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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第78話 決着

(しまった! 二度も同じ手を)


 その場に片膝付きながら、吉田は内心で悪態をついていた。

 傍らでは、吉田の背から滑り落ちたシュウが、仰向けになったままピクリとも動かず、口だけで戸惑いの声を挙げている。

 ユナも、近くで両膝両手を付き立ち上がろうとしているが、全身が震えるだけで起き上がることが出来ないでいた。


 誰もいない名古屋港に広く響き渡った龍人の咆哮。


「あの黒妖犬の雄叫びと同じか……」


 先日遭遇し、マイラの連れであるレオに大怪我を負わせた黒妖犬。

 その黒妖犬が使ってきた呪殺の雄叫びと似たような威力が、今の咆哮にはあった。

 直接死に至らしめる類の物ではなかったのだろう。全員が行動不能に陥っているがそれだけだ。

 だが、この状況でそれは致命的である。


『危ないところであった。だが逃しはせぬ、無明なる者ども』


龍人の息が多少荒い。

神霊力の消費のせいであろうが、それ以上に辺り一面に響き渡る咆哮を行い疲労したといったところであろう。

だが、その行動に支障が出るほどではない。


 吉田達から見て龍人の背後。龍人の足止めを行っていたマイラを見れば、さすがの彼女も今の咆哮には影響なしとはいかなかったようだ。

 立ってはいるものの、鎚を杖代わりにしている。


 ――これはまずい。


 そんな想いが吉田の脳裏をよぎる。


『先に貴様らから殺すべきだな』


 龍人は金の瞳を光らせ、3人へと歩を向ける。

悪い予感ほど的中するなと毒づきながら、せめて銃でもとホルスターに手を伸ばすが上手く力が入らない。


『さ、させませんわ!』


 ようやく立ち直ったマイラが叫ぶ。

 その声に龍人が足を止めマイラへと振り向くと、彼女は両手で鎚の柄の先を持ちあげているところであった。


『ほう?』

『せえええい!!』


 振り上げた鎚が、神霊力と共に大地に叩きつけられる。

 マイラが使う、地面を通し神霊力で相手を一時的に束縛する術だ。

 叩きつけられて神霊力が地を走り龍人の足元へと駆ける。


『ええい鬱陶しい!』


 ――ダン!

 と、一喝と共に龍人が足を踏み鳴らす。


『そんな……』

『その様な気の入らぬ術など効かぬ』


 たった一蹴で術を打ち破った龍人は、背の翼をマイラの方へと大きくはためかせる。

 片翼で1m半程度のそれは、不釣り合いなほどの風を生み出し、そのままマイラへと衝突した。


『きゃっ!』


 突風の直撃。

 マイラに傷を与えるほどではないが、突風に足を取られてしまう。


 それ以上、そちらを見ようともせず、龍人は再び3人へと意識を向けた。

 あまり悠長にしている暇はない。

 ぐずぐずしていれば回復されてしまうからだ。

 現に――


『ぬぅ!』

「っち!」


 マイラの稼いだ1分に満たない時間であったが、その間に拳銃を手にした吉田は震える手で龍人へと立て続けに発砲した。

 龍人を守る鱗に、吉田のH&KP2000の9mmパラベラム弾では歯が立たないことは先ほど確認している。

 吉田は一か八か、鱗の無い目や口を狙って撃ったのだが、その内1発が眼元をかすめた。


『グアアアアア!!』


 直接眼球に食らった訳ではないが、想像もしなかった一撃に龍人は激昂した。


『この忌々しき者めが!!』

「ぐふっ」


 怒りに任せた龍人の蹴りが吉田を襲う。

 見た目は人より多少太い程度の龍人の足からの蹴りは、軽々と吉田を跳ね上げ吹き飛ばした。

 痛みに悶絶する吉田であったが、それでも落着する際に受け身をとったおかげで怪我はない。


(怒ってくれたおかげで命拾いしたな。まあそれもほんの数秒だが)


『殺す! 殺す!』


 金の瞳に怒りの色を浮かべ、牙を剥き出しにしながら龍人が吠える。


『愚かしき者ども死すべ――ぐあっ!』


 またも龍人が声を張り上げた。

 右の肩に、まるで岩でもぶつけられたような衝撃が走る。

 ゴリゴリと骨が砕けるのを龍人は感じる。

 背後からの強烈な一撃だ。

 何者の手によるかなど考えるまでもない。


『貴様ぁ!』


 背後に居るであろうマイラへと無事な左腕で裏拳を振るいながら振り向く。

 が、空振り。


『!?』


 見れば、マイラは未だ龍人の腕先の数歩前に居る。


 ――なぜ?


