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鉄道団欒+うそだよ  作者: きいまき
77/100

77・回想(68)




 つらつら考えていると、タッゾが言い出した。


「今のリティさんのそれはマリッジブルーというやつです」

「え、これがか?」


「そうです。結婚前の女の人がよくなるって、聞いた事ありません?」

「聞いた事はあるが」


 マリッジブルーは幸せの絶頂にある人が罹るのではなかったか?

 しかも、僕だとマリッジブルーは早過ぎだと思う。

 タッゾは断言して来たが、何だか疑わしいな。


「リティさんが俺との結婚を、それだけ真剣に考えてくれてる証拠ですねっ。嬉しいな~っ!」

「……」


じと~。

タッゾの様子からすると僕がマリッジブルーなのは、かなり疑わしい。


「丸め込もうとしているな?」

「リティさん、酷っ! どっからの情報なのか怪しい事を知ってたり、色んな意味で間違ってたり、いきなり行動に出たりするのに、俺の言葉は信じられないんですかっっ」


「あ~、分かった分かった」

 ここは引かないと、いつの間にかタッゾの良い様に転がされていそうだ。


「俺は傷付きましたっ! チュ~して下さいっ!」

「はいはい」


 ところが顔を近づけようとした途端。


「やっぱ、いいです」

「そうか?」


 タッゾに遠慮されたので、首を傾げながらも止めておく。


「リティさんっ!」

「ん~?」


「リティさん」

「どうしたんだ、タッゾ?」


 力一杯、呼ばれたかと思いきや、次は一転という感じで名前を呼ばれた。

 何だかタッゾの様子が妙である。


「前にも言っただろ、タッゾ。お前に我慢されると僕は気付けないぞ」

「……リティさん。結婚したからって、俺に対して絶対服従になったりしませんよね?」


 タッゾに対して、僕が?

 僕が絶対服従する相手は両親に対してだけだ。


 あぁ、もしかして。

 タッゾにとって結婚は、僕に飼われ続ける為にする事なのかもしれないと、ようやく思い当たった。


 だから僕から服従されるという構図は、タッゾ的に断固拒否なのだろう。


 というか、そんな方向で心配なのか?

 これでもかというくらい、声音に心配が漏れ出していたんだが。


 結婚相手が僕では不安だというなら、それはそうだ当然だと理解も示せるだろうに。


「実は僕よりお前の方がよっぽどマリッジブルーなんじゃないか?」

 いつもと違うタッゾの様子に、少し僕は心配になってきた。


 う~ん。


 そういえば、まだタッゾに感謝の気持ちを伝えてなかった。

 これは口以外の場所に、いっぱいチュ~しておくべきだろう。


「タッゾ。ヒミノトまで追って来てくれて、ありがとう」


 実はヒミノトまで追って来たタッゾに、証明してもらえた気が僕はしていた。

 地の果てまでも探し出して、という言葉は誇張表現ではないと。


 それから。


「デートだとは全く思っていなかったが、お前があれこれと作っているのを見るのは楽しいぞ」


 これは単純に、作成に取り組むタッゾが格好いい、というだけではない。

 知的好奇心が疼くのと、作成中のタッゾに少しは僕でも助言出来る事があるからだと思う。


 そこまで考えて、やっと今のタッゾの弱音に対する答えを出せた。


「お前は今、僕に対して色々と手加減してくれてるだろう? それがなくなったら、もしかしたら……」


 悲しいかな身体面でも経済面でも、魔術行使の面でも、全く僕はタッゾに敵わない。

 だからタッゾから全力で捻じ伏せられたら、あっさり僕は負けてしまう。


 その時僕は逃げ出す事よりも、服従する方を選ぶだろう。

 長年、両親に飼われ慣れている性ゆえに。


「と、思ったが。手加減がなくなる時は、お前が僕に興味を失うのと同時だろう。そうするとお前は、さっさと僕の側から居なくなるに決まってる」


 うん、腑に落ちた。

 どうも前提からして、おかしいと感じていたのだ。


「そう考えると、タッゾに対して絶対服従する僕というのは有り得ない話だという事になる」

 我ながら、出せた結論に満足だ。


 さて?

 果たしてタッゾの方はこの結論に賛同出来るだろうかと、少しだけ距離を置いて表情を見る。


「……冷静に考察しないで下さいよ、リティさん。やっぱりの、やっぱりで口にも欲しいです」

「んっ」


「リティさん……っ」

「く、くるし……」


「愛してます、リティさん」

「や、め……」


 がっしり抱え込んでくるタッゾの胸を押し返そうとするが、びくともしない。

 何回も繰り返される口づけのせいで、酸欠になりそうなんだがっ。


 でも、どこかでホッとしている僕がいた。




 よし、大丈夫そうだな。

 じゃあ今日の本題に入るか。


 昨日は部屋の掃除を黙々と。

 今日も糸紡ぎを黙々と……ひたすら、黙々と……。


 人工魔石糸を紡いでいった結果、かなり太っちょな糸巻きが出来てしまった。

 当たり前なのだが糸はキラキラ輝いて、晴れているのに降り出した夏のにわか雨の線を巻き留めた様である。


 しかも、糸巻き板をこれ以上太らせるのは止めておこうと、わざと僕は中断したのだ。

 続けようと思えば、まだ僕は続けられた。


「リティさん。魔力切れとかないんですか?」

「何ともない、大丈夫だ」


 心配されながらタッゾに差し出された糸巻き板を受け取る。


「上手く巻いてくれて、ありがとう」

「どういたしまして。次回からも、ちゃ~んと俺を指名して下さいね」


 僕はおざなりに頷いて、考える。


 始める前は喋らずにいても、正直ここまで長く糸を紡げるとは思っていなかった。

 糸を紡ぐ途中で僕が魔力切れになるか、集中が途切れるだろうと考えていた。


 どうやらラァフを名付けた後の、エノンの魔力の安定具合をレミから聞くに、きっとヒミノを名付けた事が僕に影響しているに違いない。


 ヒミノが憑く事になっているのはエノンだが、名付けや主は一応僕である。

 まだ園にヒミノらは到着していないが、お裾分けが先に届いているのだと思う。


 現に名付け前に作った糸巻き板が今日まで残っているのだ。

 たぶん今作った糸も、人工微小魔石の様に2・3日で消えてしまうという事はないだろう。


 この糸巻きをアーラカに自慢したくなってきた。


 会う予定は入れていないが、行ってもいいだろうか?

 そろそろアーラカも夏休みの帰省から、園に戻ってきているはずだ。


 アーラカが居なければ、守衛さんが教えてくれるだろうと僕は研究棟に向かう事にした。





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