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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第79話 旅の終わり

「あ、ああ……」


 一瞬の出来事であった。

 突如現れたそれの一撃に、50人の冒険者たちが地に伏す羽目になっている。

 駆け出しも、中堅も。売り出し中の者も、高名な者も。

 皆、抗うことが出来ぬ圧倒的な力。


「う……あ……」


 冒険者たちを見下ろす人の倍もある巨人。そして、それすら小さく見える巨大な影。

 月明かりに浮かぶその姿を、たった1人の少女、マイラだけが立ちすくんだまま見上げていた。





 自分の未熟さを指摘され、居た堪れなくなったマイラは思わずその場から逃げ出してしまった。

 月明かり以外頼る物の無い山道を何も考えず、ただただ恥ずかしさを振り払うようにがむしゃらに駆ける。

 駆けて、駆けて、駆け続け――そして運悪く、


『何やつ!?』

「ひぃっ!」


 巨人に出会ってしまった。


 マイラが参加している冒険者たちの目的は、世界樹を中心に広がる大森林の端を通る道を封鎖する巨人の一団の排除である。

 巨人たちの目的は不明であったが、おそらくこの巨人はその一団の斥候の様なものであったのだろう。

 駆け出しの冒険者であるマイラは突然の事態に逃げ出すことも戦おうとすることも出来ず茫然となる。

 一方巨人も、突如現れた人間に戸惑っているようだった。


 互いの動きが止まる。

 が、それも長くは続かない。


「マイラー! 大丈夫か!」

「おーい!」


 飛び出した少女を心配してか、数人の冒険者がマイラの来た道からやってきたのだ。

 巨人の身長は人の2~3倍。

 その姿に冒険者たちはすぐに気が付く。


「巨人!?」

「ここまで来ているのか!」


 マイラと違い、彼らの行動は迅速だった。

 1人が用意していた笛を咥え吹き鳴らす。

 即座に笛は、甲高い音を山に響かせた。


『!?』


 一方、巨人の方もその動きに対して、腰にしていた角笛を手にすると力いっぱい息を吹き込む。

 今度は低い音が山々に木霊した。


 かくして、冒険者・巨人共に予期しえなかった遭遇戦が行われることとなった。



 笛の音に呼ばれ、次々と冒険者と巨人が互いに武器を手に集まり、そこかしこで戦闘が始まる。

 何の下準備もない泥縄的にはじめられた戦闘であったが、元々巨人と戦うために行動していた冒険者たちの方が心構えの分有利だった。

 戦局はやや冒険者たちが押す形で進む。


 先ほどの一件が未だ尾を引いていたマイラであったが、自分が原因で始まった闘いを逃げ出す様な卑怯者ではない。

 足手まといにならぬ様、愛用の剣を手に巨人へと挑んでいった。


 半時ほど過ぎた頃であろうか。

 突如、地響きが彼らを襲う。

 地震かと何人かが警戒するが、地響きは徐々に大きく近づいてくる。

 やがて、巨大な影が冒険者たちと巨人たちを覆った。



「――聞いてねぇぞ」


 そう言ったのは冒険者の1人。

 多くの冒険者たちが、その姿を一目見て悟った。

 どうして巨人がこれほどに集まって行動していたのかを。


「巨神がいるなんて聞いてないぞー!!」


 巨神――巨人の上位種。古龍や深海の主などとともに語られる、大型モンスターの中でも最上位中の最上位。

 伝説の時代から生き続ける、他のモンスターとは一線を画す存在。

 並みの巨人など足蹴に出来そうなその巨体は、人の10倍近くはあろうか。

 その姿は確かに、一目見れば他のモンスターと同一視することは出来ないと感じられるだろう。


『……』


 巨神は、己の眷属と戦う冒険者たちをジッと見ると、手にした武骨な固まり――良く見れば鎚だと分かる――を振り上げる、誰もいない地面にそれを叩きつけた。


「!?」

「うぉ!」

「きゃあ!」


 その場のみならず、山全体に巨神の神霊力が奔る。

 足元から這い上がる神霊力に絡め取られ、冒険者たちは一斉に地に倒れ込んだ――マイラただ1人を除いて。


「あ、ああ……」


 何が起こったのか分からずマイラが立ちすくむ。


「う……あ……」


 見上げればそこには巨大な人影。


「に、逃げなさい……」


 地に這いつくばる冒険者の1人がマイラにそう言った。

