93・回想(79)
アーラカの様に堂々と胸を張っての名乗りなんて、僕には出来そうにない。
確かに考えてみると、僕には社会的に父と母の子供以外に名乗り方がなかった。
強いて言えば、スエートの園生である事か。
「俺の婚約者でもありますよ」
後ろから変な突っ込みが入ったが無視するに限る。
だがどう考えても、僕が微小魔石の研究者だと名乗るのはおこがましいよなぁ。
研究者としても冒険者としても、貴族や一般市民としても中途半端な僕。
1人黙り込んだ僕を余所に、エノンが言い出した。
「なぁなぁ、アーラカ」
「なんだい、エノン」
さらっとエノンはアーラカに問い掛けた。
「アーラカはスエートの園で微小魔石の研究を続けていくのか?」
「そのつもりだよ」
「そっか。それならリティもずっとスエートか~」
「もちろんそうなるねぇ~」
なぜだかアーラカだけではなく、僕までスエートに残留決定の様な調子で2人は会話を続けていく。
「私とリティがスエートに居るんだから、エノンもそうすればいい」
「んっ! オレの希望が通る様にマジで卒試、頑張るっ! やるぞ~っっ」
しかもアーラカの将来展望の話が、なぜかエノンの卒園試験の話に飛んだ。
アーラカとエノンの中では繋がっているのだろう。
気になっていた卒園試験の話が出たので、僕はエノンに訊ねた。
「卒試の日にちは決まった、エノン?」
「まだだよ。希望地と試験内容は伝えてあるから、たぶん調節中なんだと思う」
エノンの答えを聞いて、アーラカも加わって来る。
「どんな卒試内容にしたんだい?」
「それは秘密かな。当日驚いて貰いたいしね」
「チラッとは?」
「ダメダメ~」
「触りだけでもいいじゃないか」
「触りって要点って事じゃないか。言えないね」
「ちぇ~っ。知ってたかっ」
アーラカと一緒に粘って聞いてみたが、やはり内容は秘密らしい。
「近いうちに嫌でも分かるんだ。卒試本番まで口は閉じさせてもらうよ」
「しょうがないなぁ~。楽しみにしてる」
「うん。頑張るよっ!」
全く試験内容は聞き出せなかったが、話すその表情からエノンの卒園試験に対する意気込みは感じられた。
そんな話をした、数日後。
園の文化祭が終わった事だし、研究に引っ張り込みたいメンバーについて話がしたくて、僕はまたアーラカの研究室にお邪魔した。
しかし研究室に到着した僕を待っていたのは、研究とは全く関係ないエノンの話だった。
「リティ。エノンの事なんだが……」
「エノン? エノンがどうしたのか、アーラカ?」
「本当は私もこんな事、言いたくないんだ。そこのところだけは分かっていて欲しい」
「……うん」
早く続きを言って欲しかったが、あまりにアーラカが弱々しくて僕も慎重に頷いた。
そんな僕の様子をじっと確認した後、アーラカは重たい口を開く。
「エノンの魔法は血筋とは全く関係ない。ワコさん達は全く魔力と縁がない人達だからね」
「うん。それが?」
「とはいえエノンの魔力の強さは魅力的だ。物は試しで、子へと魔力の強さが受け継がれる事を期待し、魔術師の家系がエノンに誰かを宛がおうとして来る可能性がある」
「……っ」
強い魔力を持つ子供を求めるがゆえの、政略結婚。
その内容に僕は息を呑んだ。
僕はタッゾを利用する事で回避出来た。
だからこそエノンの魔力の強さを考えた時、失念していい問題ではなかった。
「あくまで可能性の話だよ、リティ。第一、エノンがそんな家を就職先に希望するわけがない」
「そうだね」
「エノンほどの才能があれば、誰かとの結婚を強要するなら就職しないと、突っぱねる事も出来るかもしれない」
「うん」
「これは1つの提案なんだが」
そこまで言うと、アーラカは大きくため息を吐いた。
「エノンは誰かと結婚しておいた方がいいと私は思う。エノンの魔力の強さが血筋と無関係と分かっている以上、そのエノンを離婚させるという手間を掛けてまで、家の大事な政略道具である未婚の娘を宛がおうとはしないものなんじゃないかな?」
「……そうかもしれない」
エノンの能力が子へと受け継がれるかは、相当不透明としか言いようがない。
確実ではないのに、わざわざ平民の男を離婚させ、娘と結婚させたと逆に家の醜聞になる可能性だって高い。
家に未婚の娘がいるなら、家同士の繋がりが結べるわけでもないエノンより、他の貴族家へ嫁がせた方が余程実がある。
エノンと僕の場合、純潔であるべきという奇妙な風習があって良かった。
能力が親から子へと受け継がれると信じている家なら、純潔主義の風習も同様に信じられているはずだ。
種だけ奪う為に、エノンが襲われる心配はしないで済む。
エノンが結婚、か……。
レミがエノンに結婚してくれと、出会った日に言ったのは知っている。
けれど、僕が知っているのはそこまでだ。
聞く気にもなれないくらい、エノンとレミの間に不仲な様子は見えない。
つまりお互いに結婚しようという気持ちはあるのだろう。
ただレミの方はいつでもOKな状態だと思うが、エノンは今すぐにとは考えていないに違いない。
アーラカと僕が秘密にされる卒園試験の内容を知っているレミの事だから、エノンの希望先だって聞いていると思う。
出会った時はともかく、今ならレミが結婚を迫ればエノンだって考えるはず。
だが、僕がレミにエノンとの結婚話を進めるのか?
……とんでもなく気が進まない。
それともエノンに直接、この問題を話すべきか?
エノンと義理の姉弟になる為にも、エノンとレミの結婚は必須ではある。
まさか2人の後押しまでする羽目になるとは、非常に複雑な気分だ。
そこまで考えた時、研究室にエノンが飛び込んできた。
「リティっ! 卒試の日にちが決まったッ!」
「!」
エノンの卒園試験の場所は完全に僕の意識を持って行った。
なぜなら僕が入園する前、寄り道をさせられた魔物との激戦跡地だったからだ。
どうしてエノンは試験会場を、あそこに決めたのだろう?
もし卒園試験の話がどこかから漏れても、場所が場所だけに見学客はぐっと減りそうではある。
でもエノンがその事を狙って、場所を決めたとは思えない。
「前に聖域へ行った時、レミと2人で聖域の外側に出ていたのは関係してる?」
「あ、うん。あそこで上手くいったからオレ、卒試を受ける事に決めたんだ」
あの場所で何をする気なのか?
エノンの安全性を高める為に、卒試場所を再考慮する。
「試験会場に激戦跡地を希望するなら、聖域がある方が助かるんじゃない?」
「そうなんだけどオレとしては、やっぱあそこなんだ。リティには辛い場所かもしれないけど、絶対に来て……くれるよな?」
「行くけど、でも」
考えれば考えるほど、エノンの中で僕の事が念頭にあり決めたとしか思えなかった。




