73・回想(64)
「申し訳な……」
「いけません、主様」
いけません?
「命令系ですよ~、リティさん」
あぁ、タッゾの突っ込みで思い出した。
僕が主だから命令しないといけないんだった。
「……指示なんだが?」
こんな感じで良かったかな?
「はい、主様」
良いらしい。
タッゾへの対応で、人外に対しての言葉遣いは大丈夫そうだ。
「今スエートの園にいるリュディーナという、僕と同じ髪色の妹がいるんだが。その子をこの家に入れてあげてほしい」
「今すぐ迎えを遣わしましょうか? それとも後日改めて、主様がお連れになるのですか?」
なるほど。
確かにリュディーナはまだ幼いし、可愛い。
スエートからヒミノトへ、1人旅をさせるには不安がある。
拐われないよう付き添いが必要だ。
寮で始めて面会した時、リュディーナは1人だったが、さすがに駅か、園までは誰かに送ってもらったはずだ。
そうすると後日改めて、だな。
そこまで考えて、ふと僕は思った。
リュディーナは最初から信じ込んでいたが、父は僕がこの屋敷の人外の主になっているとは夢にも思わないのではないだろうか?
園に放り込んだ出来の悪い子供に、人外の主を取って代わられたなんて父が考えられるわけがない。
そもそも自らがこの屋敷の人外の主ではなくなったと、親しい仲だろうが父は周りに言えないだろう。
だからまず原因を探るべく、一族内に広まる前にリュディーナを使い、髪の色に対するこの屋敷の人外の反応を見たのではないだろうか?
父の一族の中には、父と同じ髪色を持つ者などいくらでもいる。
今回人外から聞いて僕が初めて知ったように、きっと両親は貴族家と人外の関係性は知らないし、この屋敷の人外が元は1つの存在だとも知らないはず。
リュディーナだけならともかく、対外的に僕がこの屋敷の人外の憑き主と知られてしまうのは、果たしてどうなのだろう?
いつかは再訪するだろう両親に対し、主同然の持て成しをしてほしいと僕が指示しておくとして。
そうして入れる様になったとしても、1度は離反した人外と、この屋敷の存在自体を両親は許さないと思う。
両親の子供であり、いつの間にか思考回路が似てしまっている僕だから、そんな図が想像出来た。
とはいえ。
この仮定も、また僕の思い込みにしか過ぎないかも知れないのだが。
それでも人外の憑き主になるという事は、僕の側にこの人外がずっと居る事になる。
とすると必然的に、この人外から視線を向けられ続けるという事に……。
うんざりだ。
さすがにもう入園前のスエート駅での様に、両親とこの人外の繋がりは疑っていない。
だが、人外からの視線を受け続けるのは、僕なら気になって嫌だ。
厳しい。
この屋敷を閉鎖したいくらいだ。
「リティさん、イイ事を思い付きましたよ」
考え込んでいると、タッゾが言い出した。
非常に言い方が怪しいが、一応耳を傾ける。
「保護が得意なら、そいつには雛先輩に憑いてもらったらいいじゃないですか」
「お前からエノンを守るという発想が出てくるとは思わなかった」
それにエノンにはラァフがいるのだ。
ラァフの様にこっそりならともかく、エノンだって僕と同様の感じ方をするだろう。
タッゾの言う通りにして、この屋敷に集まっているらしい複数の人外を、エノンに押し付けるわけにはいかない。
「一応このまま義弟になりそうですし~?」
「……義弟」
その言葉を聞いた途端、色々な雑念が吹き飛んだ気がした。
エノンとレミが結婚するとタッゾの義弟になる。
深く考えずとも当たり前の事なのだ。
このままタッゾが僕の側から離れなければ、エノンは僕にとっても義弟となる?
兄妹の嫁・婿どうしなわけだから、相婿・嫁になるのか?
うん、間違いない。
このまま進めばエノンとは義理の姉弟、少なくとも親戚になる。
僕を守りたいとするエノンの気持ちを知れた今、恋人や結婚という形に拘らなくてもいい。
そう思ってはいたが、こうして現実味を帯びて見れると、やはり嬉しさが込み上がる。
待て。
ショックよりも嬉しさなのか? 自身の心に問う。
うん、確かに嬉しさだ。
エノンと身内であるという形になるのは悪くない。
エノンと親戚になる為にも、僕には貴族家の地位は必要ない。
それに、この屋敷憑きの人外の主であると知られて、両親と争う事になるのも嫌だ。
リュディーナは父に対する復讐の為にも、この屋敷が欲しいと言っていた。
本当にリュディーナがこの屋敷で過ごしている時、もし両親が現れたらどうなる?
両親はリュディーナを不審に思うはずだ。
数年前に父と来た時には入れなかったのに、今はどうして? という両親からの詰問に、リュディーナが僕の事を漏らさず、耐えられるとは思えない。
タッゾの過激発言の様に、この屋敷ごと人外までも……とは言わないけれど。
こんなに美しい眺めは勿体無いが、閉鎖では済ませられないくらい、この屋敷は厄介事の種だと僕は感じた。