 この冒険者の一団のリーダー格で、この辺りではなかなか名の知れたベテランだったはずだ。


「に、逃げる……?」


 逃げてどうなる。

 そもそもこの事態が、マイラが己の未熟さに耐え切れず逃げ出した結果招いたものだ。

 マイラの思考が飛ぶ。


 そもそも、今自分がこうしているのも、自分が家から逃げ出した――その瞬間マイラは認めた。自分は逃げ出しただけなのだと――その結果の有様だ。


「じょ、冗談ではありませんわ!」


 震える声でそう言い放ち。

 増える手で剣を構える。

 逃げてもこんな有様にしかならなかったのだ。

ならば。


「……バカ?」


 巨神と巨人の群れを前に、剣を構えるマイラの姿に、双剣を手にして地に伏す女冒険者が思わずそう口にした。

 他の冒険者たちも同じ気持ちである。

 どういうわけか、巨神の術はマイラには通じなかったのだ。

 木々を利用し一目散に逃げれば助かる可能性は十分に高い。


「下らん英雄願望出しやがって……」


 冒険者の1人が吐き捨てるようにそう言ったのも無理はない。

 冒険者は英雄ではない。

 世の中は英雄譚や冒険譚のように上手くはいかない。


 長く冒険者をやっている者ほどそれをよく弁えている。

 駆け出しほどそれを理解していない。

 勇気と蛮勇を取り違えた自殺志望者。

 ――熟練の冒険者にとってこれほど苛立たしい存在はなかった。


「い、いきまますわよ!」


 未だ震えながら、マイラは剣を手に駆け出す。

 周りの視線にも気づかぬほど、ただ前だけを見て駆ける。


 ――熟練の冒険者にとってこれほど苛立たしい存在はなかった。

 なぜならそれは、彼らがかつて等しく抱いていたモノを思い起こさせるからだ。




『――お主は?』


 突如、巨神が口を開いた。

 山すら揺るがすような低く響く大きな声だ。


『――』


 巨神はその大きな体をかがめると、剣を構え自分へと向かう少女へと顔を近づける。


「やああああああ!!」


 その顔めがけ、マイラは剣を振るうが。


『フン!』

「ひっ!?」


 巨神は指先で剣を摘まみ、その指の力だけで剣を砕いてしまった。

 砕けた剣の破片がマイラの頬を傷つける。


「……」


 まったく相手にならない力の差を見て、マイラはその場に膝から砕け墜ちた。


『ふむ……』


 巨神は傷1つない己の指を確かめると、そのままマイラへと顔を近づけ――


「ひぃぃぃぃっ!」


 ベロンと舌で舐めた。


 突然の奇行に、マイラはおろか倒れた冒険者たち、そして巨人たちまでもが茫然とする。

 当の巨神というと、舌の味を確かめる様に口をもごもごと動かした後、立ち上がると今度は大声で笑い始めた。


『はーっはっはっはっはっは!! そうか、そうであったか! あの男の血族であったか!』


 笑いながら、嬉しそうに自分の腿を手のひらで打つ。


『盟約は果たされた。よもや生の際で間に合うとは思わなんだ! もはや今生に悔いはないぞ。はっはっはっはっは!!』



 茫然と見つめる者たちを余所に、その夜の間、山には巨神の笑い声が木霊し続けた。





 三重県桑名市長島町。


 龍人との闘いから3日後。

 マイラたちは名古屋港での調査を終え、レオを預けた診療所にまで戻ってきていた。


「ん、戻って来たか」


 出発前と同じヨレヨレの白衣を来た宝利医師が3人と1匹を出迎える。


「シュウはどうした?」

「先に名古屋の集落まで帰らせたわ。その予定だったでしょ」

「そういえばそうだったな」


 ユナとそんなやり取りをしながら、宝利の目は一行の後ろからついて来た1匹の狐に向いている。

 尾が9つもある大型の狐。

 どう考えてもただの狐ではない。


「あ~悪いが、診療所は動物厳禁だ」

「ん~分かってるんだけどね」


 宝利の言葉に、ユナが後ろを振り返ると、


『患者を治しに参りました。御懸念は理解いたしますが何卒お通しください』


 と、狐――九尾は大袈裟に頭を下げた。


「……分かった入れ」


 目の前の現実に思考が追い付かないのか。

 しばしこめかみを抑えた後、宝利は投げやり気味にそう言って中に入って行った。




「うっ……あ、あれ?」


 ベッドの上で眠っていたレオがゆっくり目を覚ます。

 記憶が混乱しているのか、首を左右に振りキョロキョロ辺りを見回し、


