87・タッゾ⑨
とりあえずリティさんの相手が俺なら、それに関して何も言う事はない。
「だけどな、それでも疑問がある」
「何ですか?」
「なぜリティさんを観察している?」
「観察?」
「自覚がないのか?」
「……申し訳ありません」
俺はガキからの謝罪など必要としていない。
「何でリティさんを見ていた?」
「……」
「答えろ」
黙り込まれ様とも追及の手を緩めずにいると、ガキが渋々口を開く。
「リティ姉さまが、人外の主かどうか気になってしまって」
「人外?」
リティさんを主とする人外なら、1体すでに雛に憑いているが?
疎遠と言うわりに実は親族絡みの思惑から、リティさんを見ているのかと思っていたのだが違うらしい。
「ヒミノトの屋敷の人外が10数年前に屋敷を閉じてしまったのです」
「ヒミノト?」
「リティ姉さまのお育ちになった所です」
ふ~ん?
だが、リティさんからの話題には上った事のない地名だ。
リティさん的には思い入れも何もないに違いない。
「……それが?」
「リティ姉さまがヒミノトから移動したから、管理をしていた人外が言う事を聞かなくなったのではと思ったのです」
「……は?」
「ヒミノトの屋敷の人外の主がリティ姉さまなら、わたくしを屋敷に置いてもらえないかと思いまして」
リティさんが2体の人外の主?
「……ないんじゃないか?」
「そうですよね。でも余りにも時期が合うもので」
「そんなにか」
そう邪魔なガキと話をした数日後、リティさんは俺に何も知らせないまま姿を消した。
ガキからリティさんにヒミノトの屋敷の話をしてしまったと、今朝聞いた俺は慌ててリティさんを追いかけた。
スエートの駅でリティさんの行き先を知らないか駅員に聞くと、どうやら本当に数日前に話していたヒミノトの屋敷が目的地らしい。
ちょうど来た特急に俺は飛び乗った。
座席に落ち着くと、つい愚痴が口から出る。
「雛と園に留まると約束してたのに、ぽっと出のガキの言葉に簡単に乗せられて」
雛よりも、異母妹の要望を取ったって事じゃないか。
リティさんに家関係の事にも巻き込んでもらう為には、やっぱり結婚だ。
もう絶対にそれしかないっ!
リティさんに追い付いて、プロポーズした。
とにかく攻め推して丸め込み、まずはリティさんの婚約者の座を得た。
ちょっと欲が出て、ガキに押し付けられた面倒事の予感しかないヒミノトの屋敷から、リティさんをデートに連れ出したくなった。
屋敷の前で立ち止まっていたリティさん。
屋敷に入るか悩んでいたのだろうし、ちょうど良いはずだ。
出来ればリティさんに俺を意識してもらいたいけど、まずは楽しい時間を重ねたい。
だが、デートに誘ったのは逆効果だった。
リティさんは屋敷にずんずん進んでいく。
仕方なく俺もリティさんの後を着いていった。
あ~、デートしたかった~。
俺は婚約者だとリティさんの中で認識されているのだろうかと、ホントに不安になってきた。
リティさんは俺と手を繋いでも、照れる事もない。
その心配はリティさん自ら屋敷の人外に、婚約者と紹介してくれた事で払拭された。
とはいえ、この人外は駄目だ。
リティさんに捕らわれているのが俺と同類だからこそ、すぐ分かった。
しかもだ。
俺以外に昼夜問わず、リティさんと一緒にいる存在など許せるわけがない。
「リティさん。屋敷ごと、ぶっ壊したくなりました? だったら、お手伝いしますよ。任せて下さい、準備はばっちりです」
本気で言ったのに止められた。
ちっ!
邪魔者を処分出来る良い機会だったのに。
だが、
「マジか。リティさんに頬チューされた」
「聞こえてるぞ。頬にキスくらいで何だ、今更」
婚約者すっげ~。
これからずっと感謝されるたびに、リティさんからのキス付き?
待遇良過ぎだろッ!
リティさんとの結婚生活に甘々な夢を持っていないからこその、嬉しい誤算。
しかしリティさんは諦めの溜め息を吐いている。
俺は、物凄く不満だ。
日中リティさんに付き纏うガキの存在でさえ、邪魔で仕方なかった。
だというのに俺がリティさんの側に居ない間も、この人外は側に居るだと?
絶対認められなかった。
そうだ。
リティさんを主とする人外はすべて雛に押し付けてやろう。
大分前に思い付いてはいたが、さすがに雛を理由にプロポーズに頷いて欲しくなかったから先程は言わなかった。
でも、もうリティさんが俺を婚約者の位置に定めてくれたのだから、使える手はいくらでも使ってやる。
結婚に同意してもらう為に取っておいたが、使わずに済んだ最終手段。
俺と結婚すればリティさんにとって自動的に、雛と姉弟の関係にもなるのだというエサをチラつかせた。
リティさんが雛を愛しているのは、疑いようもない事実だ。
お互いにお互いが特別だと思っている。
決定打は、聖杖のダンジョン。
リティさんの雛に向けている愛情は、恋愛よりも家族愛に近いのではないか。
2人の関係に妬きつつも、ここ最近そう思える様になった。
思える様になったきっかけは、リティさんの俺に対する態度が少しずつ変化している事が大きい。
それに現にリティさんは雛と姉弟になるというエサに目が輝いている。
姉弟でいい、じゃない。
これは姉弟がいい、と思っている目だ。
人外にもリティさんの為だと、雛に憑くよう誘導した。
俺が撒いたエサを無事に食べてくれて、しかも他の居場所を示し、四六時中リティさんの側に人外が居る事は回避出来た。
リティさんの側は俺のもの。
それを思えば、リティさんが2体の人外の主になろうが別にどうって事はない。
婚約者になって、結婚が現実味を帯びた。
マリッジブルーになったつもりはないが、確かに俺はリティさんとの結婚に真剣だ。
大袈裟だと笑われそうだが、これだけ真剣になれる相手にはきっともう会えない。
キスして来るリティさんは、俺の方が動揺するくらい自然体だ。
悲しくなる程に、俺の事も平気で背中に貼り付かせる。
ま~、だからって?
リティさんが俺に恋しているかというと、答えは……なのだが。
こんなに一喜一憂するのは、後にも先にもリティさんしかいない。
俺がみっともなく縋り付いてでも離したくないのは、リティさんだけだ。
ここ最近ガキのせいで禁欲生活だったので、本音を言うと縋りついでに押し倒したかった。
が、リティさんは流されてくれない。
しかも、部屋には今2人だけ。
だがここで本能のまま突き進んだ場合、リティさんから何も頼みごとをされなくなってしまいそうだったので、俺は理性を総動員させる。
俺の目の前にはリティさん。
その手が作り出しているのは実は運命の糸で、今それを俺にだけ伸ばしてくれている。
な~んて、思ったら。
ただひたすら延びてくる糸を、糸巻きに巻き込むだけの役。
この役を、他の何ものにも譲りたくなくなった。




