ボヤけ
「惜しい、咄嗟に顔を仰け反らせたか」
鬼は金棒で朝さんを牽制しながら、二歩三歩と後退していく。
「……お前、本当に何者だ?」
親指で頰の傷をなぞりながら、鬼は怪奇そうな眼差しで朝さんを見据えている。
その目にはもはや、たかが人間などと見下していた時の余裕は、跡形もなく霧散していた。
ダメだ。
敵が落ち着いてしまったが故に、付け入る隙が完全に無くなってしまった。
もうしばらく、様子を伺っているしか無いか。
「単なる退治屋だよ」
言って、朝さんはじりじりと距離を詰めていく。
手に持った三日月刀を、横膝下に垂らすように構え、先程の鞭のようにしなる一閃をいつでも打てるように。
洞窟内の淀んだ空気は張り詰めている。
時間の経過が限りなくスローになり、しだいに距離が縮まっていく朝さんと鬼は、まるで火のついた導火線のよう。
汗が頰を伝う。
二人は石像のようにピタリと動かなくなった。
お互いにイメージを張り巡らせているのだ、次に動くであろう自分と、目の前の敵の未来の姿を。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
下手に手を出せば、私がやられる。
緊張して落ち着かないが、見ているしかない。
だが、
「……見てる方が恐ろしいや」
その時、二人の姿がボヤけて見えた。




