80・回想(71)
攻撃魔術を除き、一通り覚えている初級魔術の全てを人工魔石に込める事に成功した。
だが何度試みても、攻撃魔術はことごとく人工魔石に込めようとすると、魔石がキラキラと融けていく。
惰性的に初級の魔術込めを続けるが、集中力が落ち、僕は考え事を始めてしまった。
どうやら人工魔石に攻撃魔術は込められない。
糸巻き板も魔紡糸も、込めるとしたら防御魔術を想定していた。
どうしても生活雑貨で攻撃をしないといけなくなっても、少なくとも巻き板や糸より、針を選ぶと思う。
そしてエノンの魔法・魔術に対する僕のイメージは治癒だ。
プレゼントした木の棒杖も、何かや誰かを攻撃する為の武器としては作らなかった。
「アーラカ。タッゾの事なら僕もたまに殺したいと思った事があるから、安心して教えて欲しいんだが」
「えぇっ? 何の話だい、リティっ?」
アーラカの反応は正しい。
僕だってこんな事を誰かから切り出されたら、頭の中は疑問符でいっぱいになると思う。
だが、訊ねずにはいられなかった。
「前に果物ナイフを作った時ちらっと、これでタッゾを刺してやると思わなかったか?」
「正直に言うと、まぁ~少しは、ねぇ?」
「やっぱりそうか」
1人うんうん頷いた。
すると今度はアーラカの方から聞いて来る。
「……もしかして、リティ。私が作る時に攻撃で使うと考えたから、あのナイフには触れなかったと考えているんじゃ?」
「さすがアーラカ、話が早い。ちょっと試す」
戻ってこい集中力、そして。
幸い、今の僕はタッゾにも別の何かにも苛立っていないぞ……っと。
「よしっ! 出来たっ。ちゃんと触れる」
「また、そんな簡単に……あぁ~。エノ~~~ン」
アーラカが天を仰いでいる。
しかも、エノンの名前まで出した。
「まずかったか、アーラカ?」
「あぁ~、いや~。うぅ~ん、ちょっと気持ちを整理する時間が欲しい」
「リティさん、そのナイフ貸して下さい」
「うん?」
タッゾに果物ナイフを手渡そうとしたところで。
「……消えた」
「すみません、リティさん」
「タッゾ、お前は微小魔石系統と相性が悪いんじゃないか? 次回から研究棟には付いて来るな」
「いやいや、待って下さい。ほら、俺も糸巻き板と魔紡糸なら触ってたじゃないですか」
そういえば、そうだった。
それじゃ研究棟に来させない口実にはならないな、残念だ等と考えている僕に、低く声が掛かる。
「……ちょ~っと待とうか、リティ。糸巻き板? 魔紡糸?」
天を仰いでいたはずのアーラカの目が据わっている。
ちょっと怖い。
「何かなぁ~、それは? 今日は珍しく袋を2つも持って来たなぁ~とは思っていたんだよ、うん」
「あ、アーラカ?」
ちょっとじゃなく、かなり怖いんだが。
「私にも見せてもらえるよねぇ~、もちろん?」
「も、もちろんっ」
微小以上の大きさの形なのだから、残って当然だったと判明した糸巻き板と魔紡糸を慌てて取り出す。
「これなんだが」
すっかり僕はアーラカの様子に戦々恐々だ。
「……これも。簡単に作っちゃったのかい、リティ?」
「時間は結構掛かった。巻くのもタッゾに手伝ってもらったし」
「つまり1度も途切れてない、と」
「まぁ、うん。そうなる」
アーラカがそれはそれは大きなため息を吐いた。
再び天を仰ぐかと思われたアーラカはいつも通りの表情で、こちらを見てくる。
「人工魔石の事も含めて、論文に加筆しないといけないなぁ~。それとリティに頼みがある」
「うん、何?」
アーラカが元に戻ってくれて良かったと、安堵しながら僕は答えた。
「研究発表会にイルミネーション壁を作りたいんだよ。園の文化祭も兼ねているし、ちょうどいいと思うんだけど、どうだろう?」
「僕もいいと思う。そうすると瞬く微小魔石作りが僕の役目だな。了解、引き受けた」
園内だけだが、発表会を含めた小規模なお祭りでもある。
きっと園生にイルミネーション壁は喜んでもらえるに違いない。
「どこに塗るんだ、アーラカ?」
「いくつか候補は見繕ってある。後で一緒に見に行こう、リティ」
当然それに僕は頷いた、のだが。
自分も行くというタッゾからの無言のアピールなのだろう、背中からの締め付けが若干きつくなる。
「タッゾ、苦しい。どうせ付いてくる気だろうが」
「分かってくれてるリティさんが大好きです」
やれやれだ。
「微小魔石に興味を持ってくれて、ついでに私達以外の作り手が見つけられるといいなぁ~」
「研究仲間が増えたら僕も嬉しいよ」
もしタッゾに渡していなかったら、果物ナイフは今も残っていただろうか?
もしかして、タッゾはあのナイフをアーラカに向けるつもりだったのではないだろうか?
実際に傷付けるまではいかなくても、ギリギリに突き立てるとか……考えていそうだ。
そんなタッゾの攻撃の意思を感じて、果物ナイフは融けた。
それに、エノンにプレゼントした木の棒杖。
たぶんエノンはあの杖を武器として使う気がない。
だから今も杖は残り続けているんじゃないだろうか?
そんな疑問がむくむくと沸いた。