「お、お嬢様!」


 傍らに立つマイラに気づき慌てて飛び起きた。


「おいおい、そんなに動ける傷じゃなかったはずなんだが」

「神霊術ってすごいわねぇ」


 呆れたような宝利と、純粋に感心するユナ。


『私、これでも看病は得意で御座いますので』

「え、鳥羽上皇の伝説は――」

『何か?』

「いえいえ、何でもないわよ~あっはははは」


 何か言いかけたユナだったが、九尾の鋭い視線を受け笑って誤魔化した。


「あ、あのお嬢さま。一体どうなっているんですか?」


 さっぱり事情が呑み込めないレオ。

 彼にしてみれば、最後の記憶は黒妖犬に襲われた所で終わっている。

 少なくとも助かったらしいことは分かるが、何がどうなっているのかそれ以上はさっぱり分からない。


「レオ。傷の痛みはありませんこと?」

「え……あ、はい。えっと――はい、大丈夫です。全然痛くありません」


 そう言って黒妖犬に噛まれた右肩を回してみせる。


「そう――レオ、この方々に感謝なさいな」

「は? あ、えっと。ありがとうございます」

「よろしいでしょう」

「あの、お嬢様。それで結局何がどうなって――」

「後で説明いたしますわ。それよりレオ、帰りますので支度なさい」

「ああ、クエストが終わったんですね。すいません何もできなくって。取りあえず、岡山まで戻るんですか?」


 そのレオの言葉に、マイラは呆けた顔をする。


「お嬢様?」

「おーっほっほっほっほ!! 何をおっしゃっているのかしら。帰ると言ったら、家に帰るに決まっていますわ。ルマジャンに戻りますわよ」

「はぁ?」

「おーっほっほっほっほっほ!!!」


 突然のことに今度はレオが呆けた顔をする羽目になってしまった。




『おーっほっほっほっほっほ!!!』


 ドアと廊下越しですらはっきり聞こえて来る高笑い。


「マイラさんの高笑いを久々に聞いた気がしますねぇ」

「……そう言えば、レオが倒れて以来だな」

「ふむ。彼女なりのケジメか何かだったのでしょうか」

「かもしれんな」


 診療所の待合室。

 李と吉田は、たった今はなしていた話題の人物の高笑いを耳にし、そんな感想を抱いていた。


「しかし巨神の力ですか――何と言いますか」

「うむ。運が良かっただけだな」

「ご都合主義の権化みたいな方ですね」


 吉田から聞いたマイラの力の秘密に、李は率直な想いを述べた。


「ご先祖様が交わした約束のおかげで命拾いした上、破格の力までもらって円満解決。出来の悪い小説だな」

「英雄譚の一幕ならそんなもんじゃないですか」

「英雄譚ねぇ……まあ、あの時あいつが逃げ出していれば、そこで終わっていたんだろうが」

「ま、彼女自身のことはどうでもいいことです。重要なのは――」


 李の目つきが鋭いものになる。


「巨神――伝説のモンスターと契約を交わせるような人物の子孫がマイラさんだということです」

「ピナマラヤン公爵家は連合王国の王族の血を引いている」

「他の状況証拠と合せて、間違いないでしょう。彼女が、公爵家の跡取りですね」


 もはやその当初の目的は、東日本に来て得た数々の情報の前に優先度が下がっていた。が、忘れていたわけではない。


「後は理由を付けて彼女を保護。連合王国との交渉の窓口に――」

「その件だが」

「はい?」

「実はな――」





 話は2日ほどさかのぼる。


「あら、この臭いは……」


 名古屋港にあるとある石油貯蔵施設。

 そのタンクを覗き込んだマイラが、鼻を引くつかせる。


「むぅ……やはり殆ど空だな。おい、どうした? 匂いがきつかったか?」

「いえ――これが、石油ですの?」


 と、マイラがタンクに残った黒い液体を指さし言った。


「そうだ。原油といって、これを精製し様々な燃料にしている」

「なるほど。随分貴重な物だと聞いておりましたが、ふむ……高く買っていただけるものなのでしょうか?」

「ん? どういう意味だ?」

「はい。この石油、確か地面から湧き出る物でしたわね。私の故郷の辺りでは、工業製品に使っておりますわよ」

「な、なに!? 本当か!」


 マイラの発言に吉田が目を剥く。

 無理もない。この世界に日本が転移し、この10年間未だ見つけることの出来なかった石油。

 発見出来なかった最大の理由は、まともな大陸の調査が出来なかったためであるが、ラグーザ大陸東海岸部の可能な範囲での調査では見つかっていない。

