閑話 鬼退治
『卑怯者めが……』
深い憎悪の念を込めながら、鬼は洛中を睨みつける。
大江山から都へと上り、愛宕山を根城とし、名立たる大妖怪と京を舞台に覇を競いあい早数年。
それがよもやこの様な形で終わりを迎えるとは想像もしていなかった。
鬼は北東の方へと顔を向ける。
鞍馬寺を根拠地とし、比叡山から湖西方面にかけ勢力を持ち、洛中で争い合いながら琵琶湖周辺のモンスターとも渡り合っていた大天狗。
洛中を追われながらも、大阪、奈良、神戸と西に眷属を送り威を伸ばし帰還を狙い続けた蜘蛛。
その蜘蛛を洛中より追った、四方を敵にし荒れ狂う混成の獣。
そのどれもが、今や無残を晒している。
鞍馬天狗は眷属悉くを討取られ、北へと逃げ去った。
土蜘蛛は、昨年大阪に送り込んだ子を討取られたのに続き、各地に送り込んだ眷属もこの侵攻で打倒され、自身も粉々に吹き飛ばされた。
鵺は、ただ一匹で未だ市中で暴れまわっているが遠からず敗れるだろう。
かなたで、この街一番の塔が崩れる様が鬼の目に見えた。
よもや、街の破壊を厭わぬ攻勢で自分たちを討ちに来るとは考えもしなかった。
『いや……』
いや、違う――とつぶやく。
そこまでの覚悟がなければ、街に傷つけぬようなどという甘い考えを持ったままでは、我らを討つことなど出来ようもない、と。
この世界に顕現した時から、必要な知識は持っていた。
やつらがこんな手に打って出るはずがないと高を括っていた。
『それがこの様か』
鬼は周囲に目をやる。
今、鬼が立つ愛宕山を下った先にある学び舎の周辺には、生き残ったわずかな配下どもが集っている。
昨日までは百を超えた配下たちだったが、今や両の手で数えるほどしかいない。
熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子――名のある配下ももはや1体のみ。
『頭……』
その残る1体。茨木童子が背後に現れた。
見れば全身に銃痕と火傷があり、未だ流血は止まらない。
まさに満身創痍だ。
『茨木。よもやこの酒呑童子が、かような負けを喫するとはな』
『……』
『だが、酒でだまし討ちされるよりはまだましであっただろうか?』
『……』
『茨木?』
返事がないことを訝しみ、振り返ってみれば、既に茨木童子は息絶えていた。
いや、茨木童子の体に熱も力も感じない。
とうにこと切れていたのだろう。
『居場所が割れたか――』
(卑怯者めが!)
再び憎悪を深め、酒呑童子は東の空を睨んだ。
人よりはるかに優れた耳は、この地へと今まさに飛んでくるソレをとらえていた。
鬼が口にした通り、ソレは正確に鬼の立つ場所を狙っている。
『今更迫撃砲如きでなんとするかー!』
そう叫ぶと共に、神霊力を込めた大金棒を振るい、跳んできた81mm迫撃砲弾を叩く。
金棒が弾頭の信管に触れ弾体内部の炸薬が爆発。高校の校舎諸共に酒呑童子を飲み込んだ。
『ふんっ!』
が、無傷。
鬼の鋼のような剛肌と神霊力の前では効果はない。
『者ども!』
酒呑童子は最期に集った配下どもへと呼びかける。
今の迫撃砲による攻撃は配下たちにも降り注いでいたが、さすがにここまで生き残った強者たち。
討取られたものはいなかった。
『今生の別れぞ! よき敵と戦い冥府での土産話にせん!』
『おー!!』
『お頭万歳!!』
『酒呑童子様ばんざーい!』
『うおおおーー!!』
『さらば! また逢おうぞ!』
そう叫び飛び降りたと同時に、校舎は砲撃により残骸と化す。
降り注ぐ砲弾と砲撃音を背に、鬼たちは敵を求め飛び出して行った。
『どこじゃ! どこにおる卑怯者めが!』
せめてこの憎悪をぶつけ、そして散ろう。
そう思い定め酒呑童子はその姿を探す。
『うわぁぁぁぁ!!』
『ギャアアアアア!!』
そこかしこから聞こえる、配下の雄叫びや断末魔を耳に刻みながら駆ける。
虎のように地を駆け、時に猿のように跳ねながら。
府道を東に駆け抜け東の池へとたどり着く。
