第102話 知識――それを認め深く理解する
「ふぅ……ようやく落ち着いたわい」
日本で大規模な自衛隊の作戦行動と、幾人かの小さな動きが起きているころ。
ブリタールの町の神殿にある食堂で、知恵の神の神官であるフェルナンドは椅子に座り一息ついていた。
ラグーザ大陸の北南東部に位置するブリタールには、知恵の神の神殿の1つが存在する。
神が普段鎮座する大神殿ではないが、しばしば降臨することもある神殿の中では大規模な場所である。
フェルナンド・パパル・コルテスはこの神殿に属する神官であった。
「ほっほっほっほ、さすがに疲れたようじゃのうコルテスよ」
「ほっほ、さすがに老いを感じますわい」
休憩するフェルナンドに声をかけたのは、彼と同じく総白髪でゆったりとしたローブを纏った威厳ある老人であった。
「じゃが、刺激にはなったであろう」
「そうですな。若者の活力は見習わねばなりませんな、神官長」
その返答に老人――この神殿の神官達を束ねる神官長は、然りと頷く。
先ほどまでフェルナンドは若い神官達に囲まれ質問攻めにあっていたのだ。
質問の内容は先日までフェルナンドが滞在していた日本について。そしてフェルナンドが新たに得た知識について。
「新たな知識を欲するのは我らの性じゃ。しかし、勇んで日本まで行ったお主ほど活力がある者もここにはおらぬがのう」
「それは仕方ありますまい。誰もが生活があるます。好きなようには生きられませぬ」
新たな知識を求め続けるのは知恵の神の神官にとって当たり前のことである。
しかし生きるためには糧を得ねばならず、知識を得るためだけに時間を自由に使うことは難しい。多くの神官は、神殿で仕事をしつつ僅かな収入と時間を使い知識の蒐集に勤しんでいる。
その点、フェルナンドは恵まれていた。
実家が大豪農であり、その援助で若い頃から知識の蒐集の為好き勝手にやることが出来た。高価な書物を読み、気になる場所へ出かけ己の知識を磨くことが出来た。
結果、彼はこの神殿でも随一の神官となった。皮肉な話しであるが、神殿で長年コツコツ働く神官よりも、好き勝手にやったフェルナンドの方が神官として早く位階が上がっていったのである。
ただ、先達として果たすべき務めは果たしている。
得た知識は隠匿せず惜しみなく分け与えた。今回、日本で得た数々の知見も他の神官達に惜しげもなく披露している。
神官としての役割も疎かにはせずこなしている。
また、実家にも恩返しは忘れていない。日本で得た農業技術ですぐに役立ちそうなものを実家には伝えていた。
こうした気遣いもあり、好き勝手に行動しながらもフェルナンドはやっかみなど
受けることなくこの神殿で知恵の神の神官を続けることが出来ていた。
「そうじゃな。ふむ……ところで、お主の長年の命題に関する話しはしなかったようじゃな」
そう言いながら神官長がフェルナンドの向かいの席に腰を下ろす。
「神官長にはお話ししたではありませんか」
「ふふ……」
この神官長も紛れもなく知恵の神の神官である。
フェルナンドが神殿に戻った際、真っ先に質問攻めをしてきたのは外ならぬ彼であった。
「やはり仮説では話しにくいか」
「当然でありましょう。彼らは今、知を磨いている最中。胡乱な話など知を曇らせるだけ。『果実の皮を被った石』でありましょう」
「害あれど利なし――お主の師ルーカスの言葉か。お主の命題も、師のそれを引き継いだものだったのう」
フェルナンドと今は亡き彼の師との関係を神官長は知っている。
フェルナンドが師の命題を知ったあの日から50年。ようやく、フェルナンドはその命題の解に手が届いたのだ。
「感慨深かろう」
「いえ。まだまだ足りませぬ」
しかし、フェルナンドは神官長の言葉に首を横に振った。
「知とは知れば知るほど分からないことが増えるもの。この命題にも一定の解にたどり着いたことで新たに疑問も生まれましたわ」
「ほほう?」
「――とまれ、一度これについては整理せねばなりませぬ。叶うならば神に謁見し私の考えを披露しご見解をちょうだいしたいところですが……」
「この内容であれば神も大いに興味を持たれよう。ただのう……」
神、とは気まぐれな存在である。
この神殿が度々神も現れる重要な神殿であっても、それがいつのことになるか分からないのだ。下手をすれば1年、2年と待つ羽目になるかもしれない。
その点をフェルナンドは懸念していた。
「いっそ、大神殿へこちらからうかがうべきでありましょうか」
「いや、それは無理じゃコルテスよ」
