第94話 見えない繋がり
「――つまりね、長距離の無線が完全に使えなくなっているわけじゃなくて、電離層や対流層なんかを利用した無線は」
「待って。何を言っているのか全く分からないから!」
今回のクエストにかかる説明と称して、延々と「無線」とやらの話しをする佐保に、堪り兼ねたリタが静止をかける。
「え~そんなに難しい話しはしてないでしょ! 2人なら理解出来る様に言っているんだけど」
「たぶん……このまま目的地に着くまで説明受けても、理解出来ないって事は理解出来た」
「同じく」
「……はぁ~」
今までの説明は無駄な時間だったか――と、佐保は脱力し座席の背にもたれかかる。
岡山を発ち、東へと向かう車内。既に岡山の師団が通り過ぎた道をたどっているため、車が通れないような道はなくなっているが、時折大きく車体が揺れる。
脱力したままその揺れに身を任せている佐保を、フリオとリタは困った顔で見ていた。
佐保が一生懸命かみ砕いて説明してくれているのは、雰囲気で分かっているのだが、話しの内容を理解するための前提条件が2人には一切ない。
2人の理解力は非常に高く頭も良いと言えるが、それはあくまで大陸基準での話だ。
技術的な話などここで説明されても理解など出来るはずがない。
(そもそも、そう言う話ってこのクエストに要るのか?)
そんな想いもフリオの中にはある。
とは言え、技術的でない話しは理解が出来た。
「かみ砕くと、トキコの話しはこういうことだろ。日本には遠い場所と話しが出来る技術がある。これは俺も知ってるよ。デンワだっけ? 前回日本の来たときに話しを聞いたけど」
「――ちょ~っと違うけど……まあいいわ」
前回来日したフリオたちが、下関に向かう車の中で電話のことが話題になった。
その際に、無線通信については外務省の田染が敢えて説明しなかった。
その為、フリオにとって日本の通信手段というのはすべて「デンワ」という認識になる。
その辺りの説明をしようとおもったんだけどな、と考えながら、座席の背に預けていた体を起こし、佐保が投げやり気味に返事をした。
まだ気力は回復してないようだ。
「それで、その技術はたぶん神霊力の影響で使いにくくなっている。けど全く使えない訳じゃない。不安定だけど稀につながったりする、でいいかな?」
「……分かってるじゃない」
「いや……これだけで済む話しなら、デンパがどうとか技術の話しは要らないんじゃないか?」
「その辺りも説明した方が分かりやすいかなーって」
「トキコ、要点だけで良かったわよこれ」
「うん、そう思う」
2人にそう責められるが、佐保も当初は簡素に説明を済ませる気だったのだ。
それでも説明している内に、あれもこれもと話しが広がりまとまりに欠けた説明になったのである。
(プレゼン力が足りてないわ……)
そう頭を抱える佐保であった。
ともあれ――
「長距離の無線には自然現象を利用した物があるの。ただ、元の世界でも不安定だった物で、こっちじゃ更に不安定になってるわ。それでも、そのおかげで前々から東に人が生き残っていることは分かってた」
民間レベルでもそれは周知だった。ただ、政府が公式見解を出していなかっただけである。
その辺りのいきさつは、紀伊半島での生存者発見にまつわる一種の茶番劇に協力した冒険者ギルド上層部も既に知っている。
さすがに、一介の冒険者であるフリオには初耳であるが。
「あんまり不安定なので、ほとんどの通信が断片的に単語が聞き取れる程度しか繋がってないの。ただ、今回見過ごすことの出来ない通信を自衛隊がキャッチしたわ。その無線の発信者を探すこと。それが依頼の内容よ」
「ああ、理解できた。副支部長からは「東日本での人探し」って説明を受けていたけど、そういうことか」
そう口にしながら、岡山に向かうバスでの一件を思い出す。
フリオが東へ行きたがっていたこと。何か功績を挙げたがっていたこと。日本支部副支部長であるエドモンドはそれを見抜いていた。
その機会を、こうして用意してくれたのだ。
副支部長が一介の冒険者になぜわざわざ、という気はするが考えてみれば理由はある。
1つはエドモンド自身が言っていた通り、フリオが日本支部にとっての恩人であるからだろう。
そしてもう1つは、佐保との知り合いであるということだ。
(実力を買われたわけじゃない)
不意に後ろ向きな気になる。
日本支部への恩も、佐保と既知になれたのも幸運の賜物だ。
実力でこのクエストを要らされたのではない。
なんとなく分かっていたことであるが――
ゴン――と、後ろ向きな思考に耽るフリオの頭が小突かれた。
「っ!?」
「……」
隣の席で、リタが片手を突き出していた。
自分を見るフリオに、一瞬だけ眉をしかめ手を引っ込めるリタ。
(……見抜かれてるな)
リタの仕草の意味を察し、フリオは思わず自嘲的な笑みを浮かべた。
フリオの考えは今更である。
こんなこと彦島で分かっていたはずだ。
自分たちは今出遅れていると。
分かっていたはずなのに油断するとこれだ。
こんなに自分は後ろ向きな性格だったのかと、フリオは愕然とした。
考え続けているとずるずる深みに陥り動けなくなりそうな恐怖。
(それでも)
隣のリタの横顔を見る。
横目でこちらを見るリタと視線が合う。
どうしようもなく後ろ向きになったとしても、大丈夫だ――
こうして引き留めてくれる頼れる相棒が居る限り、自分は前に進めるだろう。
(そうだ。今更だ、今更なんだよ。運だって良いじゃないか)
そう繰り返しながら心を奮い立たせる。
望んでいた切っ掛けが出来のだ。
出遅れを取り戻す機会がやって来たのだ。
冒険者として名を上げる手立てが目の前にあるのだ。
今は余計な事を考えずそれに飛びつけばいい。
(やってやろうじゃないか!)
(っとに面倒くさいわねぇ)
そんなフリオの心中を見透かし、リタは内心で嘆息する。
吹っ切れていないだろうとは思っていたが、案の定だった。
フリオが、下手に賢いだけに頭で考えて立ち止まる質であることは、十分に理解しているリタである。
横から見ていて勝手にどつぼに嵌っていく心情が手にとる様に分かった。
そして、自分ささない行い1つであっさり立ち直っていく様も。
(面倒なくせに単純よね……でも)
そこが好きなんだけど、と惚れた弱みからそう思ってしまうリタであった、
(爆発しろコイツら!)
話の途中で、突然始まった無言の惚気を見せ付けられた佐保は、声に出せない叫びをあげた。
フリオが情緒不安定になっていってる……
次の話しは4割がた書けています(この話で入れる部分を分けた)ので、数日中には投稿出来る様頑張ります。