 一瞬、龍人の思考が途切れた。

 その1秒に満たない時間でマイラは龍人の腕を掴み、と同時に足を払う。

 組手の一種だ。そのまま抑え込む算段である。


 吉田が作った数秒で、マイラはありったけの力を込めた鎚を龍人へと投擲しそしてそのまま龍人へ走ったのだ。

 龍人といえど人型。要点を抑え込めばそのまま時間稼ぎは出来るという算段なのだろう。

 幸運にも、背後からの一撃を投擲だと気付かなかった龍人の勘違いもあり、マイラは首尾よく龍人に手をかけることが出来た。


(このまま!)



『甘いわ!!』


 が、哀しいかな。

 武器を手放したマイラは、もはや巨神の力はない。

 人と龍人。そこには不条理ともいえるほどの力の差がある。


 足払いを凌いだ龍人は、そのまま力任せに左腕を振るう。

 それだけで、マイラは軽々と飛ばされ地に墜ち転がった。


『くっぅ!』

「いぎゃ!」


 地面を転がりそのまま動けないシュウにぶつかる。

 部分的とは言え鎧を着たマイラが転がってきてぶつかったのだ。

 動けぬシュウは無防備に衝撃を受けるしかなかった。


「だ、大丈夫かしら?」

「いたい……痛いよ!」


 涙を浮かべながら、シュウはもはや強がりすらなく痛みを口にする。


「男の子でしょう。少しは我慢なさい」

「痛いんだよ!」




 右肩の激痛を堪えながら、片膝付いた龍人は視線を前へ向ける。

 先ほど蹴飛ばした者が1体。懸命に立ち上がろうとしているが、自分の放った咆哮からいまだ立ち直れない者が1体。そして何やら言い争っている者が2体。

 たったの4体を殺すだけのこと。


(だが急がねば)


 先ほどの咆哮は危険な賭けである。

 貴重な時間を自ら縮めることになったかもしれない。

 時間が惜しい。


 だがそれ以上に。


(恐ろしき者どもめらが……)


 以前見た光景と同じだ。

 倒されても倒されても次々と現れる。

 いったいこいつらはどれだけの数いるというのか。

 百か、千か、万か――まるで虫の様だ。


 だが侮れない。

 虫と違い1体1体が強固な意志を持ちしつこく食い下がる。

 あの、自分ですらかつて見たことのないモンスターの大群を前に粘るしぶとさ。


 まさかそれを自分がその身で体験することになるとは、その時龍人は考えもしていなかった。


 1人が作った僅かな時間を、別の者がすかさず活用し挑んでくる。

 規模こそ違うがかつて見た光景の再現だった。


『これ以上時はかけぬ』


 強固な意志で痛みを抑え龍人は再び立ち上がった。




「万事休すねぇ」


 立ち上がる龍人を見てユナが言った。


「な、なんだよ! あんだけ偉そうに言っておいて」


 シュウの言葉はユナではなく、マイラへと向けられたものだ。


「……」

「結局死ぬんじゃないか! くそ……なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよ……」


 ボロボロと泣きながらシュウは続ける。


「西の奴らには見捨てられて、助けてくれるって言ったのに騙されて! ユナ姉について名古屋まできたけど、今度はモンスターに襲われて――」

「シュウ……」

「なんでこんな目に!」


「――シュウさん。だからそれをおやめなさい」


 1つ溜息をつき、マイラが口を開いた。


「さきほど言いそびれましたが、恨みことばかり言ってどうしますか」

「じゃあどうすりゃいいんだよ! 仕方ないじゃないか、こんな日本が異世界に飛んでモンスターに襲われる時に生まれて、親のせいで逃げることも出来なくて! もっと早く生まれてれば良かったのに! 違う親なら良かったのに!!」

