第97話 名城公園にて
目的の部隊を探して春日井駐屯地に向かった佐保であったが、事前の情報と違い名城公園に駐屯していると知り再び元来た道を戻っていた。
自衛隊の進行を後追いしているため、佐保も当然ながら三重方面から愛知へと入っている。春日井駐屯地のある春日井市は名城公園のある名古屋市の北東に位置するため、名古屋市は一度通っているのでそちらに向かうのはロスであった。
「無線が使えないってホンッと不便」
3人が乗る車には無線機が備え付けてあるが現在は雑音がひどく使い物にならない。
「さっきもそれ聞いた」
「いいじゃないフリオ、ちょっと愚痴くらい。っと、ここも通れそうにないわね」
右折した道の先をトラックが道をふさいでいたため、バックし再び直進する。
10年ほど放棄されていた名古屋市内であるが、車が道を通れないほど荒廃してはいなかった。
アスファルト舗装は10年程度で修繕が必要とされ、場所によっては最後の修繕から10年以上経過している場所もある。そういった場所ではヒビが入っていたり、一部からは雑草がアスファルトを破って生えてきていたりするが、自衛隊の車両が通行するのに問題があるほどではない。
しかし、東海・近畿が放棄された際は各地でパニックが起きていたため、そこかしこで事故や渋滞が起き、車両や荷物が道をふさいだまま放置され今に至っていた。
作戦行動の妨げとなるためその内自衛隊による撤去が行われるだろうが、まだ現地に到着し情勢の把握に努めている段階ではこうやって通れない道が多数あり、目的地へ最短で進むことが出来ないでいる。
無線が使えれば――という佐保の愚痴の理由の1つはここにもあった。
「それで、目的地のメイジョウ?公園にいる部隊ってどんな部隊なの?」
「神霊術と兵器を融合させた戦闘法を研究している部隊よ。第4師団の神霊力応用兵器を扱う部隊と他の師団で同じように神霊力戦術を試している部隊からの出向で構成されているの。用件はあるのはその出向組ね」
「つまり自衛隊にはいくつか軍団があって、今回中心となっている軍団の中には神霊力と佐保たちの武器を合わせた戦術を試している隊があって、他の軍団から似たような部隊が参加していてそれに会いに行くってことでいい?」
「その認識でいいわ」
自分の話を自分の知識に置き換え理解するリタにそれでいいと佐保がうなずく。
大まかな理解さえしてくれればそれでいいのだ。
「その出向元が第3旅団といって、覚えてないかしら。下関の基地でトップだった秋吉一佐のこと」
「アキヨシ……ああ覚えているよ。なあリタ」
「色々便宜を図ってくれたあの基地の将軍よね」
「今は階級も陸将補に上がっていらっしゃるけどね。その秋吉陸将補はあなた達も関わった下関事件以来神霊力を使った戦闘に注目して、ちょうど世間で神霊力を操れる人ってのが見つかって話題になったので、旅団内からそういう隊員を探して神霊力の実戦利用可能な部隊を作っていたのよ」
「へ~その部隊は大人数なのか?」
「2人よ」
「少ない! それ部隊ってより個人じゃないか!」
「旅団内の人員を冒険者に見てもらったらしいけど、見つかったのが2人だけだったのよ。それに2人だけで来てるわけじゃないわ。他の人員と合わせて参加してるわ」
神霊力を操れる隊員入れそれぞれ班とし、2班を1分隊という構成で秋吉は第4師団の神霊力応用兵器部隊――神霊力特化実験中隊に送り出していた。
ただ第4師団の研究が兵器応用に向いているのに対し、第3旅団の人員は神霊力を個人で使う戦闘手段に向いている。
どちらが正しいとも優れているとも言えないが、先の京都での戦いでは旅団から出向した隊員が酒呑童子を名乗る妖怪を討ち取る活躍を見せていた。
名城公園やその周辺には佐保が探していた部隊がいた。
すでにテントなどの設営は終わっており、隊員たちの一部は周辺の捜索などに向かっており隊員たちが忙しく行き来している。
幸い部隊内の第3旅団からの出向組は公園に残っており、佐保は無事目的を果たすことが出来た。
「おう、あんたらも自衛隊の依頼かい!」
佐保が部隊の隊員と話している間、手持無沙汰になったフリオとリタに2組の男が話しかけてきた。
声をかけたのは無精ひげの中年男性。1人はどでかいバスタードソード背にした猫系獣人だ。
(冒険者!?)
