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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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第10話 日本の今

「ほう……」

「へ~」


 大使館内の部屋に案内され、そこを見た何人かが思わず声を出す。

 客をもてなすための部屋だろうか。かなり広い部屋だが、家具の類は一切なく彫像やいくつかの絵画飾られており、それ以外には広い絨毯が部屋の中心に敷かれていた。赤・青・黄・緑・茶・紫・金・銀――様々な色の糸で織られた極彩色の一枚だ。

 その上にはいくつもの皿が置かれ、日本の物ではない料理が盛られていた。


「さあ、立っていないで座りなさい」


 そうフリオたちに促しながら、ノルテ子爵は靴を脱ぎ絨毯の一番奥側に腰を下ろした。

 フリオたちも靴を脱ぐと、円形の絨毯に沿う形で思い思いに腰を下ろす。絨毯は広く、フリオ一行に子爵まで座ってもまだ余裕があるほどであった。

 全員が腰を下ろした時、タイミングを見計らっていたのか侍女たちが飲み物を盆に載せ運んできた。

 盆には様々な酒があり中にはフリオの見たことのない酒もあった。

 さすがに分からない酒に最初から手を出すのは躊躇われ、飲みなれた果実酒を手に取る。幸い一行の中に下戸はいない。各々好みの酒を手に取っている。


「お、こいつはホテルで飲んだやつだな」


 どれにするか目移りしていたヴォルフも、そう言いながらフリオの見たことのない酒を手にする。

 全員に飲み物が行き渡ったことを確認し、子爵は杯を掲げた。


「では、今日のこの出会いに感謝を、乾杯!」

『乾杯!』



 トラン王国においては、80年ほど前まで食事は床に座ってとることが普通でありテーブルは仕事に使う物というのが常識であった。

 場末の食堂や飲み屋では、樽の上や渡した板をテーブル風に使って食事や酒を出していたため、下品であるという印象に拍車をかけていた面もある。

 やがて他国の影響で上は王族から下は庶民まで、テーブルで食事をとる様になったが、私的な場で親しい者が集めるときは未だにテーブルを使わないことがある。

 特にその傾向が顕著なのは貴族で、彼らの中で私的で且つもっとも歓迎すべき者を持て成す方法が、今フリオたちが体験しているこの方法だった。

 新品の絨毯を用意しその上に多数の皿と食べきれないほどの料理と酒を用意する。その際に用意される杯は、底の方が上に比べ細く安定が悪い物で絨毯に置けばたちどころに倒れてしまう様な物を敢えて使い、客人の杯が枯れぬようにホストは常に酒を用意し続ける。

 もちろん、それでも飲めぬと杯を置き倒してしまっても、絨毯を汚せば汚すだけその宴が盛り上がったという証とされるので問題はない。汚しても許される仲という意味合いもある。


(そして、この日の為に用意された絨毯はそれっきりで処分されると)


 杯を片手に、用意された魚の揚げ物を頭から食べつつフリオは胸中で呟いた。


(少なくとも、歓迎されていないってことはなさそうだな)


 この形式の宴はトラン王国の貴族が、本当に親しい者に対してだけ行うものである。無論サービス的な意味合いはあろうが、少なくとも歓迎していない相手にするものではない。

 実際、ノルテ子爵は乾杯からこちら豪快に酒を煽るヴォルフに次々と珍しい酒を勧めつつ、歳の近いフェルナンドに話しかけ、面識があるらしいラトゥからは最近の大陸や王国の話をしきりに聞くなど自らも楽しんでいるようだった。

 その間にも、次々と料理が運ばれてくる。どれもトラン王国風の味付けで、タンゲランを出て以来10数日ぶりに口にするものばかりだ。


(日本の料理は、出来は良いんだけどどうも料理の素材と量が物足りなかったからな。この機会に食い貯めておくか)