「シュウ! あんた何言ってるの!!」


 恨み言ここに極まれり。

 さすがに見兼ねたユナが怒る。

 シュウが内心ため込んでいるのは理解していたが、それが命の危機に際し一気に爆発したのだろう。

 それはユナにも理解出来たが流石に言い過ぎだと感じたのだ。


「境遇を嘆くのは構いません。人は、生まれる時代や場所、親を選べません。それこそ運命というものですわ。運命という絶対の物。ならばこそ、それを恨み嘆いても良いと私は思っています」


 そう言いながらマイラはフラフラと立ち上がる。


「ですが、そこで終わってはダメです。運命は変えれませんが、ですが変えることの出来るものはあります」

「……なんだよ」

「色々です。自分かもしれません。周囲の者かもしれません。或いは環境かもしれません。変えられない物は変えられない。それを嘆きつつ、変えられる物を変えなくては、いつか不満に埋もれて死んでしまいますわよ」

「そんなに……都合よく変えられるはずないだろ!」

「――そうでもありませんわ」


 立ち上がったマイラは、シュウの顔を見てニコリと笑う。


「意外と、幸運や切っ掛けなどそこらじゅうにあるものですわ。まぁ、必ず手に入るとは限りませんけど、少なくとも動かなくては手に出来ませんわね」

「動いてダメになることもあるだろ……」

「今日のあなたみたいに? ふふ……まあそこは運だと諦めなさい」


 結局そんな話かよ、とシュウが悪態をつく。

 それを見てマイラは再び笑うと、前方へと目を向けた。

 肩を砕かれた龍人が、痛みを堪えながらジリジリとこちらに攻めってきている。


「――でも、結局どうしようもないじゃないか。このまま俺たち殺されるんだぞ。何もできないまま」

「あら、あなたはもう出来ることをおやりになったでしょう?」

「え?」

「助けを求めたではありませんか。自分で出来ないなら誰かに助けを求める。これもまた、何かを変えるための行為ですわ」

「……」

「そして、それを受けて私たちがやって来た」

「でも……」


 マイラたちまで指呼の間にまで迫った龍人が、無事な左腕に力を込める。


「安心なさい――」


 そう言ってマイラは、その視線を龍人からそらし、



「私、昔から運だけはとてもよろしいのよ」



 その視線の先に、1匹の大きな狐を捉えた。



『コーーーーーーン!』

『!?』


 狐が高く一吠えすると、龍人は足を止め驚きと共にそちらを見た。

 今の鳴き声に誘われたかのように、そこかしこから狐たちが現れ、龍人とマイラたちを取り囲む。


『おのれぇ……狐どもが来たか! 間に合わなんだか!!』


 怒る様に、嘆く様に、龍人は声を張り上げる。


『ようやく追い詰めました。お初にお目に掛かります、龍の眷属の方』


 そう言って前に進み出たのは、狐――妖狐たちの中でも一際大きく、そして九つの尾を持ったものであった。


「お、お前は、九尾か」


 地べたに這いつくばる吉田が、その正体に気付く。

 それは紛れもなく、京都の入り口でアマテラスとともに出会った稲荷の使いと称する九尾の狐であった。


『これはご一同。数日来でございます。ご健在で――とはいかないようでございますが、まずは命あって何よりでございますな』


 相変わらず慇懃な物言いで答える九尾。


『なるほど。先ほどの雄叫びは、皆様方が原因でございましたか。いや、重畳重畳。この辺りにこの者が潜んでいるのは分かっておりましたが、隠形の術でも使われたのか、難儀していたのでございますよ』


『ぬぅ……やはりあれが呼び水となってしまったか』


 だからこその奥の手であったのだ。

 龍人のあの雄叫びはここに己が居るぞと高らかに主張するのと同じである。

 身を隠している時には使いたくなかったのだが、吉田たちに逃げられる不利益とで秤にかけ咄嗟に使い、結果として裏目に出ていた。


『さて。あまり無駄話は趣味ではございませぬ。貴方はここで終わりでございます』


 そう言いながら、九尾はその尾を振りながら龍人へと歩を進める。


『ぬぅぅ……喰らえ!!』


 不意打ち――予備動作なく、龍人は口から炎を吐き出す。

 先ほどの炎ほどの勢いはないが、それでも正面から喰らえばただでは済まない。


『狐火』


 九尾が前に差し出した一房の尾に炎が生れる。

 それほど激しい炎には見えないが、九尾が尾を振るいそれを迫る炎の吐息にぶつけると、ぶつかり合った炎は激しく立ち上りやがて消え去ってしまう。


『うぬぬ……』

『いけませぬ、いけませぬ。そのような満身創痍で、ご無理はいけませぬぞ』

『狐……貴様何をやっておるのか分かっているのか!?』

『勿論ですとも。我が主の命に従い、この国に仇なす者を討ち果たさんとしているのでございますよ』


(どの口が言うか――)