一方、神官長が気にしていたのは別のことであった。
「はて?」
「実はのう。先ほど神より神託があったのじゃ」
「なんと!?」
神託――と言えば大層に聞こえるが、神から神官へ下される念話による命令である。
「それで、神はなんと仰せになられたので?」
「うむ。誰にと指定された訳ではないが、この命にはお主が適任と判断する――知恵の神の神託をフェルナンド・パパル・コルテスに下す」
神官長はジッとフェルナンドの目を見据えて厳かに言った。
「直ちに日本へと向かえ」
神官長より神の命を受けて数日後。フェルナンドはブリタールの町で旅の準備をしつつ、人を待っていた。
ちょうど知り合いがタンゲランに向かうので同行しようと連絡をしてきたのだ。
旅の準備も必要であったフェルナンドはこれを受け、準備を整えつつその人物を待っていた。
今日にも到着する人物を街中にある冒険者ギルドの酒場で待ちながら、フェルナンドは思索に耽っていた。
(神……人……ふむ。神の発生についての仮説はおそらく大きく外れてはおらぬじゃろう。出来うるならその誕生の瞬間を見られれば良いが、さて)
流石に難しいかと考える。
あと数年日本に早く渡れていれば可能性もあったものを――と惜しく思うが詮無い話しである。
(神が人の想念を受け生まれたというのは良い。ならば、その神に伍する存在は一体なんなのか)
神は全知全能でもなければ永久不滅の存在でもない。
伝説の中で神同士で相争い滅んだ神もいれば、強大なモンスターの討伐に向かい敗れ滅んだ神もいる。
そういったモンスターに属する存在を人々はその古事を枕詞に『伝説級』と名付けている。
(他にも――)
「やあ、フェルナンド」
と、高い朗らかな声がフェルナンドの思索を破った。
「おお、待っておったぞキリル」
「ちょうどフェルナンドが戻ってると聞いてさ。旅の供が欲しくてダメ元で連絡してみたけど、待っててくれたんだね。ありがとう」
そう言いながらフェルナンドに近づいてくる人物は、長い耳、白い肌、輝くような長い髪――典型的なエルフであった。
「どうじゃ、一杯やってから行くかね?」
「いや待っててもらっておきながら悪いんだけど、急いでタンゲランに向かいたいんだ。今なら港に向かう馬車に間に合うはずだ」
「うん?」
やけに急いたキリルにフェルナンドは怪訝そうな表情を浮かべる。
急ぐこと自体は構わない。フェルナンドも日本へ向かうためにタンゲランまで戻らなければいけないからだ。
だが、このキリオというエルフは典型的なエルフで時間に関して細々としたことは気にしない人物のはずだからだ。
「何かあったのかね?」
「勅命を受けたんだよ」
キリルは大陸ここよりも南西にあるエルフの国の貴族に連なる人物である。
そのキリルに勅命を下す者となれば。
「王からの命かね」
「いや。もっと上さ」
「なに!?」
予想外の言葉にフェルナンドは驚愕する。
エルフの王。そのさらに上となると――
「始祖様からのご命令だよ」
「ハイエルフか……」
人と比べ強力な力と長い寿命を持つエルフ。
そのエルフをはるかにしのぐ力と寿命を持つエルフの中のエルフ。
あるいは、すべてのエルフの祖ともいわれ。或いは、人にとっての『神』と等しい存在。
(神、伝説級、ハイエルフ――)
偶然にも先ほどまでの自分の思索に絡んだ話しに奇妙な考えを覚えた。
「それで、ハイエルフはなんと?」
「色々と命は受けたんだけどね。ただまあ簡単に言うと――」
「日本へ向かえとの命令だった」
果たしてそれは偶然だったのだろうか。
キリルは3話に名前と出自だけ登場してます。
報告。『閑話 尋常ならず人の及ばぬ徳のありて畏きもの』の一部を修正しました。
基本的に過去の話しと齟齬が生まれても修正はしない方針ですが決定的な違いを見つけてしまった為の修正です。2、3行ですので特に読み返す必要はないと思いますが一応報告しておきます。
感想等で散々時系列や場面が飛んで分かり難い旨を指摘されていましたが、今回必要があって一部読み返しましたが本当に分かり難いですね。特に今回修正した話しなど同じ話の中で、時系列は50年前→1話より少し前→2章の後と飛び、場面もフェルナンド→アマテラス→フェルナンドと変わりその説明もなしで自分も混乱しました。
改めて皆様に謝罪します。読みにくくてごめんなさい。
今更全部書き直すのは無理ですので、せめてこれからは時系列と場面がちゃんと分かるように説明を心がけます。




