89・回想(75)
文化祭の日がやって来た。
天気は晴天。
なぜか毎年、園の文化祭が催される日は晴れる。
何代もの園生に語り継がれているジンクスは強力だ。
僕も文化祭のジンクスを知っていたから、頑張って微小魔石の瞬き具合を強くした。
だが、太陽の光には勝てなかった。
雨とは言わないが、せめて曇って欲しかった。
イルミネーション移動衝立が、ただ塗料を塗っただけの看板になるのが残念で仕方がない。
陽射しが入り込む角度に気をつければ、イルミネーションが見えるようにならないだろうか?
そんな詮なき事を考えてしまう。
だが晴れは晴れ。
ぐだぐだ思っていても仕方ない。
潔く諦めよう。
ただでさえエノンとエノンを見守る仲間達に、せっかくの園でのお祭りに邪魔な物を持ち運ばせてしまうのだ。
それを頼んだ当人である僕のテンションが下がっていたら、皆のやる気も削いでしまいかねない。
「今日は集まってくれて、皆ありがとうっ!」
「「お~っ!」」
ちなみに宣伝の手伝いをしてくれる皆は僕も含めて、頭から足首まで隠れるローブ姿。
魔術師の正装を名目とした、汚れてもいい変装ローブ。
イルミネーション移動衝立にではなく、エノンに魅せられた誰かが寄って来るのを避ける為。
更には周囲からの視線も感じにくくなる事から選んだ。
一石二鳥を兼ねた変装衣装である。
ちなみに、この場にはいないが同じ変装をしたヒミノらも、いつの間にやら紛れ込んで宣伝する予定だ。
「ずっと宣伝の為に移動し続けなくっちゃなんて思わずに、しっかりお祭りを楽しんでほしい!」
「もっちろん!」
「言われずとも!」
ノリのいい返事をしてもらえた。
でも出しゃばり過ぎたかなと、心配にもなる。
「それでは、ここで研究代表のアーラカから挨拶を」
「士気は充分上がってるし、私からは無しという事で……全員散った散った~っ。よっろしく~ぅ!」
「「いってきま~~~す!」」
アーラカの言葉に皆が笑いながら、思い思いの方向へ歩き出してしまった。
何だか僕が研究の中心人物っぽい感じになってしまって釈然としないが、これで良かったのだろうか?
皆が笑顔だから、いいのか?
「じゃあ、リティ。私は小講義室に詰めてるよ」
「うん。適当に差し入れを持って行く」
更にはアーラカまで居なくなった。
「リティさん、そろそろ行きましょう」
「そうだな」
タッゾに促され、僕は頷いた。
この場に残っているのは僕と、そんな僕に付き合わされた形になるタッゾだけだ。
小講義室の壁には衝立をずらりと並べ済みだ。
イルミネーションを楽しんでもらい、興味を引く為に小講義室の室内は暗くした。
もっとも手元の文字を読み書き出来る程度の明るさは残してある。
イルミネーションが映えれば良いんだが……。
文化祭では誰が何をするという、役割の割り振りを決められたりしない。
だから入園して初めての文化祭で、僕は当然のごとく波に乗り遅れ、エノンから渡された何かの御焼きを呆然と食べていただけだった覚えがある。
大勢いる園生の中には当然我関せずな園生もいる。
だが大抵の園生は文化祭を楽しむ為、何かしら役割を見つけて実行していた。
例えば、今年の僕の様に元々知人友人である研究者の論文発表の手伝い。
武術魔術の実演。
園で学んでいる内容とは全く関係ない、何かを作成展示・販売する有志もいる。
寸劇・演劇や、コーラスに、ミニ演奏会が開かれた年もあった。
催し物は毎回バラエティーに富んでいる。
あまりに園内のあちこちで思い思いに開かれる催しが多いので、文化祭の会場一覧を纏め上げた紙を作ったのも有志グループだ。
催し物の宣伝だけを毎回請け負っている有志グループもいるらしい。
準備期間ほぼゼロの催しもあれば、逆に前年の文化祭が終わった直後から、次は何をしようと有志を募り始め、動き出すグループもある。
今回アーラカが行う微小魔石の研究発表は文化祭の中では小さい方だ。
小さいわりに動員人数は多そうだなと、歩きながら僕は思う。
