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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第4章 冒険者と日本
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第111話 日本熱

 マイラたち一行はタンゲランから歩いて1日程度離れた場所でロック鳥を降りた。

 巨神の意識が混在したマイラは直接タンゲランに降りる気でいたが、吉田と李が必死に説得したためなんとかその手前で降りる気になってくれた。

 このままタンゲランに降りれば問題が起き、問題が起きれば日本行きが難しくなると説明したのが効いたようだ。


「ふぅ……疲れましたわ」

「ご苦労さん。今日はこのままここでキャンプしよう。準備は俺たちがやる」


 神霊術を解いたマイラが疲労困憊で座り込むと、吉田が声をかけた。

 丸一日巨神を憑依させ続けるのは、その巨神から力を授かったとはいえ、楽な物ではない。ましてや自分が自分でなくなっているのだ。その疲労は心身ともに並のものではないだろう。


「おーっほっほっほ! 当然でしょう。私が身を張って吉田さんと李さんを守ってさしあげているのですから、この程度、ゲッホ! ゴホッ!」

「ほら、無理すんじゃねえ。ありがたーく思ってるから、大人しく休んでろ」


 マイラの言葉通り、遥か雲の上を飛んで2人が無事だったのは巨神の力――すなわちマイラが巨神を憑依させ続けていたからである。でなければ、生身の人間が数千m上空を飛ぶ鳥の上に居て無事で済むはずがない。


(まあ、そもそも無理やり私たちを連れだしたのはマイラさんなんですがねぇ)


 内心でそう思う李であったがそれは口に出さずに、黙って野営の準備に取り掛かった。




 翌日、3人は無事にタンゲランへとたどり着いた。


「それで、この後はどうする? これからこの街にある日本の出先機関に行って事情を説明するつもりだが」

「先に事情の説明をお願いしますわ。私は冒険者ギルドで到着の手続きをしてきます」

「ああ、そうか。あくまで冒険者として日本に入国するつもりだったな。まああんたを来賓として扱う訳にもいかんからそれがいいだろ」

「では、手続きが終わったら日本政府事務所に来てください。おそらくこちらは長引くでしょうから合流してもらった方が手っ取り早いです」

「分かりましたわ」


 市壁の門をくぐり日本事務所で落ち合う事を約束し2人と別れたリタは、1人でタンゲランの冒険者ギルドへと向かう。

 タンゲランの街は久々で冒険者ギルドも2度しか訪れていないがその道順は覚えている。何せこの市壁の門から港まで一直線に伸びる大通りにあるのだから忘れようがない。

 大通りの店先を冷やかしながらマイラはゆっくり冒険者ギルドへと向かった。


 巨神は急ぐようにといっていたが、ここから日本に行くには船を使うしか手はない。そして船を使い日本に入国するには色々と手続きが必要となる。それを簡略化するためにマイラは吉田と李を連れてきたのだ。今その2人が動いてくれているからには、ここで慌てる必要はなかった。


 ゆっくりと時間をかけたどり着いた冒険者ギルドは相変わらずの活気であった。


「ルマジャンの本部に勝るとも劣りませんわね」


 マイラの言う通り、このタンゲランの冒険者ギルドは規模こそ劣るがその盛況さでは負けていなかった。

 大陸各地の冒険者ギルド支部。それらを地域ごとに統括する方面支部の1つであるタンゲラン冒険者ギルドだが、その中でも今最も冒険者が集中していると言っていい。

 連合王国の勢力下で安定している大陸西部はともかく、東部は今動乱が起きつつありそれに伴って冒険者の立場が守られなくなってきている。その中で、比較的状況が安定しているのがこの北東方面支部である。そのため、大陸東部の冒険者たちが北東支部に集まってきているのだ。