 それがマイラの故郷――大陸西部にはあるというのだから、吉田が食いつくのも無理はなかった。


「ええ。ルマジャンの道路の舗装などにも使われております。ああ、日本の道路舗装にも使われていましたので似ているなと思ったものですわ」


 この瞬間、吉田にとって、マイラの正体に関わらず彼女を手放すわけにはいかなくなっていた。




「それは……とんでもない情報ですよ」


 前に聞いたガス灯の話から、もしやとは思っていた李であったが、実際その情報に接し改めて驚かざる得なかった。


「連合王国での石油の利用は、あくまで工業製品や一部で武器に使われているくらいらしい」

「燃える水――まあ地球の歴史と同じですね」

「そうだ。マイラの話では、その所有者の1人に伝手があるということだ」

「……」


 李が思わず唾を飲んだ。

 この情報の価値は大きい。西に戻った後、この取り扱い次第では色々な立ち回りが可能になってくる。


「――取りあえずは、無事に西に戻ってからだ」

「そう、ですね」

「幸い、あの九尾が京都までは同行してくれるそうだ」

「それは……心強い、と言うべきでしょうか?」

「だろうな」


 大妖怪の護衛。

 確かに心強いが何とも言えない不安もある。


「腹を括ろう」


 そう吉田が決めた時、病室からマイラたちが出てきた。


「お待たせしましたわ」

「もう大丈夫なのか?」


 と、吉田はマイラの後ろからついて出てくるレオを見て尋ねる。

 既に荷物を背負い出発の準備を整えていた。


「はい、ご迷惑をおかけしましたが大丈夫です」

「そうか。なら――」


 願ったりかなったりだ、とはさすがに口には出さない。


「さっそく戻りたいところですが、1つやることがありますわ」

「やること?」

「ええ。宝利先生を初め、色々お世話になりましたからお礼をいたしませんと」





 愛知県名古屋市熱田区。

 ここに古くからの有名な神社が存在する。

 ――熱田神宮である。


 祭神は熱田大神。

 その正体は、三種の神器の1つ「草薙剣」あるいは天照大神そのものだとされる。

 まさしく三種の神器「草薙剣」を保管していたことで、また歴史的にはかの織田信長か桶狭間の戦いを前に戦勝祈願をした逸話で有名であろう。

 現在は、西への避難の折に伊勢の鏡と同じく剣も九州へと持ち出されている。

 しかし、神々の現出に呼応するように、この地にモンスター避けの結界が張られたため、モンスターが近づかないことに気付いた周囲の残留者がここを中心に生活しており、以前とはまた違う賑わいを持っていた。


 その神宮本殿前。

 神社の宮司や近所の人々が見守る中、マイラは鎚を手に何度も地面を叩きながら何かを調べていた。


「ふむ……不思議ですわね。やはり一番良い地点は、神殿の中心部の様ですわ」

「何が不思議なのですかお嬢様?」

「地を伝う神霊力の流れが、一番現れる地点のことよ。この日本には、元々神霊力などなかったはずでしょうに」

「不思議ですね~」

「……はぁ。まあいいですわ」


 マイラは深い溜息をつくと、手を止めた。


「レオ。剣を」

「はいお嬢様」


 左手に鎚を持ったまま、右手を差し出すと、レオがその手に自分の剣を手渡す。

 あのアマテラスの力が込められた剣だ。


「マイラさん、何する気なの?」

「ちょっとお待ちなさいなユナさん」


 興味津々のユナを制し、マイラは剣を地面に突き立てると、


「てええええい!!」


 その柄を鎚で叩き、


「アマテラスさん!!」


 思いっきり叫んだ。

 突然の行為に、周囲の人々が茫然とする中、しばしの間を置き――


『な、なんじゃとつぜん!?』


 境内に、遠く伊勢にいるはずのアマテラスの声が聞こえた。


『ま、マイラか!? お主一体何をした! というか、そこは――熱田か!?』

「お分かりでしたら話は早いですわ。さっさと、こっちに力を繋いでここの結界を張り直してくださいませんこと」


「天照?」

「え? なんだ?」

「神様――」

「電話じゃねーのか?」


 マイラとアマテラスの会話に周囲が戸惑いひそひそと言葉を交わし合う。


『ちょっと待ちおれ。まず説明いたさぬか。なぜお主が、わらわの力の流れを辿ることが――ふーむ……あのお主の力のせいか?』


(さすがに気づいていたのか)


