表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
11/147

 閑話 クロスメモリー 2

 日本史上、いや世界史上例のない人間の大量死は全国各地で様々な混乱を引き起こしていた。

 警察・消防のみならず自衛隊まで出動する事態に発展していたのだが、それらに所属する人員にもそれなりの死亡者が出ており、十全の力を発揮することができないでいた。

 その上大量死以外にも問題はいくつも発生している。文字通り想定外の事態に、あらゆる機関が混乱状態にあったのだ。


 木村の悲鳴に何事かと顔をのぞかせた近隣住民に頼み警察に連絡を入れて、その警察が来たのは通報から30分以上経ってからだった。

 その間、俺と二宮は車から離れ木村を落ち着かせていた。

 震える木村に「大丈夫だから」となだめつつ車の方を見ると、付近の住宅から人が現れ車を覗き込んでは顔をしかめたり、俺たちと同じような反応を取ったりしていた。

 外に出ないまでも窓から様子を見ている住民もいる中、まったく反応のない家が何軒かあるが――きっと仕事に出かけ誰もいないのか、空き家なんだろう。

 綺麗な車が停められたままの家を見ながら俺は考えていた。居ればこれだけの騒ぎだ。外に出ないまでも様子くらいみるはずだと。だからこの家の住人は今居ないのだと。ポストの新聞を取る暇もないほどあわただしく仕事に出たのだろうと。