 大商会の出だけあって、フリオも料理に関しては繊細な味覚を持つ。そのフリオから見ても、ここで出される料理は素材も料理人も1流のものであった。

 正直日本の料理に物足りなさを感じていたフリオは、今は素直にこの料理を味わうこととした。



「さて、そろそろお前たちの用件について話すとしようか」


 食事もひと段落した頃合いを見計らい、ノルテ子爵はそう言った。

 その言葉にフリオは居住まいを正す。


「そう畏まらんでもよい。そもそも冒険者に礼儀など求めておらぬよ」


 バカにしているともとれる言葉だが、子爵の様子を見る限りそういう訳でもないようだとフリオには感じられた。


「最初に言っておくが、お前たちの仕事に関して、トラン王国は介入しないことを既に日本と約束しておる」

「やはりそうですか……」


 その辺りフリオも予想していたことではあった。とはいえ、面と向かってそう知らされるとやはり落胆するものがある。


「だが、側面支援くらいならできる。それに、私個人としての手助けくらいならな」

「あの~、それで子爵閣下には何の得があるのですか?」

(テ、テディ!?)


 いきなりそんなことを言い出すテディにフリオは焦る。

 普通交渉の段取りとしてあり得ない出方だが、テディにはその辺りの機微など分からないのだろう。彼はふと思いついた疑問を解消することし今頭になかった。

 見ればフリオに限らず他の仲間も、ラトゥすら心なしか顔が強張っているように見える。


「はっはははは! なに、私のノルテ領は知っておるかな? 海に面して領地でな。その関係で海運に強いベルナス商会とは繋がりが深いのだ。そのベルナス商会からの頼みだ、便宜を図って損はないわ」


 テディの態度に気を悪くした様子も見せず、子爵はあけすけにそう語ってみせた。


「それで、ベルナスの息子よ。私に何をしてほしいのかな?」


 商会に関係があるということはフリオのことも知っているのだろう。あいにく商売に関わっていなかったフリオは子爵を知らなかったのだが。


「お聞きしたいことがまずいくつか。閣下は日本が冒険者ギルドに関してどう考えているかご存知ですか?」

「ふむ、私の推測なので断定はできないが置きたくないのだろうな。推測とは言うが、向こうとの今回の件でのやり取りを考えるとまず間違いない」

「やっぱりそうですか……」


 予想が当たっていたことに唇を噛みしめる。

 やはりその原因を探らなければいけないらしい。


「では、なぜ置きたがらないかご存じでしょうか?」

「やはり、この国にモンスターがいないというのが理由なんですか?」


 そう身を乗り出しながらリタも尋ねる。


「ふむ……理由はいくつかあると思うが……」


 子爵は腕を組み片手でその髭の生えた顎をさすりながら、目を閉じしばし考え込む。数十秒ほどの沈思の後、再び目を開いた。


「その前に、この国の現状を語らねばならない」


 そういうと、子爵は自分の知るこの国――「日本」の今を語り始めた。


「この日本と言う国が、突如現れたのは今から10年前。正確にはそろそろ11年か。日本は大きな4つの島と無数の島から成り立っておった国で、そこに1億以上の者が暮らしていたそうだ。信じられぬ数よのう。しかし、この場所に現れた時点で数千万人が死んだそうだ。おそらく、世界を超えた際それに耐え切れなかったのだろうと言われておる。さらには、国の北の島のほぼ全てが失われてしまったらしい。普通ならばこれだけで国家存亡の危機だな。それでも国の体制を維持したのじゃから、よほど優れた指導者か体制があったのだろう。そんな日本だが、1つ大きな問題があった。この国は食糧から資源までそのほぼ全てを輸入に頼っておったのだ。こちらの世界に来た際に人口が激減したとはいえ、食糧は足りず資源もない状態が続いておる」


 そこで一度言葉を切り、各人の反応を見る。

 昔の人口の話や島の数など初めて聞く話もあるが、大筋ではここにいる皆が知っていることである。特に資源が足りないという話を兄から聞いていたフリオは、ここでその裏付けが取れたようなものである。納得顔だった。