ここに他の冒険者がいることを予想していなかったフリオに一瞬緊張が走る。
が、中年の男はよせよせとばかりに手を振った。
相棒らしき獣人も、よく見れば洞毛が垂れている。
ただ、同業者を見つけたので興味本位で話しかけてきただけらしい。
「ああ、自衛隊から特別な依頼でさ」
(半分個人的な縁故だけどね)
フリオの言葉に内心でリタはそうつぶやく。
「そうかい。おっと、挨拶が遅れたな。俺はコジモだ」
「私はカレル。2人ともタンゲランのギルドから去年日本へやって来た」
「俺はフリオ・マラン・ベルナス」
「リタよ。私たちはつい最近タンゲランから日本にやって来たわ」
「……そこで、依頼を受けてここまで来たんだよ」
フリオが過去について口を滑らす前にリタがそう言ったため、フリオもその意図に気づいて話を合わせる。
冒険者が日本へ渡る最初の事件に関わっていたことを隠している訳ではないが、余計な情報をベラベラと垂れ流すのもよくない。
リタが先に言わなければフリオはうっかり言っていたかもしれない。この辺りにフリオの甘さが見て取れる。
「護衛も依頼の一環ね。まあ自衛隊の強さを知ると護衛なんているのかしらって気がするけど」
「自衛隊のやつらはほんと用心深いな。ま、気持ちは分からんでもない」
「どういうこと?」
「俺たちがなんのためにここにいると思う?」
「護衛……じゃないわよね」
コジモはニッと笑みを浮かべると、両手で何か長い物を持つような姿勢を取り、
「自衛隊のやつらに神霊力の使い方の指導をしているのさ」
と言って、伸ばしていた右の人差し指をぎゅっと絞るような動きをして見せた。
「何してんのかしら?」
用件を済ませテントを出た佐保がフリオとリタを探すと、2人は駐車スペースから少し離れた場所で2人の冒険者らしき男と話していた。
「ここに冒険者ってことは、あれが話に聞いてた指導役か」
何を話しているのか、耳を傾けると4人の話しが聴こえてきた。
『自衛隊の武器ってのは鉄の弾を撃ち出すんだが、鉄には神霊力が込められないよな』
『ああ。でもこの銃の威力なら神霊力があろうがなかろうが関係ないだろ?』
『そこいらのモンスターならな。だが、上位のモンスターだと効きが悪いし、滅多にないがファントム化現象が起きると手に負えない。ま、そんなもん俺も直に見たことはないけどな』
『ファントム化現象ねぇ……』
『上位のモンスターも銃じゃなく大砲を持ち出せばなんとかなるみたいだけどやっぱり効率は悪いらしい』
『そこでだ、色々試して分かったんだが銃を撃つ瞬間に弾に神霊力を込めながら撃つと、神霊力が抜ける前に弾が当たるんだ!』
『なんだそれ?』
『いや、なにを馬鹿なと思うだろ? でも本当なんだよ。なんでも弓を射る時に神霊力を使うって話から銃で試してみたら、なんと威力が大幅に上がったそうなんだ』
『弓だって矢じりに込めてる訳じゃないだろ?』
『そうなんだがな――』
その話は佐保も知っていた。
秋吉陸将補が選抜した隊員が、その神霊力を応用する方法を模索する中で発見されたという。
また神霊研では簡易ながら神霊力を感知する装置が発明されている。その装置で、銃弾に神霊力を込めそこから神霊力が抜けるまでの時間を計測すると、ギリギリ有効射程内に届くとの試算が出ている。
ただ、神霊力を確実に込めながら撃つという性質上連射はできず単射となり、また隊員の神霊力操作の練度の問題もあって確実に有効な手段にはなりえていない。
先の酒呑童子を討ち取れたのも、とあるサポートを得て比較的近距離から狙撃出来たからである。
『俺たちも試しに銃を撃ったんだけどな。コツはこう指を曲げる時に――』