 やってきた警察は第一発見者である俺たちの住所を、生徒手帳で確認するとあっさり解放してくれた。

 こういう場合根掘り葉掘り質問されるものだと思っていたのだが、その会話を聞いて納得する。


「やっぱりここもか……」

「うちの管轄だけで何件目だ」


 どうやらここだけにかまけている余裕がないらしい。なら長居はこっちも無用だ。


「木村、お前1人で帰れるか?」


 言って少し薄情だったなと思ったが、生憎と当時の自分はそこでとっさに送っていこうと言うだけの機微を持ち合わせてなかった。


「……」


 俺の問いに首を左右に振る。

 仕方ないと木村に家に電話するようにいう。

 黙ってそれに従い家に電話をかける木村だが、電話に出た母親の声を聞くと安心したのか泣き出してしまった。

 俺と二宮はどうしようと顔を見合わせる。

 周囲は何事かとこちらを見ているし、俺たちを解放した警察もこちらの様子をうかがっている。

 しょうがなく俺は木村の携帯を受け取り代わりに説明することにした。


「もしもし。木村さんのお母さんですか?」

「貴方誰っ! 晃子に何をしたの! 晃子に代わりなさい!!」

「お、落ち着いてください!」


 予想できて然るべき反応だったが思い至らない辺り我ながら鈍かったなと当時を思い返す。俺もアレを見た混乱からまだ立ち直っていなかったのだろう。

 しばらくかみ合わない問答が続いていたが、見かねた警察が代わって事情を説明したおかげでどうにか事態は落ち着いた。

 それから再び30分もしない内に、木村の母親が車でやってきた。

 木村母は、警察に礼を述べ俺にも先ほどはすみませんでしたと謝り木村を連れて帰って行った。


「良かったな、変に逆恨みとかされないで」

「まぁいきなり電話口で娘が泣き出したらそりゃ驚くだろうけどさ」


 去っていく木村家の車を眺めつつ、今度こそここに長居は必要ないと俺たちは俺の家に向かって自転車をこぎだした。

 木村の自転車は車に乗せられなかったため、俺の家で預かることになり今は二宮が乗っている。

 自転車で帰れるなら家まで10分程度しかかからない、今度は余計な物を見ない様と俺たちは急いでペダルをこいだ。



「ただいまー」

「お邪魔します」


 家には誰もいなかった。

 車庫の車がないが今日はパートもないはずなので、母は買い物にでも行っているのだろう。


「黒須。テレビつけていいか?」

「ああ、いいよ」


 今に入るなり二宮はそう言った。

ずっと気になっていたのだろう、リモコンを手に取りさっそくテレビの電源を入れる。

 俺としてはネット情報を見たかったが、生憎部屋にはテレビがない。二宮を放って1人ネットを見ているのも何だか悪い気がして付き合うことにした。


『各地の死者の数は既に2000万人にまで達しているとの――』

『今回の事態に対し政府は特別対策本部を設置す』

『――はま漁港に来ています。見てください、本来はここにあるはずの漁船が一隻も』

『――さんのこだわりランチと――』

『つまりですね、衛星中継すらできないということは』


 ほぼすべての局が今回の大量死事件や学校で見たニュースサイトにあった事件を取りあげていた。一部通常放送をやっている局もあるがあそこは例外だ。

 二宮は自分が探しているニュースがないのか、次々とチャンネルを変えていく。


『続きまして、各地の交通情報をお伝えします』

「!」


 二宮の手が止まった。

 画面では新宿駅の様子が映し出されている。

 駅は人がごった返しており、それらを背景にアナウンサーが列車の運行状況を話している。と、帰宅途中なのか登校中に足止めされたのか、一部の学生がカメラに映ろうとアナウンサーの周りで騒ぎだした。


「ガキだなぁ」


 思わずつぶやく。

 何か中継があるたびによく見る光景だが、あんな恥ずかしい様子を全国にさらして何とも思わないんだろうか?


「……」


 そんな俺とは違い、二宮はじっとアナウンサーの言葉を聞き漏らすまいと食い入って見つめている。

 どうやら状況は思ったより単純なものだった。

 列車のダイヤの乱れは、今回の大量死が原因ではなく、海外との通信が取れないことが原因だった。つまり、海外との連絡が絶たれて数時間。それにより自分の資産を失い――あるいは大幅にマイナスになった一部の奴が、列車という文明の利器に頼ってこの世とお別れをしたせいらしい。

 ただ、その件数が過去にないものであったために、その乱れが首都圏全域に広がっているのだ。

 これなら、今日のダイヤは乱れたままかもしれないが前の震災の時の様に帰れない者が大量に発生することはないだろう。

 それを理解したのか、ようやく安心した顔をする二宮。


 だがニュースが伝える事態は深刻さを増していた。

 大量死が起きた時刻は今朝3時過ぎ。多くの者が眠っている時間だが、そうでない者もそれなりに居た。中には車の運転をしていた者もおり、全国の高速道路では深夜の事故が多数起きている。そのため、主要な高速道路は軒並み通行止めとなり、その割を食った形で各地で渋滞が発生している。

 それをさばこうにも、警察は管轄内から次々と入る死体発見の報に手いっぱいであり、さらには渋滞のせいで救急車や消防車が遅れ二次的被害も発生していた。

 二次被害は交通面以外でも起こっている。

 今回死んだ中には医者や介護を行っている者も含まれ、ある病院では急患に適切な治療を行える医師がいなくなり結果間に合わなかったり、あるいは介護をしていた者が亡くなり要介護者の痰の吸引がされず窒息死したりなど痛ましいニュースが次々に報じられている。

 テレビで報じられているだけでもこれだ。実情はさらに酷いことになっているのだろう。


「……」

「……」


 俺と二宮はただ黙ってテレビを見続けていた。



「ちょっと、アラーン! 帰ってるなら手伝ってー」


 テレビに釘付けになっていた俺の耳に、母の声が届いた。

 どうやら買い物から帰ってきたようだ。


「今友達きてんだからー」


 正直面倒くさい上に、友達の前で親の手伝いなんて恥ずかしかった俺は、大声でそう理由になってない理由を母に対して言った。


「いいじゃない。あら、彼女なの?」

「ちげーよ。それは……なんだよその荷物!?」


 自転車に名前でもあったのか勘違いした母を正そうとテラスに出て車庫を見ると、母は車からダンボールやら大きな袋やらを次々に下ろしていた。


「アンタが出て行ってすぐにお父さんから電話があってね。色々買わされちゃったわ。なんに使うのかしらね」


 そう言いながら母の下ろす荷物を遠目に見ると、ティッシュ・トイレットペーパーや洗剤に石鹸。電池や卓上コンロ用のボンベ。水に缶詰やレトルト、他食料品。

 その上に、見慣れない金属製の容器まである。


「その容器は?」

「え? ああガソリン入れるための容器よ。お父さんがホームセンターでこれを買ってガソリン買っておけって。ついでに、車も満タンにしておけとか。しかも、必ず買い物全部終わった後にしろっていうのよ。細かいわねぇ」