 他の仲間にも特に驚きはない。興味深そうに話を聞いている。

 1人、日本人である黒須のみは沈痛な面持ちをしていた。


「日本は常に他国との交易を求めている。これを1つ覚えていて欲しい。さて、現在日本人の人口はおおよそ4000万人ほど。そのほとんどが、この九州と呼ばれる島と海を挟み東側にある四国と呼ばれる島に住んでいる」


 その言葉に一同の表情が変わった。

 元が1億人であった人口が、転移により数千万人が死亡し、10年経った現在では4000万人。それでも、大陸の国と比べれば1国の人口としては多いのだが、元の半数以下になっているという事実は重大である。

 この10年で何があったのか。

 フェルナンドは子爵の話から1つ思いついたことがあった。


「その人口激減の理由は、餓死ですかな?」

「いや、餓死その物で死んだ者はさほどいないとのことだ。聞いた話だから真実は分からんが、むしろ食べ物が偏ったせいで体を壊しそこから病を得て死んだ者の方が多かったらしい。だが、それ以上に問題だったのが……」


 子爵の次の一言に皆の耳目が集中する。


「疫病とモンスターだ」



「そんな! ここにはモンスターはいないって田染さんが」

「あの人……あ~この国の役人が嘘をついたってことですかい」


 驚き、声を上げるリタに対し、ヴォルフは冷静に尋ねる。

 しかし、ヴォルフの言葉に子爵は首を横に振る。


「嘘ではない。確かにここ、九州そして四国にはモンスターはおらん。元々日本にはモンスターはいなかったということだ。だが、かつてこの国の中心であった本州と呼ばれる島には今は無数のモンスターがおる」

「……つまり、侵入されたってことですか? モンスターの大半は海を渡れないのに?」


 小型モンスターはほぼ海を渡れない。中型ならば短い距離ならば泳ぐ種もいるがやはり半数は海を渡れない。海を渡れる種類は限られ、それだけではとてもモンスターのいなかった島が無数のモンスターだらけになるとは思えない。それがフリオの疑問だった。


「この国は、島同士を巨大な橋で結んでいる。橋の他にも海底にトンネルを通しているところもある」

「海底にトンネル……そんな物まで」

「そして、それを利用されたのだ。その先には、失われた北の島があった場所にはアレがあったからな」

「極寒の地、モンスターアイランド」


 通称モンスターアイランド。ラグーザ大陸からはるか北、日本の北海道の位置にある島、あるいは大陸である。

 ゴブリンからドラゴンまで、あらゆるモンスターが生息すると言われ何人もの冒険者が調査に挑み多くが戻ってこなかったといういわくつきの場所。その様な状況であるため、未だに島なのか大陸なのか、なぜ多くのモンスターが生息しているのかも分かっていない。


「あの極寒の地に閉じ込められていたモンスター共は、地続きになった北の島から海底トンネルを抜けこの国を蹂躙した」

「地獄のようでした」


 不意に発せられた言葉に、全員の視線が集中する。

 沈痛な面持ちで話を聞いていた黒須が、思わず零した言葉だった。

 なんの衒いもない言葉だけに、とても重い一言。

 全員の視線が自分に向いていることに気づいた黒須は、当時のことを語り始めた。


「私の元の世界にはモンスターなんていませんでした。その上、この国はもう何十年も国民が巻き込まれるような戦争には参加してなかった。転移の前は多少物騒にはなっていましたが、それでもまだ他人事でした」


 フッと黒須の顔に力ない笑みが浮かぶ。


「当時、首都には転移で人口が減ったとはいえ3000万人近くの人間が暮らしていました。その人々と、それ以外の東日本の人々は、あの日西へ西へとあてもなく逃げたのです。北海道の人がどうなったのかいまだに詳細は分かりません。東北の人は燃料不足から大半が逃げ切れませんでした。残った人々は西へ、途中事故も起きながら西へ逃げ続けたのです」


