90・回想(76)
園のあちこちに出店された飲食店の、美味しそうで持ち運びしやすい飲み物・食べ物をアーラカに何度か差し入れに行った。
だが、日中の小講義室はほぼ閑古鳥が鳴いていた。
人数が集まらないので、論文の読み上げも1度も行っていないらしい。
「来てくれた1人ずつに、丁寧に説明が出来るのはいい事なんだろうけどねぇ~」
こうなる事が予想出来ていたのだろう、アーラカは苦笑している。
今日は園の、お祭り。
どうしても娯楽の方へ気持ちは傾く。
もし研究発表へ足を運ぶとしたら、名が通っている研究者を選んでしまいがちだ。
手伝いの身でなければ、僕だってそうしていた。
「小講義室の衝立の評判は凄くいい。私が微小魔石の説明をすると驚かれて、作り出すのを試してくれる。反応は悪くない。それは間違いないんだ」
「うん。終了時間まで粘ろう、アーラカ」
イルミネーション移動衝立の真価が発揮されたのは、タッゾから勧められる更にもう1口を、夕食が入らなくなるからと拒否している時だ。
「ぼんやり光ってない?」
「どれ? ホント、瞬いてんな」
近くを歩いていた通りすがりの誰かの、そんな風な会話が耳に届いて来た。
明日と明後日、園で講義はない。
明日は休息日、明後日が一斉に片付けを行う日とされているからだ。
催しや役割を無事に終えたのか、諦めて撤収する事にしたのかは分からないが、ちょうど文化祭を渡り歩く園生が増えていっている時間でもあった。
こちらに寄って来る事はなかったが、視線は移動衝立に向いていた。
会話を聞き付けた後、改めて見てみると確かに陰になった部分が輝き出している。
それを皮切りに、同じ様な事が何度かあった。
園内をうろつく中、すれ違う仲間達の移動衝立も無事に微小魔石の部分が輝き出していた。
夕闇が濃くなるにつれ、遠くに見かける仲間の衝立も瞬きが分かる様になってきた。
どんな仕組みなのかを訊ねられる事も出てきて、そんな時は予定通り小講義室へ行って欲しいと伝える。
宣伝係に聞いても仕方ないだろうと、初めから小講義室へ向かった園生もいるだろう。
もちろん単に、ちょっと聞いてみたくなっただけで小講義室へは行っていない園生もいると思う。
文化祭終了まで、あと2時間もない。
そろそろ閉店する店が出始めた頃だった。
多少は人が集まっているのではと楽しみの様な、相変わらずの閑古鳥が鳴いていやしないかが心配の様な。
とにかく宣伝している気分ではなくなってきた。
「また小講義室を覗きに行きたいんだが」
「差し入れは多めに持って行った方がいいかもしれませんよ」
「そこまで混んでると思うか?」
「思います」
タッゾの勘はよく当たる。
アーラカ1人分だけでなく、5・6人以上いても大丈夫だと思われる飲食品を買い込み、タッゾを連れて僕は小講義室へ向かう。
「余ったら、夜食と明日の朝食にするか」
「甘いです。私見ですが、リティさんも捕まる可能性大です」
「そうか? 昼間はガラガラだったぞ」
「だったからですって」
そんな軽口を叩きながら小講義室の扉を開いた。
当たり前だが1番前の檀上にはアーラカが立っていて、論文を読み上げている最中だ。
そして小講義室は席が全て埋まっていて、立ち見が出るくらい盛況していた。
今の時間になって、講聴者が1度に押し寄せてきたという状態だ。
これ以上、講聴者が増えたら、アーラカ1人だと終了後の誘導が捌ききれなくなるかも知れない。
僕はこれまで参加してきた講演会を思い返した。
講演会後に講聴者は、結構バラバラに動くのだ。
講演会のパンフレットだけもらって、すぐ帰る人。
次の予定までの休憩場所として、のんびりする人。
この辺りはまだいい。
それぞれで勝手に動いてくれるから、パンフレットと出口の案内をすれば、各々好きなように動いてくれる。
だが講演会を聞き、講演者に気になる事を質問攻めにする講聴者が出れば、アーラカは質問に答える事で精一杯となるだろう。
どんな風にアーラカが論文を書き上げたのかも興味があったので、宣伝には戻らず論文の途中からだったが小講義室の後ろで聞き続ける事にした。
これまで微小魔石について分かった事や、その発展系である人工魔石や魔紡糸の事を上手く纏めていた。
論文の出来は良かったし、講聴者の関心も得られたと思う。
がっ!
