75・回想(66)
ヒミノトから園に帰ってきた次の日、朝の食堂でリュディーナと合流出来るように僕は寮の食堂へと向かった。
同席したリュディーナは、ずっと話を聞きたそうにしていたから、僕としても切り出しやすかった。
「ヒミノトへ行ってきたよ、リュディーナ」
「それで、いかがでしたかっ? リティ姉さまでしたら、やはり入る事が適ったのではっ?」
僕はタッゾの時も話を拡散させる為に、わざと園内で人の多い場所を選び歩いた。
それと同じ様な状況の方が良いだろうと、リュディーナにヒミノトの屋敷の話をする場所を、そこそこ混み合っている朝の食堂に決めたのだ。
あの時、乗りが悪かったタッゾとは違い、リュディーナの反応は実に良い。
このリュディーナの様子なら、僕がしゃべる情報に信憑性が上がるだろう。
周りだけでなく両親、ひいては我が家に興味を持つ貴族家に、僕の話を信じてもらわねばならない。
なのでリュディーナの反応の良さは、今回非常に助かった。
だがリュディーナの期待と信頼を、僕は裏切る。
僕はリュディーナの信頼を裏切る心の痛みより、人外を手に入れたと周りに知られ、騒がれる事の方が辛いのだ。
だから僕は嘘を吐く。
タッゾとの仲を広めた時のように。
今から話す内容こそが事実だと、周り中に認めさせる為に。
「入れる入れないどころか、ヒミノトの屋敷は廃墟になっていた」
「まさか、そんな……」
正しく真実を述べるなら、廃墟となっていたではなく、廃墟と化した、が正解である。
ヒミノトの屋敷がいつ建てられたものか、僕は知らない。
だが下手をすれば、我が家の創成期に建てられた建築物ではないかと思う。
ヒミノがキラキラを回収し終えてみると、屋敷は天井もない、壁もない有様だったのだ。
もっともエプア山を借景にして整えられた庭の木々や花々だけは、変わらず手入れされた状態で残された。
自然物の為、さすがに庭には状態保存の魔法が掛けられなかったと見える。
一気に伸び放題になりはしなかった。
そのヒミノトの屋敷の有り様は、見る者の心持ちによって、幻想的と見るか、もしくは異様と見るか、人によって意見が分かれそうだった。
「どうするんです? なんなら全部燃やしましょうか?」
「燃やしたら余計に怪しまれるだろうが」
「主様、私奴共が枯らす事も出来ます」
「世話をしていたものに、枯らす手伝いは頼まない」
タッゾといい、ヒミノといい。
燃やす枯らすと、屋敷と共に一掃方向だ。
かといって、では代案を出せるのかと問われたら……。
「……リティさん?」
「……はぁ。このままにする」
「よろしいのですか?」
「良くはないが対策法が思い付かないから、このままでいこう」
屋敷の残骸と、整った庭の状態の差が激しいが、まさか一掃するわけにもいかないしと諦めた。
「屋敷の主が誰に変わったとかじゃない。ただ単に壊れそうだったから、ヒミノトの人外は誰も入れない様にしていたというのが、事の真相だと思う」
予め考えておいた嘘だ。
「父上の事だから、屋敷に入れないと腹を立てるだけで、入れない理由を家憑きに訊ねようとしなかったんじゃないだろうか?」
「……お父さまでしたら、ありえますわ」
案の定、リュディーナは同意してくれた。
あの父だからと言うだけで、異母妹ならば理解してくれるだろうと踏んでの問い掛けだった。
「ごめん、リュディーナ。そんなわけで、父上への意趣返しは手伝えないよ」
「いいえ、リティ姉さまが謝る事ではありません。いつか、わたくし自身の力でお父さまの鼻を明かしてみせますっ」
「うん。リュディーナなら、きっと出来る」
「はい。わたくし頑張りますね」
「うん。頑張れ」
これでリュディーナの僕への用件は終わってしまった。
さすがに今日1日くらいは、姉を慕う妹でいてくれるだろう。
でも明日からは、他の異母弟妹な状態に落ち着いてしまうかも知れない。
そうなってしまうと会話するどころか、挨拶さえ出来ないのだ。
だから今のうちに、お別れくらいは言っておきたかった。
「それじゃあ、……さようならだね」
「リティ姉さま?」
リュディーナは強いから、異母弟妹に対する僕の未練など簡単に振り切り、さようならを返して来るなり、立ち去るなりすると思っていた。
「僕への用は済んだだろう? 貴族としての在り方から外れている僕ではお手本にもなれないし、もう観察し続ける理由がない」
「リティ姉さまがご自分を卑下される様な言い方をされずとも、ちゃんと分かっております」
それなのに、どうも想像していた答えと違う。
その上。
「どうぞハッキリ仰って下さい。わたくしがお邪魔なのでしょう、リティ姉さま」
「……っ!」
やっぱり気付かれていたと、僕は息を呑む。
それはそうだ。
嫌味を言った事だってあるのだから。
しかし。
言葉のわりに、リュディーナの視線が妙に暖かくないか?
むしろ、これは、あれだ。
真実の愛を語る時の目……。
「わたくしが一緒に居ては2人きりでデートも出来ないと、タッゾさまから叱られてしまいました。もしやリティ姉さまもタッゾさまから何か?」
「いや、大丈夫」
やっぱり、そうだった。
タッゾめ、リュディーナに何を吹き込んだ!?
この調子だと僕が勘違いで思い込んだまま、見誤っている件がまだまだありそうだ。
でもまあ。
リュディーナはタッゾの名前を呼ぶ事に、嫌悪や恐怖といった抵抗を感じていない風に見える。
確かにタッゾが言っていた通り、手は出していない様だ。
だがリュディーナの夢を壊してはならないと、目が明後日の方向に泳ぎそうになる。
リュディーナが語る真実の愛から、タッゾと僕とでは大きな隔たりがある様な気がするからだ。
そういえば今思い出したが、エノンからもタッゾといる時の僕は楽しそうだか何だとか言われたな。
第三者からだと、タッゾと僕は一体どう見えているんだろう?
謎すぎる。
でも、リュディーナが真実の愛に強い憧れを持つのも、仕方のない事かも知れない。
居場所がなくなった生家から、真実の愛で連れ出してもらえたのだから。
僕にとってのエノンの存在が、リュディーナにとっては真実の愛にあたるといっても過言ではないと思う。
ただ僕と違うのは、その真実の愛とやらのせいで、またもリュディーナが身の置き所を失っている事だ。
そう分かっているのに、僕はリュディーナの側にずっと一緒に居てあげる気がない。
薄情な姉だよな。
「……リティ姉さま?」
「そろそろ食堂から出ようか、リュディーナ」
考えている事がそのまま表情に出て、難しい顔をしていたらしい。
リュディーナが心配そうに問い掛けて来たので、何もないよとばかり僕はそう提案した。