 そんな人数が一斉に移動してスムーズに移動できるはずがなかった。やがて、大移動を続ける人々にモンスターが追い付き――

 到底笑って語れる話ではない。しかし、それを体験した身としてはいっそ笑みを浮かべなければ語れないほど凄惨な体験があったのだろう。そう黒須の心情を慮ったフリオだったが、1つ気になる点があった。


「この国の軍隊はどうしたんですか?」


 この国に軍隊があることは分かっている。フリオは、そしてラグーザ大陸で日本を知る者の多くも知っている。この国には強大な力があると、身を持って知っている。


「戦いましたよ。国中の基地から兵員と兵器を東北へ送り、燃料・物資をかき集め水際で食い止めてくれていました。ですが……」

「ですが?」

「我々の世界には、神霊術、そして神霊力というものがありませんでした」

「それは!?」


 勝てるはずがない、という言葉が口をつきかける。

 神の加護により人間が使う神霊術。フリオたち冒険者がこれを使う理由は、これなくしてモンスターと戦うことが非常に困難であるからである。

 神霊術そのものが重要なのではない。人は何かしらの神の加護を得て神霊術を使える様になると、その内にある神霊力を使うことが出来る様になる。それこそが重要なのである。

 神霊力というのは、あらゆる生命が持つエネルギーだ。人や動植物も持ち、当然モンスターと言われる生物も持っている。だが、人が神の加護なくして神霊力を扱えないのに対して、モンスターはそれを使うことができる。多くの場合それは、身を護る防壁の役目を果たしており、あらゆるものから身を護っているのだ。

 これにより、極寒の地や灼熱の地など劣悪な環境でも生き延び、飛行系モンスターの一部にみられるような慣性を無視した動きを可能とする。そして何より、他からの攻撃を軽減させることができる。


「それでも、小型モンスターには十分対抗できていました」


 神霊力の護りですべてが防げるわけではない。銃で撃たれれば小型モンスターならば傷付き当たりどころ次第では即死すらするだろう。

 だが、中型になれば元々の身も強固な上、神霊力も強大になり必然護りも強くなる。さらに大型ともなれば――


「結局、中型モンスター相手にギリギリだったところを大型モンスターの蹂躙を受け壊滅しました」

「あの土地には多数の竜種やベヒモスが生息していた。神霊力の操れないこの国の軍隊では、それら大型モンスターには対抗できなかったのだ」


 神霊力の護りは、同じ神霊力で打ち消すことができる。それが対モンスター戦闘の大原則である。


「モンスターに散々に蹂躙されそれでも多くの者が西へ逃げ延びた。そんな彼らを待っていたのが、疫病だ」

「弱り目に祟り目ってやつです。モンスターが持っていた病気だとも、渡り鳥が運んだとも言われています。人が西に逃げ、そこかしこで人口密度が異常に高まっていましたから……あっという間でしたよ」


 深刻な表情で一同が話を聞く中、ふとフェルナンドはこの国が入国の際に殊更検疫を徹底していたことを思い出した。


(なるほど。この時のせいで敏感になっておったのか)


「大型モンスターの侵攻は止まりましたが、結局中型小型のモンスターは本州の端まで来てしまい、今日本で安全なのは、侵入を防いでいる九州と四国だけなのです」


 初めて知るこの国の歴史。

 一見豊かに、そして平和そうに見えたこの国の姿が、この世界に現れて以降、凄惨な歴史と危うい状況の上に成り立っているものだという事実。

 だが、そうであるからこそ、フリオは声を荒げた。


「だったら、だったらなぜ! 冒険者ギルドを、俺たち冒険者を拒むんだ!!」


この世界での日本の現状の一端です。

まあ、こんなに死んでたら日本終わってるとは思いますがね。

徐々に人口減っていくならまだしも、一気にですから。

そのあたりは小説的ご都合主義です。


九州・四国と本州一部&少量の輸入で4000万人養えるか考えてみましたが、

前提が大幅にくるってるので今ある統計が役に立たない事と、

リアルさ=面白さ、ではないと考え上記の小説的ご都合主義でいくことにしました。


10年前の話は閑話の方につながってきます。

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