第8話 心構え
「やはり至急行動する必要があるな」
真剣な表情でそうフリオは言った。
今日の日程をすべてこなしホテルへと帰り、全員を部屋に呼んでのこの一言。フリオとしてはパーティーリーダーとして重要なことを言ったつもりだったが、それに対する反応は大変芳しくないものであった。
「おいしいわねこのお菓子。どうしたのこれ?」
「ホテルの向かいに有名なお菓子屋あったんで、昼間の内に買ってきました。和菓子といいまして、この緑茶に合いますよ」
「あ、ほんとだ」
「うーん、俺はあんまり甘い物はな。酒が欲しいところだが、まあ今夜は歓楽街を案内してくれるそうだからそれまで我慢するか」
「コルテスさんは今日の店を見て気づかれましたか」
「うむ。陳列や飾りで誤魔化してはあるが、元々の棚の広さに対して品数が少ないようだったの」
「最後に行った店はずいぶん古い品も置いてありました」
「店だけではない。移動の間道を見ておったのだが、大通りは綺麗に整備されておるが脇の道などは長く整備補修されていないようだったぞ」
「やはり、この国が資源不足というのは本当らしいですね」
「そうじゃな。とはいえ、この技術には目を見張るものがある。はやく用事を済ませてゆっくり見て回りたいのだが……」
「……」
誰1人自分の言葉を聞いていない様に、フリオはうなだれる。
「昼間散々楽しんだ方が、今更そんなこといっても説得力がありません。フリオ坊ちゃま」
「坊ちゃまは止めてくれって言ってるだろ……」
ラトゥの言葉に力なく抗議する。
実際問題、周りに昼間買い込んだ品を積み真面目な顔で「至急行動する必要がある」などとのたまっても説得力がない。
とはいえ、至急行動しなければいけないのも事実であった。
今日一日の行動でフリオは1つ確信した。日本側はフリオたちに対して観光案内に徹するつもりなのだと。
エレベーターを使えばすぐに済むところを、わざわざ内部を見せるという名目で階段を使い降りることになった時。
昼食を海に張り出したレストランで取るため歩いて移動した時。
この街の中心街を見せるため、目立たないようこの国の服に着替えさせられ、武器の取り扱いについて問答の挙句車に預けたまま街の中心部を回った時。
フリオたち向きだという名目で、郊外のアウトドア用品店に連れて行かれた時。
どれも交渉に来た人間に対するものというより、観光客に対する扱いと時間の取り方であった。
しかも、妙に段取りが悪くコースもあっちに行ったりこっちに行ったりでやたら時間を食うのがフリオを苛立たせていた。
「その割には随分楽しんでらっしゃいましたね」
フリオの愚痴にラトゥは冷たく返す。
確かに、フリオも途中から街の様子に心奪われ、アウトドア用品店では後払いと言う形で冒険に役立ちそうな道具を衝動買いまでしてしまっていた。
「むむむ……」
「何がむむむですか。まあそれはいいでしょう。それで、どうされるおつもりですか?」
「これから田染さんに掛け合って、明日からの日程を――」
「無駄ですね」
「!!」
ラトゥはそう言下に否定する。
「フリオ坊ちゃまは、交渉そのものはともかく、その下準備の経験はあまりなさそうですね」
「……」
憮然とするフリオだったが、ラトゥの言う通りである。
過去に受けたクエストの交渉は、そのセッティングまでは当事者同士で行われており、フリオが行うのは交渉そのものであった。その下準備や事前折衝を行ったことはない。
少し考えれば分かることだが、その頃のフリオが受けることが出来るレベルのクエストなのだから交渉事だといってもそこまで煩雑なものが回ってくるはずがない、これが更に難易度の高い交渉クエストならばそういったことも行うことになっていくのだろう。
「そもそも、あの人たちはこっちに協力する気、というか交渉させる気はあるのか? 1度も俺たちの目的に関する話が出てないんだが」
「ああ、やはり気づかれましたか。その通りです」
その言葉にフリオ、そして横でお茶を飲んでいたリタが反応する。
「どういう事だよそれ!」
「言葉通りの意味です。彼らは今回我々の目的である冒険者ギルドの設置に向けた交渉を受ける気はないようです」
「知っていたんですかラトゥさん!」
「だったらなぜ先に言わない!」
憤る2人に、ラトゥは顔色も変えずに答える。
「様子を見ていたのですよ。そもそも、今回のクエスト以前にベルナス商会からこちらの取引相手を通じて打診したことはあるのです。断られましたが。ですが、今回冒険者ギルドからの正式な依頼があると彼らは交渉団、つまり我々を受け入れました。ですから、もしや考えを改めたのかと今日1日様子をうかがったのです」
結局その気はなかったようですが、と嘆息気味に付け加える。
