76・回想(67)
本当に、毎日付いてきていたリュディーナが僕の側から居なくなった。
僕を観察するリュディーナを観察する時間がポッカリと空く。
何だか手持ち無沙汰で、意味もなく部屋の掃除を始めてしまった僕は、その最中に片付けていた糸巻きの存在を発見した。
ちょうど時間にも空きがある。
掃除で逆に少しだけ乱雑になった部屋を片付けて、明日から糸巻きを始めよう。
だが、1人では無理なのは重々承知。
そこで元々巻き込む気だったタッゾを捕まえる。
「タッゾ。明日の放課後に時間はあるか?」
そう声を掛けたものの、そういえば数日待てば園に押し掛けて来る、ヒミノら1群の誰かに頼めば良いなと閃いた。
しかし1度口から出してしまった言葉は戻らない。
思い付くのが遅かった。
「リティさんの為なら、いくらでも空けます」
「わざわざ空けてくれなくても良いんだが……?」
「リティさんより大事な用などありません」
「だから用があるなら、そっちを優先させろ。ヒミノらに頼むだけだ」
失敗した。
実は用事があるのか、それとも本当にないのかも分からない。
「俺だったら、今すぐに出来ますから。今すぐ」
「あ~、分かった。明日から手伝え」
良いアイデアだと思ったのだが、手伝いは自分がするとタッゾが引かない。
もう言い合うのも面倒なので、糸巻き板の持ち手はタッゾに頼む事にした。
ちょうどリュディーナが面会に来る前に取り掛かり、ずっと放ってあった糸巻き板。
リュディーナへの対応に気を使いながらも、いつも心のどこかに残っていた。
……嘘だ。
糸巻き板の事は片付けた後、一時マルッと忘れていた。
糸巻き板を隠し場所から引っ張り出して、やっと思い出したのだ。
今日の糸巻きに備え、昨日は黙々と掃除を終わらせた。
おかげで部屋はすっかり整理整頓済みだ。
しかし、心の中の片付けは上手く出来なかった。
人工魔石糸を紡ぐにあたり、心のモヤモヤをスッキリさせておきたい。
人工魔石糸を紡ぎながら話していると、糸が途切れてしまいそうだから。
糸を紡ぎ出す時は一心に行いたいのだ、僕は。
なので、まずタッゾに聞きたい事を聞いてしまう事にする。
「ところで、タッゾ」
「何ですか、リティさん?」
「リュディーナと何度か2人で話す事があるみたいだが、どうだった?」
「どう、とは?」
どうも僕が真実の愛についての話を、恥ずかしくて出来ないとリュディーナには思われた様だ。
園に人が戻ってきたり、新しく増えたりした今でも「さようなら」にはならずに、リュディーナとの交流は続いている。
しかもリュディーナは朝や放課後、タッゾと2人で僕を待っていてくれる事もあった。
それは嬉しいのだが、その時に出会いから今までの事を、タッゾから聞き出しているらしい。
なぜそれを知っているかというと、食堂などで会った時にリュディーナがタッゾの話した内容を語ってくれるからだ。
タッゾの脚色話にリュディーナは騙されている。
だがリュディーナの夢を守る為にも、迂闊に事実はこうだったとも言えず。
どこの誰と誰の話だと笑い出すわけにもいかず、うつむいて黙り込むしかない僕の口は引き攣る一方だ。
今は別の件を訊ねたかったので仕方なく、その事は置いておく。
「リュディーナは可愛いだろ?」
「はぁ?」
当然返って来るものと思っていた同意はなかった。
もっと具体的に突っ込んでみる。
「小さいうちから仕込んで、自分好みに育てようとか思わなかったか?」
「そんなの思いませんって」
「何でだ?」
「あの~、リティさん。俺、ヒミノトにリティさんを追っ掛けて行った時、しっかりプロポーズもしましたよねっ」
僕からの問い掛けに、タッゾは若干むっとした様子を見せた。
だが本当に分からなかった僕は、タッゾにしつこく聞いてみた。
何せ、リュディーナと僕は髪の色が一緒だ。
小さい頃の自分がどんな顔をしていたかなんて覚えていないが、半分は血が繋がっている。
扱いづらいだろう僕と違って、性格も素直だ。
「ちらっとも思わなかったのか?」
「チラッとも、これっぽっちも! ですっっ」
「むぅ~」
納得がいかず、唸った。
「……ところで、リティさん。それって嫉妬ですか?」
そんなわけないですよね~と続きそうな表情で、タッゾから質問返しが来た。
「嫉妬かどうかは分からないが……でも、それを聞いて安心したような? ますます分からなくなったような?」
「掘り下げない方がいい気もしますが、ちなみに、どう安心で、何が分からないんですか?」
「愉快な変態思考の持ち主じゃなくて安心した、かな?」
「分からないのは?」
「僕は我ながら面倒な女だと思うし、タッゾが何故に僕と結婚したいと思えるのかが分からない?」
タッゾに対する僕の態度が良くないのに自覚はある。
なのでタッゾが僕の内面を気に入った事など有り得ない。
外見も可愛いリュディーナが駄目ならば、たぶん僕の外見も関係ない。
内面でも外見でもないなら、後は何があるというのだろう?
お前は趣味が悪いとか、恋愛運がないとか、人を見る目がないとか?
何かが僕にあるというより、タッゾにそんな要因があると考えた方が納得出来た。