そこに、池の対岸に集団が居た。
『存外に近い。彼奴等、この倍の距離でも優に届こうに』
鬼に気付いた集団――緑色の服を纏った人間たち、陸上自衛隊の隊員が池の対岸からこちらへと小銃を構え引き金を引いた。
が、迫撃砲すら効かぬ身に、今更ミニミ程度が効くはずもない。
牽制でしかない。
『よほどワシを近づけたくないか。小賢しい!』
が、鬼も彼らに用はなかった。
彼らの使う銃や砲は、小賢しくはあるが卑怯ではない。
弓馬の道という言葉がある通り、武士――戦う者にとって飛び道具は当然の技能。
故に、彼らは鬼にとって、他の大妖怪との戦いを横合いから邪魔した敵ではあるが、憎悪をぶつけるべき卑怯者ではなかった。
肌にチクチクと感じる弾丸を無視しつつ鬼は駆け続ける。
自衛隊は各地に分散し攻撃を仕掛けているだろうが、今ここにいる者たちが直接自分を攻撃してきた隊であることは間違いない。
ならば、彼の卑怯者も近くにいるはずだ。
(どこじゃ!? どこに――)
『ぬおっ!』
思わず叫んだ。
それまでのミニミによる鬱陶しいだけの弾幕とは別方向、背後から放たれた一発の銃弾が鬼の身を貫いたのだ。
馬鹿な――と驚愕する。
今の銃弾には確かに、神霊力を感じた。
弾道の方を見れば、その手に狙撃銃M24SWSを構えた1人の自衛隊員と観測員の姿がある。
確かに、自衛隊が使う砲弾には神霊力が込められていた物があった。
だが通常使う銃弾に込められていたのはこれが初めてだ。
現に、今この瞬間も自分に放たれているミニミのNATO弾には神霊力は欠片も込められていない。
(そう言えば)
不意に気づいた。
先ほどの茨木童子の身体。あれには弾痕があったではないかと。
酒呑童子と同じく、小銃程度では傷つけることが出来ないはずの身に傷をつけた者。
『そうか、お主か』
あれが、茨木童子を討取った猛者なのだと。
隊員が再び引き金を引く。
弾は空を切り裂き、酒呑童子の左肩を貫いた。
続けてもう1発。今度は鬼が先に動いたためかすめただけ。
『これまでか……』
そう呟き、酒呑童子は観念した。
せめて卑怯者を探し出して終わりにしたかったがどうやらその時間もないらしいと。
ならばせめて、
『よき猛者と戦い、わが冥府の旅路のはなむけとせん!』
片手で、大の大人よりもなお重い金棒を掲げ200mほど先にいる自衛隊員へと向かい駆ける。
酒呑童子の突撃に、2人の自衛隊員はその場を離れ右手の道へと入っていく。
『その先は――』
そこにあるのはグラウンドだ。
なるほどそこで決着か、と鬼は納得する。
きっとそこには、今の者だけではなく他にも待ち構えているだろう。
だがそれでも善い。
華々しく散れるならそれも善いと、酒呑童子はグラウンドへと飛び込む。
『!?』
意外にも、グラウンドの先で待ち構えていたのは先ほどの2人だけであった。
訝しく思う気持ちもあったがこの期に及んで雑念は無用と、鬼はグラウンドを突っ切る。
『酒呑童子の最期をその目に刻め!!』
『はい。確と――』
鬼の動きが止まった。
否。止められた。
大金棒を振り上げ、前のめりに全力で駆ける姿勢のまま、2mを超える酒呑童子の巨躯はピクリとも動かなくなっていた。
『金縛り――お、おのれ……貴様は、貴様という奴は!!』
唯一動く眼を下に向ければ、そこには巨大な文様が浮かび上がっている。
まんまと罠に誘導された。
『いけませぬ、いけませぬ。相変わらず智慧が足りませぬ』
鬼をあざけ嗤う声がする。
声の主を探し眼を走らせるが、見える範囲にその姿はない。
それもそうだろう。
『卑怯者めが……九尾、女狐がぁぁぁっ!!』
自分の全てを憎悪の念に変え、探し続けた最期まで姿を見せぬ怨敵に怨嗟の声を上げる。
(結局、「酒呑童子」は卑怯者に敗れるというのか!)
1つ乾いた音が鳴り、鬼の想い諸共に弾丸がその頭を射抜いて、全て終わった。
少し離れた鉄塔の上。
1匹の狐が口元の切りあがった深い嗤いを浮かべつつその全てを見ていた。




