86・タッゾ⑧
リティさんと2人っきりの時間がなくなった。
本気で邪魔だ。
これまでもリティさんがその気になってくれないと、2人きりになれなかった。
取り巻きが居たり人工魔石の研究に没頭されたりで、全くリティさんは俺を省みてくれなかったから。
だが園にリティさんの異母妹がやって来てから、それが更に酷くなった。
「妹だ」
そう紹介されたその日から、リティさんは何だかんだガキの面倒を見てやっている。
その分、俺は後回しだ。
あのガキ、どっかに捨ててしまいたい。
最初から実に胡散臭いガキだった。
確かに態度は姉を慕って来た妹だ。
どこに行くのもリティさんの後を付いてきた。
だが、その視線がいただけない。
探る様にリティさんを見つめる目。
リティさんも気付いているが、妹だからと側から離す様子はない。
そのガキがリティさんの後ろを付いて歩くので、リティさんは研究棟に行けない。
研究棟にはリティさんの信頼を得ている研究者がいる。
リティさんの興味を掻き立てている微小魔石の研究もある。
元々俺はリティさんが盗られそうで、研究棟に行かせたくなかった。
研究棟に行けていないという現状だけを見るなら、願ったり叶ったりだ。
しかしガキの存在のせいで、これまで以上に構ってもらえないのでは全く意味がない。
普段どうしても忘れがちなのだが、リティさんは貴族だ。
下手すればリティさんの知らぬ間に婚約者が決められてもおかしくない。
リティさんの結婚については、同じ貴族らしい研究者が情報を集めてそうだ。
今まで通り研究者の動向を注視しようと思う。
だが身内なら更に詳しくリティさんの結婚状況を知るだろうと、ガキにも声をかけた。
「リティさんは自分には婚約者など居ないと言っていたが、話があるか知らないか?」
「今はないと思います」
「チラッとも?」
「はい、知っている限りでは。わたくしは親族と疎遠でして」
「疎遠?」
「お母さまとしか一緒に暮らしてないのです」
ガキからは役に立たない答えしか返ってこなかった。
親族と疎遠だというなら、リティさんとも距離を取ればいい。
「じゃあ、どうしてリティさんに付いて回る?」
「……リティ姉さまなら、わたくしを受け入れて下さるのではないかと」
「受け入れ?」
「私が父親から見捨てられた子供だからです」
ガキは自分が父親から見捨てられた話を話し始めた。
そういやってリティさんの気を引いたのかと、苛々する。
「それで? なぜリティさんがお前を受け入れなきゃならない?」
「お母さまと同じく愛に生きているお姉さまなら、助けて下さるのではないかと思いました」
「は?」
愛に生きている?
誰の事だ?
よくよく聞くと、このガキは愛に生きている母親と、その連れ合いに愛されて育てられたらしい。
「……何でリティさんが愛に生きていると思ったんだ?」
「リティ姉さまは、少し前に縁談話があったのです」
「縁談!?」
話があったって事じゃないかと思わず声を荒げた。
「大丈夫ですわ。リティ姉さまは実力行使で、そのお話をお断りされましたから」
「実力行使?」
貴族の縁談を断る手があるなら聞いておきたい。
「わたくしも詳しくは教えられませんでした」
「何か知らないか?」
「ただお母さまは権勢より愛を選んだのねって言っていました。この縁談を受けていれば、リティ姉さまは貴族に戻れたのにと」
「愛を選んだ?」
「平民の方とのお付き合いを公表されたと」
「……誰の事だ?」
訊ねる声が低くなる。
少し前だというなら、雛が相手ではない。
リティさんは雛の幸せを願っている。
例え縁談を突っぱねる為だろうが、レミと想い合っている雛に、ニセの恋人役を頼むなんてしないだろう。
「イヤですわ。タッゾさまの事ではありませんか」
「……俺?」
「はい」
公表なんて……したいけど、した覚えがない。
俺はリティさんを捕まえようと必死になっているが、それだけのはずだ。
戸惑った俺に、ガキが確認してくる。
「リティ姉さまはタッゾさまとお付き合いなさっているのでしょう?」
「……ああ」
「リティ姉さまとタッゾさまは愛し合っておられるのですね?」
「……ああ、そうだな。リティさんの側が俺の居場所だ」
リティさんは俺を愛してはいないが、俺はリティさんを激愛している。
もしかして初めの頃、リティさんが俺を全面拒否して来なかった上に、餌の時間を定期的に作った最大の理由はこれか。
俺は当時のリティさんに、具体的な縁談話まで出ていたのは知らなかった。
あの時、魔力の残滓が付いていないと怪しまれると言った俺の言葉は、リティさんの警戒心をモロに突いた事だろう。
残滓が付いていなければ、リティさんは望まない結婚に一直線だから。
俺は最大の理由に気付かないまま、リティさんに利用されていたわけだ。
もちろん利用された事に怒りはない。
もし俺以外を利用していたら、リティさんとの今の関係はなかった。
どうやら俺はこれ以上ないというタイミングで、入園して来たらしい。
ガキの勘違いはリティさんの外堀を埋めたい俺にとって都合が良かった。
何せ、リティさんが俺を恋人だと紹介したのだから。
それを、ついでに婚約者へと上書きしても、リティさんは否定しなかった。
そのままガキを勘違いさせておく事にした。