ラトゥから知らされる事実にフリオとリタは愕然とした。パーティーリーダーとして悩んでいたフリオはもちろんだが、リタもクエストを忘れて観光を楽しんでいたわけではない。
ただ、過去に受けた交渉クエストの経験からなんとかなるだろうと事態を楽観的にみていたのだ。もちろん、制限解除後初めて受ける高ランクのクエストだ。交渉自体は大変だろうと思っていた。しかし、そもそも交渉する以前の話だとは考えていなかったのだ。
「ど……どうしよう」
「無理じゃないか……相手にそもそも交渉する気はないのに、どうするんだよ」
5年前に冒険者となって以来、2人はこれまで困難なことはあっても順風満帆な冒険者生活を送ってきたといえる。受けたクエストも、力量が足りずに放棄したことはあるが、達成までの道筋がないクエストなど受けたことはなかった。
もちろん、今回も放棄するという選択肢はある。
しかしこれだけ大勢が関わり手を尽くしたクエストだ。それを放棄したとあっては今後の冒険者生活に影響するだろうが、適当なところで見切りをつけるのも冒険者の資質だ。
(どうすりゃいんだよ……田染さんたちにその気はないって、つまりこの国にその気はないってことだろ)
(そもそも、そんな条件でのクエストなんて不備じゃないの)
(たかだが冒険者に国動かせっていうのかよ)
(そうよ、ギルドのクエスト設定ミスだわ……)
だんだんと考えが後ろ向きになっていく2人を周りは様々な目で見つめる。
ラトゥはいつもと変わらず冷静に、黒須は人一倍痛ましそうな目で、テディとフェルナンドも心配そうに見つめるがそもそも冒険者ではない2人にはかける言葉がない。
そしてヴォルフは、
「で、どうするんだパーティーリーダー。ここでクエスト放棄か?」
口調こそいつもと変わらず軽いものであったが、真剣な目つきでそう尋ねた。
その言葉を心の後押しに、思わず放棄しようと言い出しそうになったフリオだったが、ヴォルフの目に気づき思いとどまる。
「俺は今夜の酒が楽しみなんでな。あんまり迷ってその時間が短くなるのはごめんなんだがね、リーダー?」
重ねてリーダーと問われる。
フリオも気づいていた。これは今回のクエストを受けたこのパーティーのリーダーであるフリオが決めるべきことだ。パーティーリーダーというのは単なる代表者ではない。いざというときの決断を下す役割も負わなければいけないのだ。
「フリオ、今回のクエストは放棄してもしかたないわ。最初から達成不可能なクエストだったのよ。もちろん、事前調査が不足だったのは私たちのミスだけど」
「そいつぁ思い違いだなリタ」
「どういうことよ?」
「お前さんたち、今まで何度かクエスト制限解除ってのはあっただろ?」
ヴォルフの問いにリタは無言でうなずく。
確かにこの5年間で、フリオたちは何度かクエストの制限解除は受けている。
「だが、先日お前さんたちが認められた制限解除は冒険者たちの中じゃ特別な扱いになっている。何でだか知ってるよな?」
「……いわゆる高レベルクエストを受けられるようになるからです」
「そうだ。それまでの解除がクエストの種類と単なる難易度の差でしかないのに対して、ここからは質そのものが変わる」
「……」
「……」
まるで教師から教授を受ける生徒のような神妙な面持ちで話に耳を傾ける2人。
「1つ聞くが、今までクエストで力量が足りずに放棄したことはあっても、達成そのものが無理なクエストや達成条件が見えないクエストなんてあったか?」
「いや、そんなクエストは……」
「当然ないだろうな。なぜなら、達成可能なクエストしか提示されないからだ。この制限解除までに提示されるクエストは、それが武力であれ学力であれ交渉力であれ調査能力であれ自分の力量さえ高めれば達成できるものだけだ」
「つまり、制限解除後の高レベルクエストは」
「単純に力量上げるだけじゃ達成できないクエストもあるってことだ。ま、ここからは応用編だな」
「くっ……」
リタは唇を噛みしめる。
自分の甘さに気づき情けなくなった。
この5年間順調にいったおかげで自分たちに失敗はないと心のどこかで思っていた慢心に気づいたのだ。
今回はまだ命の危険がないクエストだからよかった。だが、これが戦闘クエストだったらどうだったろうか。
自分の甘さに気づいたときは取り返しのつかない事態になっていた可能性が高い。
自分はフリオよりしっかりしていると思いを抱いていたが、なんと滑稽な思い違いだったかと恥ずかしくなる。
きっとヴォルフには道化にでも見えていたのだろうと思い、悔しさに全身が震えた。
そんなリタを見るフリオも気持ちは同感であった。己の甘さが情けなく恥ずかしくそしてなにより悔しかった。
(放棄すればいい? この先の冒険者生活への影響? そんなんじゃないだろ!)
