91・回想(77)
結局、タッゾの予想通り。
小講義室を覗きに行く前、買い込んだ飲食品を口にする事が出来たのは文化祭終了間際だった。
移動衝立を返しに来てくれた仲間達と、最後の最後まで残っていた講聴者とで、仲間達からの差し入れも一緒くたに食べる。
「ぜひ研究室の方にも尋ねて来てほしい」
最後まで残っていた講聴者には研究へのお誘いを再度して。
「今日は宣伝役をありがとう」
仲間達には感謝しながら見送って、お開きにした。
そして、今。
小講義室にはアーラカと、それからタッゾと僕だけが残っている。
「それじゃあ、看板やら衝立を移動しようか」
「明後日じゃダメなのかい、リティ?」
従来通りならば片付けの日は明後日だから、不思議だったのだろう。
そうアーラカに訊ねられたので僕は答える。
「どうやら目を引き過ぎたみたいで。貰いたいって、何人か声を掛けてきたらしい」
「あぁ、そういえば。看板やらポスターやらはゴミになるから、文化祭が終わったら希望者は貰えるのが暗黙の了解だったけねぇ」
「手伝ってくれた仲間もそのイメージでいたから、欲しいなら明後日までに、ここに取りに来れば良いって伝えたそうだ」
「それは困るなぁ」
夕方まで閑古鳥が鳴いていたのだから、貰いたい人達はキラキラ瞬いているからこそ、看板や衝立を欲しいと思っているに違いない。
しかし微小魔石は研究材料なのだ。
「微小魔石の現物はなるべく関係者以外には渡したくない」
「あとキラキラがいつまで持つものか観察したい。研究室でいいかい?」
「よしっ」
アーラカからの理解も得られた事だ。
移動し始めようと近くの看板に手を掛けた時、今度はタッゾが言い出す。
「あ~、看板ごと運ぶのはやめて、看板やら衝立に貼った紙だけ剥がして運んだ方が早いですね」
「なぜだ?」
「看板や衝立ごと運ぶには、何往復もしなきゃならないですよ」
「納得した」
紙だけなら重ねられるから、1枚ずつ運ばないで済む。
タッゾの機転の良さに感心していると、アーラカが急かしてきた。
「講義棟が閉まるまで時間もないから、さっさと始めないと」
「了解っ」
手分けして、微小魔石を塗り付けた紙を剥がしていく。
最中。
「む。破けた」
「別に破けても良いでしょ。微小魔石のキラキラが消えたら、ゴミなんですから」
「ああ。確かに」
「リティさん、バンバンいきましょう。バンバン」
なんていう事もありながら。
思いっ切りよく剥がしていると、1度レミと小講義室を出て行ったエノンが早々に戻って来た。
「エノン? 何か忘れ物か、言い忘れでもあった?」
「レミを園の出入り口まで送って来ただけ」
「出入り口までで良かったの?」
すぐにエノンと別れたら寂しくないだろうか?
まあレミの感情はどうでもよく、単に疑問に思ったので聞いてみた。
「家まで送っていったら、逆にオレの帰り道をレミが心配して来るんだ」
「なるほど」
思わず納得したら、エノンが憮然とした表情を浮かべる。
「オレの方がずっとスエートに長く居るから、この時間通ったらヤバイ道とかだって、ちゃんと分かってんのに」
「そうだね。もう10年以上だ」
でも、そこはエノンだから。
レミも心配になって当然だろう。
「というか、オレはリティが心配だった」
「僕?」
「アーラカが、かな? アーラカに向けるリティの視線から冷気が漂ってた」
「ありがとぉおおお、エノンんんんん」
アーラカが感謝感激な声を上げているが、僕としては面白くない。
「何故?」
僕が問い詰めようとした横から、タッゾが声を掛けてくる。
「全部取り終わりましたよ」
「……仕方ない。先に研究室に向かおう」
「そうしようっ」
手近にある剥がした紙を抱え、いそいそとアーラカが小講義室から出ていった。
「エノンもお願い出来る?」
「これ、看板の紙?」
「うん。欲しいと言ってきた人がいたけど、研究材料だし剥がして研究室に運ぼうと思って」
「分かった」
微小魔石を塗り付けた紙を手分けして持ち、僕らは研究室へと向かった。




