72・回想(63)
予期せぬ形で知ってしまった。
今までなら、知りたくなかった事を教えてくれた人外に、怒りの矛先を向けていた事だろう。
だが今は僕よりも過激な、タッゾといるのだ。
「リティさん。屋敷ごと、ぶっ壊したくなりました? だったら、お手伝いしますよ。任せて下さい、準備はばっちりです」
どうやら、僕には天の邪鬼な気質もあるらしい。
周りが大きく反応すると、逆に落ち着いてしまうのだ。
「……何を持って来てるんだ、タッゾ。例え僕が頷いても絶対にやるな」
「せっかくリティさんがその気になってくれたと思ったのに~、残念です」
「まあ、お前の気遣いには感謝する」
「マジか。リティさんに頬チューされた」
「聞こえてるぞ。それぐらいで何だ、今更」
短くタッゾとの遣り取りを終わらせ、人外への問い掛けを再開する。
「この屋敷の維持管理費と園と僕への振り込みの他に、何か問題はなかったのだろうか?」
「私奴共がここに集うにあたりまして、代わりに人を雇い、引き継ぎを行っている間に少しあったと聞いてます」
「他の屋敷の人件費が増えたって事か」
「どの貴族家でも起きてきた事です」
今回この人外から僕が主だと思われたせいで、我が家だけに起きているのではなく、どの家でもだって?
始めて知った内幕に、僕は唖然とする。
「……聞いた事はないが?」
「いいえ、主様。家の創成期によく起こりました。主を失った人外は力を落とし、その姿を失いますから」
貴族家の創成期、我が家の初代。
本当に一体、何百年前になるのやら?
それほど前から家に仕えているのだ、この人外は。
僕などこの人外から見れば、赤子のごとく力ない存在に見えるだろう。
「なので現在の貴族家で、人外は内向きを取り仕切り、外向きの事は人を雇って行っています」
「何故だ?」
「はい。そうすれば人外が力を落とし、姿を消した時。内向きは多少ごたつきますが、家の外にそうそうごたつきは漏れません」
なるほど。
それでヒミノトの屋敷が出入り出来ないと、僕のところに全く漏れ聞こえてこなかったのか。
「内向きにしても、外との対応が出来る人材を育てるよう言われている為、それなりに対応出来る人材は確保済みです」
「そんな事まで汝らが? なぜ育てたんだ?」
「初代様や、その血を濃く引く方々から指示を受けました。急激に力を落とし、姿を失くす人外が増えていた時です」
「何回も聞いてしまうが、なぜ僕を主と定める事にしたんだ? 僕も一応、両親の子供なんだが?」
僕の外見の色を見れば、両親の遺伝子を継いだのは明らかである。
とはいえ初代の血は相当薄まっているはずだ。
この屋敷の人外も僕を主にしては、余計に早く姿を失くしてしまうだけな気がする。
「主様はただ御一方、主様だけです。それ以外など認められません」
「……」
定めた・定まっているとか言われても、主と定まったその理由が僕にはさっぱり伝わって来ない。
「さっき僕がタッゾに締め付けられた時に思ったんだが、人に憑いた人外は憑き主の願いを叶えようとするものだろう?」
「はい。主様の喜びが私奴の喜びです」
「それなのに、汝は僕からタッゾを引き離そうとしなかった」
僕からすると矛盾があるような気がするのだが、この人外にとっては違ったらしい。
「私奴は主様を我が主と定めた事で、この屋敷憑きの筆頭ともなりました。そうなったからには主様の血も守らねばなりません」
「憑き主の願いより、血の存続なのか」
「これまで主の子が次の主になっておりました。なので私奴、自然と血の存続に重きをおく様になっていた次第です」
それなら惰性だろうが、これまで通りに父の選ぶであろう、魔力が強く魔術に優れた次期家長を主とした方が余程良いと思う。
と、思うのだが。
この屋敷の人外にとっての主は、どうしたって僕なのか……?
う~ん?
何だろうか、この覚えのある感じは?
首を捻っていると、唐突にタッゾが席を立って急かしてくる。
「リティさんっ! 帰りましょう、すぐにっ!」
「……座れ、タッゾ」
そうだ。
押し付け憑き人外ならぬ、押し付け飼い犬。
なぜ僕が良いのかさっぱり分からないが、くっ付いてこようとするのが、ここにも居たな。
振り払っても振り払っても、くっ付いてこようとするところが一緒じゃないか。
それにタッゾが僕に飼われたがった理由も、相変わらず理解出来ないままなところも同じである。
はぁ~。
もうタッゾと人外が僕に絡んでくる理由は、僕には分からないままで良いや。
現状は変わらないのだから、悩むだけでなく適応せねば、僕がしんどいだけだ。
どうせ断ろうが、分からないまま飼い主・憑き主され続けていくのだから。
そんな僕の心情を読んだのだろう、タッゾが不満たらたらに問い掛けてくる。
「飼う気ですか、それも?」
「お前という見本がここに居るんだ、仕方ない。それ以外にどうしろと?」
「リティさんには俺がいるのにっ。……あ~。ちょっと考えます」
「分かった」
考え出したタッゾを再び放置して、人外との話に戻る事にした。




