第105話 神の殿
上野のある台東区からスカイツリーを覆い隠す巨樹――世界樹のある墨田区は、墨田川によって分かたれている。
墨田川に架かる何本もの橋のどれかを渡る必要があるが、佐保の選んだのは吾妻橋だった。
上野から北東、浅草方面へと向かう。
東に進むにつれ、ビルを飲み込む緑はより一層濃くなっていき道を遮る木々やその一部も増えて行った。
幸いにも完全に道をふさがれているような場所はなく、放置自動車などの方が邪魔な場所すらあったほどだ。それでも、思ったほど時間はかからず3人は浅草までたどり着いた。
有名な浅草雷門までたどり着くと、吾妻橋までもう100m程度。そのまま浅草通を東に進み世界樹付近まで向かう。
巨大提灯は破れ落ち、完全に緑に飲み込まれた仲見世通りを横目に佐保は3人の先頭に立ち先に進む。
わずかに進んだところで墨田川が見えた。
ここから、吾妻橋を渡った先には有名なオブジェが見えるはずであったが、その姿はなかった。それどころか、
「なによこれ」
「凄いな。今までの比じゃないぞ」
「完全に森になってるわ」
3人が口々に感想を述べる。
墨田川を渡った先、墨田区は完全に木々に飲み込まれていた。
今まで歩いて来た台東区も気に飲み込まれていたが、それはビルに木が覆い付いている形だった。そのため、まだビル街の面影を残していた。
だが、この先は違う。
アスファルトを突き破りビルなど分からないほどの木々が無数に生えているのだ。
高さ634mのスカイツリーを覆う世界樹――先端まで完全に飲み込んでいるのかは、枝が大きく広がっているため分からない――とは比べ物にならないが、10階以上はあるマンションやビルより高いため、低い木でも40mはあるだろう。
「……もう少しよ。行きましょ」
ここを通り抜けるのかと、少々不安を覚える佐保であったが、ここで尻込みしても仕方がない。意を決して橋を渡り始める。
地球において、最大とされる木はヒノキの一種で、高さ115mを超え平均でも80mはあるという。
もし佐保がその光景を知っていれば違った感想を持ったかもしれないが、初めて見る目の前の光景にただ圧倒されていた。
「すごい……」
それはフリオとリタも同様であった。
フリオたちの生活圏に意外と高い木は少ない。燃料や材木に使われてしまい残っていないのだ。
強力なモンスターが闊歩し人が近づけない山奥や、或いは大陸の世界樹周辺ならこういった光景もあるかもしれないが、少なくともフリオとリタはそのどちらにも行ったことはなかった。
「まるで神殿ねこれ」
歩きながら、ふとリタが感想を漏らす。
リタの言う通りだった。
この木々は単に真っ直ぐ立っているだけではない。途中から大きく枝を広げ、道を挟んで反対側の枝とぶつかり合い、アーチを形成している。
「見て、道があるわ」
そして、これだけ木が生えているにも関わらず、アーチの下には1本たりとも生えていなかった。
「地面もこれ、木か?」
「まるで編み込まれてるみたいね。アスファルトの上にか、それとも剥がした後なのか」
細い枝の様な物が絡み合い地面を覆っていた。
多少凸凹しているが、気を付けていれば普通の床の感覚で歩けそうだ。まるで整えられた床の様である。
そんな枝の床がずっと真っ直ぐに続いている。
「まさに木の神殿ね。天然自然、なわきゃないか」
「そうだな。こんな物が自然に出来るはずがない」
佐保の言葉にフリオがうなずく。
「エルフの国の世界樹の根元がこんな風だと話しに聞いたことがある。そこはハイエルフが造ったと言われてるらしい」
「ハイエルフ? エルフの上位存在? なるほどねぇ。つまり、ここにはそういうのに近い何かがいるってことか」
「例の主ってのがそうなのかしら?」
「状況的にそうでしょうね」
そう言って佐保は前方に目を凝らす。
巨大な世界樹は高さだけではなく横にも広い。
吾妻橋から続く都道463号を抜け、広い道――都道453号に合流した時、その真っ直ぐの道の先にすでに世界樹の幹とも根ともつかぬ巨体が見えていた。
そして、ついにその場所にたどり着いた。
グルルルルル――世界樹の巨体から唸り声がする。
「……」
佐保、フリオ、リタの3人はその姿にただ茫然と息をのむしかなかった。
グルルルルル――再び、その巨躯が鳴動する。
長い蛇のような体に、掌のような足。頭部や体の各所には体毛がある。
『なぜここにいる、忌まわしき者どもよ』
巨大な龍が世界樹にはいた。
今回、キリの良い所で切ったため短めになってしまいました。
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