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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第4章 冒険者と日本
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第96話 杯中の蛇影~杞憂か楽観か~

「今もどった」

「お疲れ様です隊長。早速ですが報告です」


 伊勢での用件を済ませ、名古屋城の北にある名城公園に駐屯する自部隊に戻った椎木のもとへ部下から報告が告げられる。

 椎木が名古屋を離れ伊勢にいた時間は3日。まだ自衛隊が進出していない地域であるため、伊勢に駐屯予定の部隊と共に自部隊からも人数を連れて行っていた。

 そんな状況で何か大きな情報はないはずだろうと椎木は予想している。


(大半は他部隊からの情報と先の戦闘での検証報告か)


 予想通り、部下からの報告は名古屋を中心に愛知県や隣接県にまで進出した各隊からの連絡情報や京都で行われた戦闘での神霊力を活用した戦闘手段の報告であった。

 椎木の率いる部隊は、神霊力の戦闘活用を模索する実験部隊である。戦闘方法の研究や実践検証、戦闘結果の検証は重要な任務である。


 しかし、それよりも今回他部隊からもたらされた情報に椎木は強く気をひかれた。


「モンスターの数が少ない?」

「はい。各地で確認されたモンスターの数が事前に予測されていた数を大幅に下回るとの報告が来ています」

「そんな馬鹿な――」


 思わず、それそこそんな馬鹿な言葉が椎木の口をついて出てしまった。


「君も琵琶湖のことは知っているだろう?」

「はい。冒険者ギルドからの情報、および滋賀県での偵察結果に基づき、司令部は濃尾地方のモンスター数を算出しました。しかし結果として予想は大きく外れているのです」

「……」


 滋賀県、正確に言えば琵琶湖周辺に多数のモンスターが生息していることは、冒険者ギルドから得た情報で自衛隊も把握している。

 もっとも、冒険者ギルドは日本の組織でもなければ自衛隊の友好組織でもない。詳細な情報が得られたわけはなく、その内容も「シガはヤバイ」「バカデカいやつがいる」「危なすぎて近づきたくない」等々冒険者たちの主観による頼りない話しばかりであった。

 京都まで進出したことで自衛隊が自力で偵察を行った結果、ようやくその様相が明らかになる。琵琶湖の南、大津市・草津市など湖南地方にはそれほど大規模なモンスター群は確認されなかったが、湖東に向かうほどモンスターの群生が確認され、大型の個体も目視されるという結果であった。

 現在の自衛隊の戦力では正面からこれらを駆逐するのは難しい判断され、今作戦の司令部は次にどう動くべきか判断を迫られる。


 今回の東日本奪還作戦は2つの目的をもって動いている。第一目的は近畿地方を打通し濃尾地方までの連絡路を開くこと。現地で多数確認された生存者の救助もしくは援助が主眼である。

 第二目的は、濃尾地方の安全を確保した後、甲信地方まで進出し現地の残留者たち――日本政府は彼らの独立を認めていない――と合流することだ。


 しかし、琵琶湖のモンスター群との戦闘を行った場合、勝てた場合でもその後濃尾地方の確保が可能であるかという問題が出てきた。濃尾地方に滋賀と同程度のモンスターがいるというのは最悪の想定であるが、それでも戦闘になりうるだけの数がいると予想されたからだ。


 検討の結果、司令部は琵琶湖周辺のモンスター討伐を作戦の最終段階に位置づけ、先に濃尾地方への進出を優先することとした。

 琵琶湖の湖南地方でモンスター討伐を行い通路の安全を確保。国道1号線にそって甲賀市に入りそこから複数のルートを使い三重県経由で愛知県に入ったのである。

 その後、各部隊は散開し濃尾地方の各地へ展開していったのであるが。


「これは……嬉しい誤算、と言っていいのか」

「はい、そう言っていいかと。戦力の温存が出来ましたので」


 そう答える部下の声は明るい。

 本来であれば各地に展開した部隊は各個にモンスターを討伐。大規模なモンスター群に遭遇した場合でも集結できるように展開することになっていた。

 しかし散発的な遭遇はあるが戦闘と呼べるものは起こっていない。どれも駆除といえるレベルのものばかりだという。

 作戦は順調だといえる。


「すでに主力は岐阜に移動し、西――滋賀方面からの襲来に備え始めています」

「たった3日でそこまで動いたか。順調、と言っていいのだが……」

「何か?」

「釈然としない」


 そう言って椎木は眉をひそめた。

 状況は良い方に進んでいる。この方面でこのまま大きな戦闘がなければ万全の態勢で滋賀のモンスター群の掃討にあたることができる。

 あるいは他師団から部隊を派遣してもらい東西から挟み撃ちも可能となる。

 取れる手段が増えてきているのだ。良いことづくめのはずだ。


 しかし腑に落ちない。納得できない。何かがおかしい。

 なぜこんなにモンスターがいない。いなければいけないはずだ。

 なのに、いない。

 なぜ。

 そんな想いが椎木の中を駆け巡る。


『椎木よ』

「!?」


 その瞬間。自分の名前を呼ぶ声が、涼やかな風の様に椎木の脳裏を吹き抜け思考が軽くなった。


「どうされました隊長」

「い、いやなんでもない」


 どうやら今の声は椎木にしか聞こえなかったようだ。

 待たせている「客」がしびれを切らしているのだろう。


「実はこの後京都まで行かなくてはいけない。案内しなくてはいけなくてな」

「……ああ。もしや例の御方ですか」

「そうだ。京都までのモンスターは一度駆除してある。危険性は低いが念のため今回も一部護衛を連れて行く。同行する隊の選出を行ってくれ」

「了解しました。この後すぐに行います」


 うむ、とその返事にうなずいた椎木は改めて先ほどの話を続ける。

 先ほど思考が軽くなったことで浮かんだことが1つあったのだ。


「そもそもだ、我々は皆、なぜ東にモンスターが多数いるはずだという前提になっていた」

「それは――」

「13年前の件と、この10年繰り返されたモンスターの襲来のせいだ」


 部下が言葉にする前に椎木が言い切る。

 間違いなく、この2つの事実が自衛隊のモンスター感に影響を与えているはずだ。


「13年前のあの大量のモンスターやその子孫がまだ東日本には残っているはずだ。毎年あれだけ攻撃的に襲ってくるからには東から西へ来るだけの理由があるはずだ」


 ここで椎木は、大陸からの神官フェルナンドが吉井川防衛線に襲来するモンスター群を見て言った「なぜ、あれほど怯えているのじゃ」と言ったことを思います。

 あのモンスター共が本当に怯えていたのだとすると、おそらく毎年に西に向かってきていたモンスター群は、東での生存競争に敗れて逃げてきたからだったのだろう。敵から追われたから怯え、新たな地を得るため遮二無二西に逃げ暴走状態スタンピードを起こしていた。


「その為にも東にはもっとモンスターがいなければおかしい。だが現にいない、と。結局我々のモンスター感は過去のモンスター大襲撃に縛られている」


 この思考から抜け出さない限り何か大きなしっぺ返しがあるのではないか。

 前提が間違っているのではないか。

 現在の作戦が順調な分、そんな不安を抱いてしまう椎木である。


 せめて、自分が再び部隊に戻るまで何事もないことを思わず祈った。



『わらわに祈ってよいのじゃぞ』

「丁重にお断りする」


96話です。

97話は書き終わってますが一度置いて、手直し後投稿したいと思います。

問題がなければ火曜日0時に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おかえりなさい。 [一言] 6年ぶりおかえりない。更新楽しみにしてます。
[良い点] おかえりなさい [一言] よみかえさないと
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