88・ストミート海峡
ストロミールからマットルまでは、特急を使えば直通で行ける。
特急だから、もちろん早い。
けれども僕はストロミールからマットル間を2回列車を乗り継いでの、各駅停車の旅とする事を選んだ。
大まかな地図でストロミールからマットル間を見ると、列車はストミート海峡に沿って走っている。
だが実際は内陸の小高い所に線路がある為、ずっと海峡が見えているわけではない。
時折、進行方向の左手眼下に見えるストミート海峡と、そこに点在している小島が見えるのみ。
だが僕の様な観光客にとっては、そんな海峡の眺めも楽しみの1つになる。
ちなみに進行方向の右手は、のどかな牧場と畑が広がっていた。
その奥に見えるのはノード山地の山並みだ。
そして、たまに思い出した様に列車は集落へと入り、各駅に停車する。
もちろん各駅停車の宿命で、途中で特急に追い抜かされたりもした。
海峡の景色と、のどかな田園や山麓、そして放牧されている家畜。
波の音も聞こえない、直に家畜が撫でられるわけでもない。
それなのに、窓の外のそれらに時折気が付けただけで喜べてしまう。
いつもの心理状態を保っているつもりでも、僕はどこか浮かれてしまっているのだろう。
マットルまでの1回目の乗換駅、ズクリ。
ズクリ駅のホームで、少し遅い昼食を僕は受け取った。
今回の旅行の計画を立てている時、ズクリ駅の駅弁を僕は知った。
ズクリ駅近くの食堂がその日のお勧め食材を色々とお弁当に詰め、ホームまで持って来てくれるサービスを行っていた。
事前予約が必要な駅弁で、すごく惹かれた僕は旅行の出発前に予約を入れた。
いつもなら出発前や乗換え中にいそいそと駅弁を買い込むのだが、今回は特別だ。
ズクリの駅弁の事前予約をした為に、ストロミールの駅構内にたくさんあったお弁当屋さんには寄らなかった。
受け取った駅弁は広告通り作りたてだから、まだまだ温かい。
今は使い捨ての人工魔石を使う事で、温かさを保ったままのお弁当も出てきている。
だが、値段のわりに中身は若干残念なお弁当が多い。
今回のズクリの駅弁は大当たりだ。
車窓の景色を眺めながら、僕はのんびり駅弁をいただいた。
「リティさん。倒れるなら、こっちにどうぞ~」
お弁当を食べた事で眠気に誘われ、僕はうとうとしていたらしい。
強制的にタッゾ側へもたれさせられたのを、うっすらと覚えている。
だからマットルまでの2回目の乗換駅、イートムに着いた時。
僕は実際に掛かった時間より、ずっと短く感じた。
車窓の外は気付けば随分と日が傾いてきている。
ストミート海峡は昼間の眺めだけではない。
もっと暗くなる夜は、島々を渡る橋と島の灯りが水面に揺れ、幻想的な光景となるらしい。
もちろん島の人々にとっては暮らしに必要な灯りで、決してイルミネーションではない。
でも観光客的にとっては、夜の海峡に浮かび上がる光は充分美しいに違いない。
その光景の鱗片をほんのりと味わって、僕はマットルに到着した。
今回の列車旅1日目の宿泊地である。
マットルからは、ロシーク行きにも乗り換えられる。
ストミシット海へ突き出した半島のロシークはエート島内、最東端の駅だ。
ストミート海峡がミンド島とエート島の間にある内海なら、ロシークから臨めるストミシット海は外海である。
ストミシット海は人間が決めた国境など関係なく大海原へと続く。
そのストミシット海から昇る朝日が素晴らしいと、ロシークは有名だった。
どうせならロシークで1泊し、評判の岬まで歩いて行ってみようかとも考えたのだ。
だが明日の朝、マットルから乗ってみたい列車が僕にはある。
旅行計画を立てた時に、評判の岬へ行くか、その列車に乗るかで、実はかなり僕は揺れた。
時刻表と睨めっこしたところ、元々ロシークとマットル間は、列車の本数が少ない事が分かった。
しかもマットルから次の列車への乗り換え時間もずいぶんと長く、旅行の予定と合わなかった。
そこで泣く泣く今回はロシークまで行く事は諦め、お目当ての列車に乗る事にした。
いつかは夜の海峡をじっくり見たり、ロシークの岬に1泊する計画を立てたいと思う。
マットルはエート島の主要駅の1つである。
ストロミールとは違って改札を出るのだが、駅と商業施設が一体化していて大きい。
スエートを代表する建物といえば園だが、それがマットルではこの駅にあたるのだろう。
駅前広場には水の豊富さを物語る様に、大きな噴水が設置され、高く水を噴き上げていた。
街の大きさでは負けていないと思うが、残念ながらスエートの駅前広場に噴水はない。
そんなマットル駅前広場から、駅施設を僕は眺めてみた。
今は顕現していないがマットルの街を見守るとされている聖獣のシンボルマークが駅の外装のあちこちに取り入れられていた。
ちゃんと聖獣がマットルの街の人々から大切に思われている印を駅の外装から見とり、僕はなんだか嬉しくなった。
しばらく眺めた後、駅の構内へと僕は戻り、本当は駅の外に出なくてもいい、駅施設と直結している宿に入る。
そして旅の1日目が終わった。