高レベルクエストへの制限が解除されたということは、そんな無茶ふりができるだけの冒険者になったとギルドが彼を信頼し認めた証だといえる。
それをいきなり放棄するというのは、その信頼に泥をぬるということだ。
そして何より、それだけの冒険者になれたのだという自分へ誇りを投げ捨てるようなものだ。
(放棄はダメだ。まだ何もしていないじゃないか。せめて、やれるところまではやってからだ)
諦めかけていたフリオの表情に、目に、光が宿る。
そんなフリオの様子に、ヴォルフがニヤリとした。
どうやら彼に認められたらしい。ここでフリオが折れるようならば、彼は2度とフリオを認めてくれなかったのではないか。そんな予感がフリオにはあった。
気が付くと、リタもいつの間にか力のこもった目でフリオをジッと見ていた。
どうやら彼女も彼女の葛藤を乗り越え、フリオと同じ結露にたどり着いたようだ。
(さすが俺の相棒だ)
(当たり前でしょ)
お互い無言でうなずきあう。
5年も苦楽を共にした仲間だ。この程度言葉に出すまでもない。
(だけど、問題は何も解決していない。どうする)
そんな内心を見透かしたヴォルフが助け舟を出してくれた。
「まあギルドも鬼じゃない。高レベルの中でもこの手のクエストはな、提示する相手を選ぶんだ。一見無理そうなクエストであっても、達成する可能性がある冒険者にな。さて、お前さんが選ばれたわけは何だろうな」
「俺が……」
そう呟き、タンゲランでのことを思い出す。
条件が合わず受ける事の出来る者の限られたクエスト。そのくせ、フリオに受けさせるべく仕組んだギルド長。
手回しの良い兄の率いるベルナス商会のバックアップ。
(……結局、そこか)
「……」
フリオに視線を向けられ、黙って事の推移を見守っていたラトゥは「やれやれ」と首を振ると口を開いた。
「あの女の甘さには呆れますね。クエスト1つ提示するのに、実家の七光りだとフリオ様のプライドが傷つかないようにわざわざはめたり、こうなることを見越してヴォルフのようなベテランを同行させたり。まあ、私を遣わした旦那様も甘さでは同じようなものだと思いますが」
「それを全部暴露するお前の方が俺は呆れるがね」
(あの女ってタンゲランのギルド長のことか)
ラトゥは元冒険者。それも商会に引き抜かれるくらいだから相当優秀だったことは推測できる。ならば長に面識があっても不思議ではないとフリオは考えた。
「確かに、私には今回の事態に対する手立てがあります。ただし、それは直接問題を解決する類ではありません」
「……どういうことだ?」
「今回の目的達成のためには、何故日本が冒険者ギルドの設置を拒むのかを、つまり日本の内情を知らねばなりません。私ができるのは、それを知る人物との橋渡しです」
「つまり、ベルナス商会の伝手ってことだよな」
「もちろんです」
実家に思うところはないフリオだが、それでもお膳立てされているという状態はおいそれと乗っかることは躊躇うものがある。
やると決意はしたが、ここに及んでも余計なプライドが邪魔をするのだ。
「……フリオ様、老婆心ながら申し上げさせていただきます」
「ん?」
「今後フリオ様が受けられるクエストは、今までの様に1人、あるいは仲間だけで達成できるものだとは限りません。仲間以外の多くの者の力や見識、協力があって初めて達成できるのです」
そう語るラトゥの声には、何時もにはない熱があるようにフリオには感じられる。
悩むフリオの姿に、昔を思い出しているのだろうか。
「その口先で戦争を和平へと導いた者も、伝説の武器を携えドラゴンを打倒した者も、多くの協力者の力を借りてそんな偉業を成し遂げたのです。多くの協力があればこそ、たかが冒険者が国を動かし倒せぬ脅威を倒したのです」
ここでベルナスの力を使うことは恥ではありません、とは口にまで出さない。言わずとも分かることであるし、また口にするものでもないだろう。
「……」
フリオは黙って仲間の顔を見る。
ヴォルフは言うべきことは言ったとフリオの決断を待っている。テディとフェルナンドは協力を惜しまないといった表情でフリオたちを見ている。黒須は、相変わらずの表情であったがフリオの顔が向くと何度もうなずいてみせた。リタは先ほど感じた熱など初めからなかったかのように、いつもの冷静な表情でいる。
最後に、相棒であるリタを見る。そのグリーンの瞳に力を込め、うんと大きくうなずいた。
「分かった。ラトゥ、その人物を紹介してほしい。それと……改めて、皆に協力をお願いしたい」
「お願いします!」
「俺は今回パーティーメンバーなんだ。ま、当然だな」
「その為に遣わされているのですから。そうですよね、アラン・クロス」
「え、ええ! もちろん、自分は、今はベルナス商会の一員ですから」
「無論協力はさせてもらうぞ。まあワシの依頼も忘れんで欲しいものじゃがな」
「同じく。僕としてはこの国で少しでも多くの物を見られれば満足ですがね」
フリオは、なんとも頼れるとは言い難い物言いが多いがこんなもんだろうなと思い苦笑いを浮かべ、この後について話を始めた。




