8・回想(7)
両親に黙っている事に<お小遣い制度>の、お手伝いがある。
「平民と馴れ合ってはいけない」
「お小遣い稼ぎに出てはいけない」
という両親からの言葉を、決して忘れたわけではない。
僕は友達が困っていたから、その手伝いをしただけ。
それが、たまたま、お小遣い制度の、仕事だったという形式をとる事にしただけだ。
両親からの僕への関心の現れとして、僕に1番分かりやすかったのは、両親から毎月必ずある銀行への振り込みだった。
だが両親の不興を買うと、振り込みが断ち切られるかも知れない。
もしそうなった場合、僕は生きていく術がないと感じていた。
形式はどうであれ、実際には両親からの言葉に背いている。
内心の葛藤は激しかったが、僕にとって、制度のお手伝いという言い分は、お小遣い稼ぎする為の苦肉の策だったのだ。
<お小遣い制度>はスエートのみならず、国内の街ごと、もしくは近隣の村々で連携して、行われている制度だ。
例えば、買い出しや草むしり・水やり、種植え・害虫駆除・収穫、裁縫、小物作り、引っ越しや模様替え、片付け・清掃、ペットの散歩、売り出し期間中の売り子・内勤、家事・イベント手伝い等々。
引き受けた仕事によって、大体の相場が決められていて、内容によってはお小遣い以上の賃金をもらえる。
体が動かないけれど、近所に頼むには気が引ける。
常時雇う事は出来ないが、少々の余裕はある。
長期で雇う事の程ではないが、短期間・短時間の人手が欲しい。
制度ついでに、話し相手が欲しいなんていう理由で、依頼する人もいるらしい。
引き受け手は子供から大人までの、ちょっとした時間がある人。
予め、こんな経験・技術がありますと、窓口に伝えておく事も可能だ。
僕が初めてお小遣い制度を知ったのは、エノンからだ。
「リティ、一緒にやろっ」
そう言って連れて行かれたのが、草むしりの現場。
小1時間そのお宅の人とお喋りしながら、草むしりをするエノンをたまに眺めながら、僕も手を動かした。
てっきりエノンが家の人に声を掛けられて、草むしりを頼まれたのだろうと思っていた。
「じゃあ、終わろっ」
「エノン、園はこっちだよ?」
「いいから。リティ、こっちこっちッ!」
と着いた先が、スエートの街のお小遣い制度を統括する建物の受付だった。
「終わりましたッ!」
にっこにこのエノンは慣れた様子で、窓口らしき人に声を掛けに行く。
「あら、エノン! お疲れ様。受付用紙をお願いね」
「はいッ!」
「ありがとう。じゃあ、確認してね」
「大丈夫でしたッ!」
「またお願いねっ」
「はいッ!」
元気良く返事をしたエノンは受付から戻るや否や、握りしめた手を僕に差し出して来る。
「リティ、受け取ってッ!」
慌てて広げた僕の手に、何枚かの小銭が乗った。
「……エノン?」
「リティの分ッ! 今日の稼ぎ。半分ずつだよ~」
「僕は……お金はあるから、いいよ」
「だ~め。これはリティの」
僕は返そうしたが、エノンは全く受け取ってくれない。
完全に困惑する僕に対し、ちょっとだけ考えてから、ひらめいたッ! という表情をエノンが浮かべる。
「じゃあッ、代わりにジュースをおごって!」
「それでいいの?」
「もちろん。こっちこっちッ!」
受付前から喫茶コーナーに引っ張っていかれ、ジュースを飲みながら、エノンは制度の説明もしてくれた。
その日から、エノンが見つけたお小遣い稼ぎに誘われ始め、一緒に過ごせる幸せを僕は味わった。
スエートの園でも、寮生は買い物に慣れた子……といっても早くて6・7歳から、この制度を利用する事を奨励している。
終わった後、楽しくおしゃべりしているうちに、エノンを通した仲間との関係も深まっていく気がした。
10歳までの園での生活費等は無償とはいえ、一定額だ。
上を見たら限がないが、卒園生が置いて行った衣類や勉強道具・武具類を活用して、遣り繰りしている。
そういう状況が寮生の目の前にあるから、お菓子が食べたい、おしゃれをしたいという理由は二の次。
しかも将来の事まで考えなくてはいけない。
10歳を越えても園に残るか、それとも……?
どうするにせよ、お金はないよりもあった方が良いに決まっている。
子供に任せられる仕事にも限度というものがあるから、制度が寮生にとって、仕事体験になっているかどうかは疑わしい。
ただ社会の様々な事柄に触れる、切っ掛けにはなっている。
とりあえず制度を利用して、園外へ出るたび、確実に顔見知りが増えるのは、エノンにとって悪い事ばかりではないはずだ。
性的倒錯者も増えるが、エノンのファンの方が何倍も増えるのだから。
そうすれば外で、エノンが無理矢理に何かされそうになったら、止めに入ってくれるかも知れないし、エノンの側にいた僕達を覚えてもらっていれば、教えに来てくれる事だってあるだろう。
もしかしたら制度の利用が、1番始めに両親からの言葉に背いた事かも知れない。