 アマテラスの言葉に吉田はそう思った。


「まあそんなところです」


 そう言ったマイラは、目を白黒させ驚いているユナを向く。


「これで、ここの結界が張り直されればずっと安全になるはずですわ」

「――よく分からないけど、これがお礼ってわけね」


 なんとも大層なお礼だな、とユナは思いつつ皆にどう説明したものかと頭を抱えるのであった。





 それから数日後。

 マイラ達一行は岡山の手前まで帰ってきていた。


 途中までは九尾の狐が一緒だったこともあり、モンスターに襲われることもなかった。

 ただ、最短ルートである国道421号あるいは477号を通り滋賀へと抜けるルートを頑なに拒否したため再び伊賀市を通っての遠回りであったが、順調に進んだことを考えれば文句を言うほどではなかった。


『色々と面白い物も見れた有意義な旅で御座いました。またお目にかかることもありましょう』


 京都府の木津川市に差し掛かったころ、九尾はそう慇懃に言って、後も振り返らずに北に去って行ってしまった。

 主――稲荷大明神の意向で動いていると言っていた九尾の狐であったが、本当の所何を行っていたのか分からないままの別れである。

 吉田と李の懸念としてそれは残ったが、大妖怪に対してそれを問い詰めることも出来ずそのまま見送るしか今はなかった。


 それからの旅は、今までと違い何度かモンスターに遭遇することになる。

 大半は動物系のモンスターであったが、途中なんどかゴブリンの集団を見かける。

 昨年の大侵攻で空白地帯となった場所に、別のゴブリン集団は移動してきているのであろう。

 それらとは衝突を避けながら、一行は西へ西へと移動を続けていったのだ。



「ふぅ……」


 岡山は吉井川のゲートを目前にし、吉田が遂に安堵の溜息をもらす。

 ここからは完全に日本の勢力圏。もはやなんの心配もなかった。


「大の大人が情けないですわよ」


 マイラにそう言われるが、モンスターが徘徊する地を進むのは想像以上に緊張を強いられるものであった。

 隣の李も安堵の表情を隠そうとしていない。


「取りあえず街に行きましょう。何とか九州へ向かう車を捉まえますよ」

「そうだな」

「そう言えば、私まだ自動車とやらには乗っていませんわね」

「え? バスってのに乗りましたよお嬢様」

「あらそうだったかしら」


 そんな話しをしながらゲートに近づく一行に、今まさにゲートから出てきた冒険者が声をかけてきた。


「お、マイラじゃねーか」

「……」

「あら?」


 声をかけられたマイラがその人物を見れば、


「クスターさん。それにメルヴィさんじゃありませんこと」

「久しぶりだな」

「……久しぶり」

「最近、向こうで見かけないと思いましたらこっちにいらしていたのね」

「ああ。もう1年近くになるな。先日ギルドに申請して正式にこっちを本拠地にしたところだ」

「あら、そうでしたの」



「誰だあれは?」

「あ~前に佐保さんから聞いたことがあります。あっちの大きな刃。バルディッシュという武器を持った男性はクスター・マッティ。隣の双剣を持った女性はメルヴィ・ヤロネン。どちらも大陸西部で有名な冒険者で、以前のヤマタノオロチ討伐にも参加されていた方ですね」

「ふむ……マイラの知り合い、か」


 何かおかしな気がする。

 そう感じた吉田であるが、その原因が分からない。


「お前もこっちに来ていたとはな。どうだ、また一緒にクエストするか?」

「え……嫌」

「おーっほっほっほっほ!! 相変わらずメルヴィさんは素直じゃありませんわね!」

「……」

「ですが残念ですわ。私、もうルマジャンへ帰りますので」

「む、そうか。そいつは残念だ」

「……」


 マイラの言葉に安堵する双剣使いのメルヴィ。

 そんな相棒に苦笑しながら「そういえば」とクスターは話しを続ける。


「ルマジャンで思い出したが、ほらあの話し知ってるか?」

「あのじゃ分かりません」

「ああ――あのピナマラヤン公爵家の跡取りの話」


「っ!?」

「!?」


「ああ、公爵家の跡取り息子が冒険者になったというお話ですわね」


「なっ!?」

「え!?」

「どうしたんですか?」


 顔を引きつらせる吉田と李に、レオが首を傾げる。


「あれな。実は日本に来ててな、日本の奴らに捕まって話題になってるぞ」

「まあ。面白そうなお話ですわね」



「はああああーー!!!?」

「どういうことですか!?」


 この日、吉田と李は、数々の驚きに遭遇したこの旅の最後の最後で、一番の驚きを味わうこととなった。


マイラ=公爵家の跡取とミスリードはしましたけど、決定的な描写は出してません。

断定したのは作中人物のみ。

日本の情報機関なにやってんの、という点についてはエピローグで。

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