 そしてもう1つ大きな要因が、日本だ。今冒険者たちが日本に行くにはタンゲランを経由するしか方法がない。

 冒険者たちにとっての未知のフロンティア日本。そこへ行くことを望む冒険者は多く、それがこのタンゲラン支部の盛況さに拍車をかけていた。



「まったく。前回といい、なんでお前さんは移動申請を先に出さないんだ!」


 ギルドのベテラン受付ロベルトは、マイラからの申請を受けると顔をしかめながら言った。


「あら、覚えてらっしゃったのですわね」


 マイラがロベルトにあったのは1年ほど前にたった2回だけだ。大勢の冒険者を相手にしている彼にはっきり覚えられていた事は少々意外であった。


「ふん、お前さんには色々言われたからな。それに目立つ」

「おーっほっほっほ! さすが私ですわね!」

「褒めちゃおらんわ!」

「まあまあ。はい、今回は本部からの移動連絡の書類は私が持ってまいりましたわ」


 そう言って、ルマジャンで吉田と李の準備を待つ間に手にした冒険者ギルドの書類をロベルトに差し出す。ルマジャンを拠点とするマイラが、北東支部の管轄下に移動するという申請書だ。本来ならギルド間の連絡便でやり取りする文書だが、こうやって冒険者自身が持っていくことも珍しくはない。

 マイラから書類を受け取り内容を確認したロベルトだったが、文章の最後の部分を確認し胡散臭そうに眉を曲げた。


「おい、お前さんどんな手品を使った? この書類が発行されて半月も経ってないぞ?」

「そうですわね。何か問題でもおありかしら?」

「……こいつぁ本物だ。なら、問題ないな」


 発行された日時から考え絶対にここに今あるはずのない書類であるが、現にここにある。

 本物であることは書式や印章等から疑いようがなかった。なら不審ではあるが認めるしかない。それにロベルトもマイラに意地悪がしたいわけではないのだ。


「まったく、お前さんはどうしてこう……まあいい」


 1つため息をつき、ロベルトは書類をしまいながら確認する。


「それで、また日本にいくつもりか?」

「ええ。渡るためにはまたクエストが必要なのでしょう?」

「拠点を移すならその限りじゃないがな。まあしばらく行くだけならクエストを受けて行ってもらう……と言いたいんだが」

「が?」

「今日本行きのクエストは大人気でな。渡海希望者に対してクエスト数が足りていない」


 それはつまり、今日本に行くのは難しいということだ。


「あら、それは困りましたわね」


 ロベルトの言葉にそう返すマイラだが、言葉ほどに困った感はない。

 マイラの様子が予想外だったロベルトは拍子抜けしながら尋ねる。


「なんだ、何か当てがあるのか」

「ええ、まあ確実ではありませんけど」


 マイラの当ては吉田たちだ。

 別に来賓として日本に招いてもらう必要はないのだ。

 この港からの定期便以外に、日本の船による便もあると聞いている。それについでにでも乗せてもらえればいい。それくらの事をしてもらえる程度には日本に協力したはずだとのマイラの考えである。


「そうか。まあ実はこっちもクエストなしで冒険者が日本に行けるように仕組みを変えているところだ。少々時間はかかるが、日本にはいけるだろう」

「どの道船待ちもありますから。取り敢えずクエストを受ける申請だけはしておきますわ」

「分かった。だがこっちはあまり期待しないでくれよ」



「ロベルトのおやっさーん! 支部長がお呼びです!」

「分かったから大声で呼ぶな! それじゃぁな」


 そんなロベルトの言葉を受けながらマイラは冒険者ギルドを後にし、吉田たちの待つ日本政府事務所へと向かう。

 その道中でも何人もの冒険者とすれ違い、そのわずか聞こえた会話の中からも「日本」という言葉が耳に入った。


(これは、いよいよ冒険者ギルド経由で行くのは無理かもしれませんわね)


 前回、マイラが日本に渡った際も多くの冒険者が日本を目指していたが、時間を置いても冒険者たちの日本熱は冷めるどころかますます過熱しているようだ。

 こうなると、冒険者が日本に渡る正規の手段では渡航は難しいとマイラは考える。

 吉田と李の2人がどれだけ動いてくれるか――そんなことを考えている内に、日本政府の事務所へと到着した。


 マイラが事務所の受付で吉田と李を尋ねるとすぐに2人は現れた。

 だが――


「――なにかありまして?」


 その表情を見てマイラはすぐに察した。何か良くないことが起きたのだと。

 マイラの誰何を受け、吉田は李と顔を見合わせる。やがて、吉田はマイラに口を開いた。


「たった今入ってきた情報だ」

「なんでしょう?」


「トラン王国が冒険者の日本への渡航禁止令を出した」


 それは正に、青天の霹靂であった。


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