タッゾと2人で回り始めて、そろそろ喉が渇いて来たなと買った物を数口飲み終えた時、タッゾが僕に声をかけてきた。
「リティさん、俺にも1口下さい」
「ここで待ってるから、買ってきたらいいじゃないか」
「味見の1口でいいんですよ」
「でもなあ」
躊躇する僕に、タッゾがなおも続けて来る。
「そんなに喉が渇いてるんですか? それなら俺も違うのを買ってきますから、2人で飲み比べしてみません?」
「そういうのは遠慮する」
「あ~。なるほど」
「何がなるほどだ?」
静かに納得した様子をするタッゾに対し、不思議に思って問い掛けた。
「つまり、リティさんは自分が口を付けた物を誰かに回すのが嫌だ、と」
「嫌というか、まぁそうだな」
「先に誰かが口にしたのを、リティさんがもらうのは?」
「そんな習慣がなかったし、抵抗を感じる」
タッゾと僕の攻防はなぜか続く。
どうでもいいじゃないかと思うのに、タッゾが全然引いてくれない。
「その誰かが俺でも?」
「タッゾでも」
「いっぱいチュ~してる仲なんですから、いいじゃないですか。2人で回し飲みくらい」
「それとこれとは別だろう」
「いやいやいや」
タッゾは首を横に振っている。
しかし、渡す気のない僕は奪い取られる前にと全部一気に飲み干した。
これで話は終わりだろうと安心するのは、早かった。
「昼飯をお互いに、あ~んもなしですか?」
「なしだっ! それぞれ好きなのを食べればいい」
ラァフにならいいが、タッゾにっ?
リュディーナの理想通りの様な甘々な恋人同士が、お互いに食べさせ合っているのは見た事がある。
何だか回し飲み食いより、一気に壁が高くなった気がした。
「1つの物を2人で食べたら、1人で食べるより色んな物が食べられますよ」
「その理屈は分からなくもないが、止めておく」
「今まで回し飲み、回し食べは1回も誰ともした事がないんですか? 雛先輩とも?」
「ない。初めに分け合いっこをしてからなら、ある。取り皿をもらって、そうするか?」
エノンとですらないのだから、いい加減諦めてほしかった。
妥協案も出してみたが、タッゾに頷く気配はない。
「リティさん」
「……何だ?」
しかも企む様な声で名前を呼ばれたので、警戒しつつも答えた。
「俺、発表会の衝立作り頑張りましたよね?」
「助かった。が、もう感謝済みだ」
「材料も調達して、何個も作ったんですよ? 少しぐらい特別なご褒美があったって、いいと思いません?」
「思わない。こんな事で特別を作ったら、お前の場合は限がなくなりそうだ」
こんな言われ方をされたら、感謝まで消えてしまうじゃないか。
ご褒美という言葉を最初に使ったのは僕自身なのだが、それにしても。
「次に何を要求されるのかと、頼みごとをするのが怖くなるな」
「ちょっ、待って下さいっ! 今のは取り消しますっっ」
「そんなに焦る事か? むしろ、お前は楽になって助かる側だぞ」
「いいんでっ! これからもリティさんからの頼みごと大歓迎ですからっ!」
「? 分かった?」
何やらタッゾが必死なので、そこは拒否せずに頷いた。
タッゾは見るからにホッとしている。
そんなタッゾの内心は分からないままだったが、今の会話で僕は閃いた。
「なら、タッゾ。早速の頼みごとなんだが、せめて取り皿案にしたい」
「寂しいです。そんなに嫌ですか、リティさん?」
並んで歩きながらになるか、どこかに座ってになるかは分からないが、2人一緒に食べている事には変わりない。
タッゾがあ~んに拘る理由に僕は皆目見当が付かない。
「そこまで、したいと思う様なものか?」
それがいけなかった。
タッゾが勢いを盛り返す。
「何事も試してみる事が大切ですよっ! 昼飯が駄目なら、おやつはどうですか? ちょうど食べやすそうなのも、ありそうですしっ」
うんざりするくらい言われ続け、仕方なく1口ずつ食べさせ合う羽目になった。
その後は、なし崩しだ。
タッゾの要求は日々進化していった。