 ずっと街中をあちこち回っていたのだろう、母は心底つらそうにため息をついた。

 まあ愚痴を言いながらも父の指示を忠実にこなしているあたり、父を信頼しているのだろう。

 一方ここにいない父はどういうつもりなんだろうか。

 この指示の理由が今回の事件のせいだというのは分かるが、これではまるで震災の時我先に買いだめに走った馬鹿たちと同じじゃないか。


「黒須。電車もどうにかなりそうだし、俺帰るわ」

「お、おう。そうか。わりーな何も出来なくて」

「いや、気にするなって。じゃーな」


 そう言いながら玄関に向かう。

 ニュースで交通情報が確認できたのは確かに帰る理由であろうが、それなら携帯での情報で十分だ。本当はこのまま俺の家で遊んで時間を潰すつもりだったのだろうが、急にそれを止めた理由は――


「あ、おふくろ? ニュース見てるか? ああ、じゃあ今から――」


 ほら見ろ。さっそく買いだめに影響された奴が出てるじゃないか。

 電話をしながら駅へと向かう友人の背中を見て、俺は心中でここにいない父にそう毒づいた。



 その日の夕方。総理から今回の事態に対する発表があるというので、俺は部屋で中継動画を見るためネットを回りながら時間をつぶしていた。。

 テレビだと母と一緒に見ることになるため嫌だったので、昼間ネットをしていてそのまま中継を見ることにしたのだ。

 父はまだ帰宅していない。あの後も何度か電話があり、母は何度か外出を繰り返した。もっとも、車を使うような外出はなくすべて自転車だ。父からは車は極力使わないようにとのことらしい。

 昼間ネットで情報を集めていたおかげで、色々な情報が拾えた。もちろん、デマや未確認情報も大量にあるので注意は必要だが確実なところでは、


・係留されていた物を含むすべての洋上にあった船が港から消え、既に漁に出ていた船とは連絡が取れない。ドッグ入りしていた船は無事。

・空はごく少数の夜間飛行をしていた機体があったらしいが無事だとのこと。ただし、海外から来る予定の飛行機が時間になっても到着していない。また、海外便と沖縄や離島を結ぶ便が欠航している。

・海外とはあらゆる回線が途絶。衛星・海底ケーブルその他電波無線すべてがダメらしい。ネットは今国内限定状態。

・国内でも、沖縄をはじめいくつかの地域と連絡が取れない。

・死者は二次被害も含め既に2500万人を突破。


 あやふやな情報は他にもあったが確定しているのはこんなところだろう。

 何が起こっているのか分からないだけに混乱は起こってはいるが、通常通りの生活を続けている者が大半のようだ。謎だらけの事態が起きてはいるが、目に見えて何か災害が起きているわけではないのだ。社会はそんなことはで止まらないのだろう。

 ネット上でも色々な意見や憶測が飛び交いながらも、どこかお祭り気分が感じられる。死者が大量に出ているというのに不謹慎だと思ったが、自分だってアレを見るまではやはりどこか現実感を覚えなかったのだ。この時、実際に見てない者にとっては震災と違い即影響が出てないだけに奇妙な興奮だけが広がっていたのだろう。

そんな中、オタク系のサイトを中心にある言葉が広がりつつあった。


『異世界転移』


 マンガやアニメであるパターンで、特に素人が書くネット小説では1つのパターンらしい。

 それによると、その内外国がなくなったというニュースか別の陸地が現れたというニュースが出てくるはずだとのことだった。

 さらに一部では、どんな住人がいるかだとか魔法はあるのかだとか資源がどこからか出てくるんじゃないかとか技術格差でチートできるんじゃないかなど騒いでいる奴もいる。


「馬鹿だなコイツら」


 思わず口に出してしまった。

 まあ、ノリでやっているだけと信じたい。

 実際のところ、ネット上でもほとんどは至極現実的な話題に関する心配だった。

 海外に行っていた者はどうなったのかや、海外と連絡がつくまで国内はもつのかとか、船が全部消えたということは今日からしばらく漁が出来なくなり魚が手に入らなくなるのではとか。

 今のうちにガソリンを入れておけだとか、買いだめしろなんて話も出ている。なるほど、父はこれを見越して先手を打ったんだなと納得したが、やはりその行動は褒められてものじゃないと感じた。


「っと、そろそろ時間か」


 18時3分前。公式HPが重いのは先に確認していたので、適当な動画サイトで中継を見ることにする。

 動画には震災の際も何度も見た風景が映り、ざわざわとした記者たちや政府の役人が映っていた。

 しばらく時間を置き、記者会見場にスーツ姿ではなくジャンパーのような作業着を着た総理が現れた。

 ここ最近、政争でボロボロになり解散を迫られ追い詰められている総理だが、その顔色は昨日ニュースで見たものから極端に悪いくなっている。

 はたして何が発表されるのやら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