74・回想(65)
僕が揺れまくっているのが分かったのだろう。
今度は目の前の人外に対し、透かさずタッゾが言い出す。
「おい、お前さ~? リティさんが主だって言い張るなら、今のリティさんの願いが何か分かるよな?」
声に威圧が入っているのは気のせい……じゃないな、これは。
この人外は何百年も前からいる存在だというのに。
僕の婚約者であるという事を笠に着てというよりは、単に自分以外の存在が僕の側に居る事になるかも知れないという事が気に食わないのだろう。
それくらいのタッゾの心情なら、僕にも分かる様になってきている。
「雛先輩、たぶん卒試で何かやらかしますよ~。気まぐれだって話ですし、リティさんも1つ憑いてるだけじゃ心配じゃないですか?」
「そう言われると……」
聖杖のダンジョンで、エノンがラァフの事をそう言っていた。
きっとラァフの場合は、憑き主であるエノンに対してだからこそ、甘えから、気まぐれになってしまうに違いない。
「もし僕が汝らに、この屋敷を捨ててほしいと望んだらどうする?」
「主様のお望みでしたら、私奴共に否やはございません」
そんなタッゾの態度にも、無茶を言い出した僕にも気分を害した様子もなく、目の前の人外は頷いた。
「いいのか、そんなに簡単に?」
「もちろんです。それと以前から主様が目を掛けておられるエノン様でしたら、私奴共も存じておりますが?」
「それなら話が早くて助かるんだが、本人に気付かれない様に守る事は出来るか? しかも既にエノンに憑いている1つとも、仲良くしてほしいんだが」
「私奴にお任せ下さい。ラァフ様の事でしたら、よく存じております」
エノンだけではなく、ラァフにまで敬称が付いた。
これなら本当に大丈夫そうだ。
人から見ればラァフは聖獣になるのだが、人外からすれば聖魔の括りなんて関係ないと思う。
それでも鳳は特別であるらしい。
「どれだけ汝らが集っているかは分からないが、汝らは汝単体に戻る事は可能だろうか?」
「今すぐは無理ですが、時間を掛ければ可能です」
どうやら元は1つでも、間を空けずに次から次へと増えていったわけではない様だ。
複数になってから、きっと年月も経っているのだろう。
「一度に汝らがエノンに憑けば、さすがに周りにも気付かれると思う。だからエノンに憑くのは1つでいい」
「はい、主様」
「だが先に憑いている1つがはしゃいで力を振るう時に、抑える力のあるものが憑いてくれると良いんだが」
「完全に抑える事は難しいかと」
何百年も存在している人外が、敬称を付けるくらいだからな。
きっと力の差があるに違いない。
「分かっている。なので人の常識の範囲内まで、力を落としてくれるだけでいい」
「……それならば、何とか出来ると思われます」
「うん。頼む」
よし。
前向きな答えをもらえたぞ。
エノンが卒試で何をする気なのか、相変わらず秘密にされたままだ。
でもこれで、どこかにエノンが隔離されて会えなくなる可能性は低くなるはず。
しかし、ホッとするのはまだ早かった。
「残った私奴共は主様の側に居てもよろしいですか?」
そうだよな、そうなるよな。
僕は正直な思いを、告げる事にした。
「あまり側に人が居るのは落ち着かないんだ」
「……そうですか」
この屋敷を僕の一存で捨てさせるのだ。
僕の側以外に、どこかないだろうか……。
「そうだ。園の管理の手伝いをしてくれるか?」
ただ問題は先立つ物である。
「この屋敷の維持管理費をそのまま園で使えるといいんだが、どうだろう?」
「他の屋敷の家憑きと相談してからになりますが、主様がこちらにいらっしゃらない間もずっと出ていた費用ですから、許可されると思います」
「そうだといいんだが」
「近々ご結婚されたとしても、主様は初代様の遠いご息女ですから、まず承認されるかと」
何度も話に上がる初代は我が家の人外にとって、どれだけ尊い存在だったのだろう?
創成期から力を失い消えていった貴族家の人外がいる一方、何百年を経た今でも初代の指示は我が家の人外の中で生きている。
初代とこの屋敷の人外の絆へ割って入るかの様に、僕が主になってしまっても良いのかと再び気後れしてしまいそうだった。
だが、これも僕の主観でしかなかった。
「つきましては主様。ぜひ私奴に名付けを」
「僕が名付けたせいで、初代との縁が切れたりしないか?」
「ご心配には及びません。どうかお願い申します」
ここまで言われてしまったら仕方ない。
でも名付ける事になるなんて、全く考えていなかった。
エノンはあんなに短時間で、よくラァフという響きが出てきたものだ。
美的センスもなければ、名付けセンスも僕にはなさそうである。
「今度じゃ駄目かな?」
「今を逃すと、ずっと名付けて頂けない様な気がいたします」
弱ったので言ってみた。
が、勘弁してもらえなかった。
たぶん、その通りになる。
うんうん悩んでいると、タッゾから助け船が入った。
「リティさん。ゆる~く地名からとかで、どうですか?」
「ヒミノトの、ヒミ? ノト? ヒミノ? ヒミノでどうだ? こんな付け方で本当に……いいよな?」
ヒミノの存在に慣れれば、きっと僕の事だから自然と傲慢な口調になるはず。
だから、そんなに寂しそうにしないで欲しい。
「はい、主様。私奴はこれよりヒミノです」
そうヒミノが言った途端、あちこちから歓声が聞こえた。
しかも同時に周囲がキラキラし始める。
見覚えのある微小魔石のキラキラだ。
「何かしてるのか?」
「全力で主様にお仕えする為、この屋敷から私奴の保存保護を解いております」
絶対に人外はもうラァフ以外は側に寄らせないぞと、あれだけ思っていたのに。
両親に対してといい、僕の絶対に何々しないという気持ちは、容易く変わってしまうなと自嘲した。