 九尾の言葉に、その伝説を知る吉田とユナが内心でツッコみを入れる。

 九尾の狐と言えば日本三大悪妖怪の1匹。その妖怪がそんなことを口にすれば、それこそ悪質な冗談にしか聞こえない。


『しかしよろしいのですかな?』

『何がだ!』

『ふぅ……「そもそもの相手」から目を離してもよろしいのですか、と』

『!?』


 九尾の指摘に慌てて振り返った龍人が目にしたのは、


『はあああああ!!』


 密かに背後まで迫り、今まさに襲い掛かろうとしているマイラの姿であった。

 その手に握っているのは――


『そんな石ころ如きグエッ!』


 龍人の言葉は、叩きつけられたコンクリート片により途切れた。


「ちっ! もう一撃!」

『な、なぜ……』


 ただのコンクリート片であれば、人間なら頭を割られる一撃でも龍人なら耐えられる。

 だが、それに神霊力が、「巨神の力」が込められていれば話は違う。


『鎚を手放した貴様がなぜその力を!!』

『お生憎様ですわ! 術の発動条件は鈍器! これも立派な鈍器ですわよ!!』

『お、おおおお!!!』


 頭部に受けた強烈な一撃にもはや防御もままならない龍人。

 その相手に、マイラは二度、三度と手にしたコンクリート片を叩きつける。


 頭が割れ、返り血が飛ぶ。

 脳漿が弾け聞くに堪えない声が龍人の口から洩れ――そしてようやく、


『ア…主ザマ……もウし訳――』


 偉大なる古龍に仕える眷属は完全に地に倒れ絶命した。





「大丈夫か?」


 ようやく起き上がった吉田がマイラへと駆け寄る。

 ビッチリ血やその他がこびりついたコンクリート片を放り出し、マイラは座り込み荒い息を整えようとしていた。


「さ、さすがに疲れましたわ」

「うむ。まあ、さすがにあれはな……」


 龍人との最後の交戦――というより、殺人現場かなにかのような光景を思い出し、さもありなんと、やや引きながら吉田も頷く。


「シュウ、大丈夫?」


 向こうではユナがシュウを起こそうとしている。

 生まれもって神霊力を操れるユナは既に回復しているようだが、神霊力を扱えないシュウはいまだ倒れたままだ。

 もっとも、意識はあるので問題は無いだろう。


「まったくひどい目にあったもんだ」

「ええ。家出少年を探すだけのはずが、こんな大事になるなんて。ですけど――」

「ま、運が良かったな」


 そう言って2人は、周囲を取り囲む妖狐に目をやる。

 そんな2人に、妖狐を率いる九尾が近づいてきた。


『いやいやご苦労様でございました。さすが天照様が見込まれた方々でございます』

「どういたしまして。あなた方はその龍人を追っていたのかしら?」

『ええ。詳しくは申せませぬが、主神様も人間どもも頼りにならぬ現状。この地を守護しているのは我が主。その命により追っておりました。彼奴等、最近動きが活発になっておりまして――天照様にはそう言った意味も込め急がれますよう申し伝えた次第です』

「昨年のベヒモスの侵攻といい、東日本で何か起きているのか?」

『さあ? 私からはなんとも』


「ともあれ、お勤めご苦労さまですわ。私たちも助かりましてよ」


 九尾の事情を聞いたマイラがそう労いと感謝を述べる。



『いえいえ……それが、思いがけずするべきことが増えましてね』


 九尾はそう言うや否や、


「!?」

「な!?」


 その尾の一房をマイラの喉元へと突きつけた。

 ただの毛であるはずの尾が、鋭敏な刃の様になりマイラの首に触れている。


『貴方のその力、一体何なのでしょう? 私、気になります。ご説明いただけませんでしょうか?』


 返答次第では掻っ切る。

 九尾の目がそう語っていた。


予定では後2話で3章は御終いです。

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