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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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第9話 行動開始

『やはり盗聴は無理ですか?』

『当然でしょう……いくら法改正があったといえ、彼らに関しては想定がない。外務省としては認められません』

『しかし、コナリーさん。大使館には……』

『吉田さん。そこは想定内でしょう。それに、ホテル側が認めませんよ。それなりに歴史あるホテルですから、よほど圧力かけなければ』

『防犯カメラの提供だけでも譲歩したというわけですか』


 ホテル地下の車の中。狭い車内で4人の男が話し合っている。

 外務省と公安の4人は、ホテルに戻るならフリオの部屋へと集まった一行に関してどう出るかと話し合いをしていたのだ。


『それで、黒須の方はどうだったんだ?』

『実家への電話が1回。ベルナス商会と取引している商社への電話が3回。昼に1度外に出ましたが、道向かいの菓子屋で買い物をしてすぐに戻ってきました。後はホテルの部屋で過ごしています』

『あそこの菓子屋か。海外で賞をもらった饅頭が旨かったな』

『ああ、あれは材料調達の問題で今は生産中止ですよ』

『……それで、電話の内容は』

『こちらは盗聴しているんですが、特に問題はない内容でした』

『黒須は白か……』

『「黒」須ですがね』


 くだらない冗談に他の3人は力なく笑う。


『向こうの出方は分かりませんが、こちらは当初の予定通り進めましょう』

『残り5日、いや最終日は出国手続きだとして時間を取らせますので4日です』


 彼らの本当の仕事は、フリオたちの滞在する7日間。あれこれと時間をつぶしてきとうに観光をさせ楽しませて返すことにあった。

 単に追い返すだけならそもそも受け入れなければいいのだが、そこには事情がある。あまり悪印象を持たれても困るのだ。

 だからこそ――


『要望は出来る限り聞かないといけないですからね』

『無理難題を言い出さないことを願うとしようか』



 地下駐車場からホテル1階へと上がった4人を、フリオとラトゥが待ち構えていた。

 さっそく来たかと内心思う田染だったが、それを顔に出すような間抜けではない。


「これから迎えに行こうかと思っていたのですが、どうされましたか?」

「ええ、実はお願いがありまして」


 その童顔に恐る恐るおびえる様な表情を浮かべそう切り出すフリオに、田染は惑わされまいと気を引き締めた。



「予定の変更……ですか?」

「ええ。明日の――」

「いや、待ってください。今からの予定変更は無理です。関係各所との協議の上で決めた日程になっていまして、多少の時間の都合ならともかく行先を変えるなどと」


 明日いきたいところがあると言い出したフリオに、田染は色々と理由をつけ断る。

 おそらく冒険者ギルド設置のために行動したいのだろうが、そんなことをさせる気はない。

それに言葉に嘘があるわけでもなかった。役所というものは、その仕組みとして現場での人間が勝手に出来ることなどそう多くはない。ここで勝手に田染が行先を変更するなどそもそも出来ないのだ。


「その件についてはこれを」


 そう言って横に控えていたラトゥが、何やら手紙を取り出し田染に手渡した。


「これは……!?」

「大使館からの召喚状ですわ。こちらのフロントに届いていましたの」

「た、確かにトラン王国日本大使館からの物ですが……」


 どういうことだと田染は公安の2人を見る。

 公安の2人も困惑顔だ。人の動きや電話は見張っていたが、まさか手紙というアナログな手段で繋ぎを取るとは思考の盲点だった。そもそも、ホテルに来る手紙をチェックする権限はない。


(そもそも、大使館のことは外務省の管轄だろうが)


 声には出さず吉田が目で外務省の2人にそう抗議する。

 そんな4人の動きに気づかないふりをしながら、ラトゥとフリオは話を続ける。


「大使館からは明日にでも出頭する様に指示がきています」

「ええ……そう書いてありますね」

「俺も急な話で困ってるんですけど、大使は貴族なんで逆らいたくないんですよ」

「まあお国柄仕方ないでしょうね」


 受け答えながら田染は考える。

 予定外の事態ではあるが、これは悪い話ではないのではないか。

 大使館は政府機関の中枢である熊本に存在する。移動だけで時間が稼げるだろう。いっそ、その後南九州まで連れて行ってしまえばそこで交渉のことを言い出しても窓口になる機関は存在しない。対外窓口は福岡だと言って、再び福岡まで時間をかけて移動すればそれで時間切れだ。大使館からの呼び出しである以上、予定変更にも異論はでないはずだ。


