18.とりあえず、泊まることになりました
結局その日は領主が目覚めることはなかった。
ジェイクや夫人が気を利かせてくれて、領主の屋敷に泊まることになった。本当は領都の宿屋に再度泊まりたかったのだけれど、ヘキサとテトラが甘いお菓子に釣られて離れてくれなかったため、仕方なく泊まることになった。
急な宿泊であったのにも関わらず、領主の屋敷では大層なもてなしを受けた。ジェイクは父である領主のことを気にかけているのか少しそわそわした風であり、夫人は全く気にせずに王都でのお茶会や夜会、流行のドレスなどについてミアに質問し続けていた。
今日はもう遅いということでお開きになり、各自に与えられた部屋へと休むことになった。
ボクはベッドの上に座り、昼間の出来事を思い出しつつ瓶詰めのキラキラとした謎の空気を目の前に置いて考え事をしていた。
昼間の出来事をひとつひとつ思い出そうとしていると、部屋にノックの音が響いた。
「ジル、いいかな?」
「どうぞ」
声の主はミアだった。透けない素材のふんわりとした足首まであるネグリジェ姿で現れたので、正直心がぐらっとした。婚約者ではあるけれど、結婚するまでは手を出してはいけない。
というより、ミアはまだ成人前なので結婚どうこう以前に手を出してはいけない。……のだけれど、そんな格好で現れるなんて、ホント襲うぞ。
ボクは動揺を悟られないようににっこりと微笑むと、ミアがほっとしたような表情で笑い返した。
「ジルが一瞬見たこともないような顔になってたから、びっくりしちゃった」
顔に出てたのか! 次からは気をつけないと。
「考え事していたんだ。ミアはどうしたの?」
「あのね、昼間の瓶詰めの中身が気になってね」
どうやらミアも昼間の出来事が気になって、ボクの部屋まできたようだ。話をするだけだったら、念波を使えばいいだけだもんね。こうやって部屋に来るのは何かを見たいとか触れたいとかだろうし。
ミアはすたすたと歩き、ベッドの縁に腰かけた。ベッドの上のボクとの距離は十五センチもない。こんな至近距離にネグリジェで近くに座るって襲ってくれって言ってるようなものなのに、ミアはキョトンとした顔でボクの顔を見つめた。
ここで少しでもミアに触れたら我慢できないような予感がするため、ぐっと我慢した。
ため息をつかないように気をつけつつ先ほどベッドの上に置いた瓶詰めをミアに見せた。
「これのことか」
ミアはうんうんと頷き、じっと瓶詰めを見つめだした。
「えーっと、『領主を取り巻く空気、作成者:バート』。キラキラ光っているのって魔石の粉末かな?」
「うん。粉末にした魔石に対してなんらかのスキルまたは魔術が込められているみたいなんだけど、怪しすぎてさ……。罠なんじゃないかと思って、触らずに閉じ込めたんだ」
「なるほど~。私だったら、風で霧散させるとか、浄化できないかとか試してみるかな」
「もし何か人体に悪影響を及ぼすものだったら、霧散させるのはちょっとね。浄化はそもそも空気って浄化対象じゃないよね」
「うーん、そっか。これなんなんだろうね?」
「何かはわからないけれど、バートって人が作り出した空気なんだよね。この世界に空気を理解してる人っているのかな」
「二割が酸素で八割弱が窒素で残りのほんのちょっとのところに二酸化炭素とかいろんなのが混ざってるんだっけ」
「そうそう小学校で習うんだよね。つまり、転生者じゃないと知らないことだと思うんだ」
ボクは持っていた瓶を傾けたり戻したりして、中に入っている粉末の魔石を攪拌させた。瓶の中で粉末の魔石がキラキラ揺れる姿はスノードームを思い出させる。
「じゃあ、バートって人は転生者ってこと?」
「もしくは転移者。または転生者や転移者から知識を得られた人間ってところだね」
ボクは持っていた瓶詰めをミアに渡すとミアは逆さまにして、瓶の中で落下していく粉末魔石をじっと見ていた。
「見ているだけなら、これすごくキレイなものなのになぁ」
「たぶん、同じもの作れるよ。王都に戻ったら、一緒に作ってみる?」
「スノードームみたいに、中にミニチュアのお人形とか入れたいね!」
「クリスマスっぽくツリーやトナカイを入れてるのもあったけど、波に見立ててサーフィンしているのとかもあったなぁ」
「あったあった! スノードームに似たやつでさ、色の着いた油が浮くやつなかった?」
「あったねぇ。なんだか、懐かしいね」
ボクとミアは夜遅くまで、前世の話で盛り上がった。