(あ、それマズいんじゃ)
聞いちゃいけない話が聞こえてきた気がした佐保は、フリオたちに駆け寄ろうとする。
その時だ、向こうから走ってきた1台の車が佐保の近くまで来るとその場で停止した。
なに、と佐保が考える間に、近くに止まった車から1人の自衛官が降りてきた。
「佐保3尉。こんなところで何をしている」
「椎木1佐!?」
降りてきた椎木に驚いた佐保であったが、慌てて敬礼をする。
「はい、ただいま特命を受け岡山から参りました」
「特命? 冒対室のか。それとも秋山陸将補かね。任務は?」
「はい、申し訳ありませんが極秘任務です。お教えするわけにはまいりません」
「……」
(うわ~せめて心の準備が欲しかったわ)
椎木の誰何にそう答えながら心臓の動悸が激しくなるのを感じる佐保であった。
佐保の表向きの任務は、旅団からの出向組への連絡であり、真の目的は関東へ向かう事である。その真の目的をカモフラージュするため、裏の目的として第4師団の牽制が課されていた。
第3旅団長とつながりの強い佐保を送り込むことで、クーデター計画を持っていた第4師団を野放しにしているのではないのだ、という同じ自衛隊内部からの牽制。(無論ポーズであり、送り込んだ室長も実効的な牽制ではないことは承知している)
そのため、第4師団の重要人物の目に留まる必要があった。まさにその重要人物である椎木1佐が現れたのは行幸であるのだが、突然のことで心の準備ができていなかった。
それに――
(タイミングが良すぎる)
この裏の目的は冒対室――冒険者対応室内の第4師団シンパから漏れることを前提としている。
椎木にも漏れているのだろうが、わざわざ自分から佐保のもとに出向く理由が見当たらない。
(まさか、偶然見かけて声をかけたってわけじゃなるまいし。もしかして真の目的がバレたか、それとも疑われている?)
直立不動で気をつけのままジッと椎木を見る佐保を、同じく見返していた椎木であったが、
「っ! いや、もう終わります」
一瞬、ブルリと椎木の体が震えた。
「? あの椎木1佐?」
「なんでもない。佐保3尉。どうやら東日本は我々の想定外の状況にあるようだ。気を付けて任務を遂行したまえ」
そう言い残し、椎木は再び乗車すると佐保の元を去っていった。
「……何なのかしら一体」
佐保と椎木は岡山で面識があるが、心配されるほど関係が良いわけではない。むしろ立ち位置的には敵対派閥ともいえる。
そんな椎木からの言葉に佐保は首を傾げるしかなかった。
「佐保……今のは?」
気付くと、フリオたちが佐保のそばまでやってきていた。
「ああ。あの人は椎木1佐。この部隊の――」
「そ、そっちじゃなくて! あの自動車の中。あれ何がいたんだよ!?」
「え?」
よくみればフリオたち4人の顔は強張っている。
何かとんでもないものに遭遇した、とでもいった感じだ。
「車内には……」
椎木が乗り込む際にちらりと見た車内には確か1人の女性がいた。
自衛隊員とは違う、巫女のようなしかしそれとも違う服装だったのは一瞬だったが見ている。
おそらく、フリオたちは気にしているのは彼女だ。
「――何が起こっているのか。ほんと、気を付けないとね」
前途多難な予感を感じつつ佐保はため息を1つついた。
作中で東日本は2012年から13年にかけて放棄されているので、建物や道路等はその当時のままのはずです。
が、今後うっかり現在の姿で描写してしまう可能性があります。その際は、この作品世界の日本はそうなんだねと見逃してください。(具体的に特定出来るほど細かく描写はしないつもりですが)