「……分かりました。事情が事情ですのでやむを得ませんね。日程の方は私どもで調整しましょう」

「ほんとうですか! ありがとうございます!」


 そう笑顔いっぱいで感謝されると、田染も多少良心が痛む。

 フリオも仕事で来ているのだが、それをかなえさせるわけにはいかないのだ。


(大使に泣きつく気かもしれないけど無理だよフリオ君)


 既にこの件についてはトラン王国大使館と、トラン王国は介入しないということで話がついている。


「では明日は朝から熊本へ向けて――」

「あら? 行先が違いますわよ」


 ラトゥはそう言ってニコリと笑うと、


「行先は、今日行ったタワーのある、ももち、でしたか。そこにある領事館です」

「な! しかし大使は今熊本に」

「ああ、それはこちらを」


 と、もう1枚手紙を取り出し田染に手渡す。

 手紙に目を通した田染は顔をしかめた。


「手紙にあります通り、大使は今夜には領事館に来られることになっています」

「田染さんたちには手間を取らせません。安心してください」


 そろって笑顔で言い放つ2人に、田染は顔をしかめたまま睨みつける。

 隣のマイクも苦虫をかみつぶしたような表情だ。

 だがいくら悔しがっても、今更拒否はできない。これでは明日以降大幅に時間を潰させる目論見が崩れただけではなく、理由さえあれば予定は変えられるという前例を示してしまった。


『チッ……』

『やってくれましたね』


 その会話を「聞いていた」公安の2人は、いらだたしげにそう吐き出した。




 明けて滞在3日目。日本滞在も残り4日となったその日、フリオたちは福岡にあるトラン王国領事館に出頭していた。


「で、どんな手を使ったんですか?」


 自分たちが見張られていたことをラトゥから聞かされたフリオはそう尋ねた。

 ラトゥは自分たちと一緒に行動しており大使館に連絡するような時間はなかった。


「保険というものはあらかじめかけるから意味があるのですよ」

「つまり、向こうに居た時からか」

「でも、このタイミングで手紙が届くようにするのは無理なんじゃないですか?」


 大使館敷地入り口。

 大使館側から立ち入りを拒否された日本の4人を振り返りつつ、リタが疑問を投げかける。


「ああ、それはクロスを使いました」

「え? 私ですか!?」

「クロスにはこちらで取引のある商会に連絡を入れさせました。内容はごく普通の取引に関する話ですが、それ自体が合図だったのですよ。その後は日本の商会から大使館へ連絡が」

「それって普通に売国行為なんじゃ……」


 気づかない内にその片棒を担がされていた事実に愕然とする黒須。

 一昨日の夜、ラトゥに捕まった黒須は理由を付けてフリオたちの同行を断り、商売の話を進める様にという指示だけを受けていたのだ。

 もちろん、田染たちとの会話――今回フリオたちに交渉をさせないために時間を稼ぐのに手伝え、ということは喋っていない。


(利用されただけって言って信じてくれるかな……)


 笑顔で自分の家族の話を切り出したあの元中国人と、無言で圧力をかけ続けてきた吉田の顔を思い出しつつ、黒須は何にともなく祈り続けた。


「しかし、よくこっちの商会は協力してくれたのう。クロスの言葉ではないが、利敵行為と言われても弁明できまい。少なくとも国の方針には逆らっておるからのう」

「もちろん、その辺りは逃げ道を用意してあるのでしょう。それに、そもそも冒険者ギルドの設置は、この国の商人たちからの要望でもありますから」

「どういうこと?」


 初めて聞く話にリタは首をかしげる。


「それにつきましても、あちらから説明があると思います」


 そう言ってラトゥは前方。領事館入り口に、使用人を引き連れ立つ初老の男を見た。

 一行が男の前まで来ると、ラトゥが一堂に男の紹介をした。


「こちらが、トラン王国日本大使エルナンド・シアブ・ベルグラーノ=ノルテ子爵です」

「ようこそ、同郷の諸君!」


今回はいつもりより少し短め。

話の切が良いところで切ったためです。

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