬車の荷を積み下ろしする特別な倉庫だ。
「今回、ベルナス商会からアルタムーラ様へ商品の納入に参ります。貴重な品もありますので直接面会させていただくのですが、その際にマイラ様にご同行していただき面会する――ということで先方とも話しがつきました」
荷物を載せた馬車の前でそう説明するトニオにマイラは頷いて了解の意を示す。
「しかし、仮にも国王の命令で謹慎してるんだろ? 大手を振って屋敷を訪ねて大丈夫なのかね」
トニオの説明を聞き吉田が気になった点を尋ねる。
「屋敷表には国の兵士が見張っていますが、屋敷内にまでは護衛の冒険者として扱います。屋敷敷地内に入ってしまえば後はどうとでもなりますから」
「我々が同行して大丈夫なのですか?」
大陸の人々と日本人――李は正確には違うがこの際置いておく――は一目見て違うと分かる。李はそこを指摘した。
李の指摘にも、トニオは落ち着いて問題ありませんと答える。
「現在、我が商会でアルタムーラ様の下に出向いているのは――おい、挨拶をなさい」
トニオの呼びかけに馬車の反対側から1人の若者が走ってきた。
黒髪、茶色の瞳、薄橙色の肌――典型的な日本人の若者だった。
「初めまして。アラン・クロス――黒須阿藍といいます」