あれだけ言ったにも関わらず、アーラカは最後に研究共同者として僕の名前を出していた。
アーラカの表情が引き攣っていたので、僕が怒っている事は伝わったはずだ。
本当はすぐに文句を言いたかったのだが、講聴者の手前。
しかも。
「り、リティ……ちゃんと後から文句は聞く。とりあえず今は、微小魔石の作り方の教え役を頼むよっ」
当のアーラカから、微小魔石を試しに作ってみたいという講聴者の応対を押し付けられてしまった。
ここで説明を引き受けると、アーラカの論文通り、僕が微小魔石の研究に深く関わっている事を印象付けてしまう。
だから、本当は断ってしまいたかった。
僕はただの手伝いでいたかったから。
だが現在アーラカは、講聴者からの質問を立て続けに受けており、集中して微小魔石をイメージするのは見るからに無理だ。
微小魔石は集中せねば作るのが難しいのは僕もよく分かっていた。
そしてもう1つ、微小魔石に興味を持ってくれる仲間を内心僕は本当に募集中だった。
それらがあったから、説明役を無下に断る事が出来なかった。
それに後ろ姿から気付いてはいたが、僕の方へ寄って来た講聴者の中にリュディーナの姿がある。
その目は僕を見つけて、嬉しそうに輝いていた。
その期待に満ちた目を見てしまうと、逃げ出す事も出来なかった。
「あ~やっぱりこうなった~」
どうやらタッゾはこうなる事が読めていたらしい。
「……」
何とも言葉が返せなかった。
「リティ姉さま。何か問題でも?」
「いや、大丈夫」
心配そうに尋ねてくれるのは、近づいてきたリュディーナだけだ。
可愛い妹にいつまでも怒った顔をしているわけにはいかない。
横並びを止めたタッゾが背後にへばり付いてくる。
いつも通りである。
周囲に集まった人の輪にも聞こえる様な声で手順を説明し、視線を浴びながらもなんとか、両掌にキラキラを作り出せた。
前にエノン、それからタッゾとレミにも説明した事があるのが救いだった。
「ん?」
何度か試してもらっていた時、突然僕の周囲にキラキラが舞い下り、消えていった。
それは言わずと知れた微小魔石のキラキラなのだが、自分に降り注ぐようなイメージを僕はしていない。
「お2人はこうでなくてはっっ」
するとリュディーナがうっとり笑みを浮かべている。
リュディーナの言う2人とは、タッゾと僕なのだろう。
あ~?
つまり、また真実の愛?
愛のキラキラ?
いやでも。
「成功おめでとう、リュディーナ」
「ありがとうございます。ですが、リティ姉さま。わたしく、もっと長い間お2人を輝かせたいのです」
「……」
「衝立をお借りして、タッゾさまとお2人で並ばれたところをたっぷり眺めたいと思っていましたが、その必要がなくなりそうなくらいに」
もしリュディーナに思い描いたイメージを、しっかりと固定すれば具現化時間は伸びるのだと答えたら、タッゾと僕の周囲は一体どうなるのだろう?
教えたくないと、思ってしまった僕は悪くないと思う。
リュディーナの成功を見て、微小魔石ではなく、小さな塊になった人工魔石を一瞬だけ作り出す事が出来た人が数人出た。
「塊なら出来たが、塵にならない」
「塊にもならないんだが、どうやった?」
周りは成功者を取り囲み、コツを聞こうとする。
「え~と、こんな感じで力を……あれ?」
どうやら連続成功は難しいらしい。
成功者の中には、何度も挑戦する者も出てきた。
微小魔石に興味があるなら、呼び止めてほしいと声を掛けついでに、名前を聞き出して控えておく。
後で人となりを調べ、信用出来そうなら、こちらからも研究に勧誘してみよう。
周囲の入れ替わりが激しい中、何回も微小魔石の作り方を僕は伝えていく。
園の文化祭の終了時間まで、思ったより大勢の人が実験に取り組んでくれた。




