71・回想(62)
贅沢な眺めだ。
目の前の眺めの美しさに、僕は少しぼんやりしてしまった。
まず目の前には美しく手入れされた庭がある。
そのすぐ後ろに、エプア山がある様に見えた。
きっとエプア山と調和するように、整備された庭なのだろう。
でも手入れはされるが、誰にも眺めてもらえずに放置されるなんて、実に勿体無いと思う。
そして僕はおもむろに側でずっと立って僕を見守っていた人外に、冷茶のお礼を切り出した。
「お茶ご馳走様、美味しかった」
「勿体無いお言葉です、主様」
「それなんだが。汝の主は僕ではないんじゃないかな?」
「いいえ。私奴の主は、主様で間違いありません」
問い掛けると、キッパリとした断言で返されてしまった。
「なぜ僕が主なんだ?」
「私奴は初代様から、この家に仕えさせて頂いているものの1つです」
「え……っ」
初代?
父どころか、何十代も前の時代からだった。
僕は驚いて声を上げてしまった。
「貴女様を主様と知り、これまではただ惰性で契約を引き継いで来ただけだったと、私奴は分かりました」
しかしそんな僕に構う事なく、人外は夢見る様な声音で語り続ける。
「あぁ。貴女様が主様だと定まった時の、あの衝撃。いつまでも私奴共は忘れられない事でしょう」
うっとり。
まさにそんな言葉が打って付けな人外の様子。
しかも、複数形でしゃべってくる。
「私奴共?」
いや、待ってくれ。
確かに目の前の人外だけで、この屋敷をいつでも使えるように管理するのは難しいと僕にも分かる。
それに幼い頃、この屋敷に複数の人外が居た事も僕はしっかり覚えている。
それらの人外が一斉に、主を僕に鞍替えしたっていう事か?
「ちょっと確認したい。僕がこの屋敷に居た幼少時と比べて、人外の数は減っているのか?」
「増えています、主様」
「なぜ増える?」
「別の屋敷で働いていた私奴共が、主様を得た事で少しずつ集まってきたからです」
「何だって集まってきたんだ?」
「私奴共この屋敷に仕えているものの元は1つ。ですから、思考や感情といった類を私奴共は共有しております」
これはさすが人外、といった部分だろう。
どうやって共有しているのか、さっぱり分からないが。
「あの時、スエートで主様は私奴を受け入れては下さらなかった。けれど変更しようもないほど、定まっているのです」
「……」
「主を慕うのは人外の性。側で仕える事を認められなかった私奴共は、主様が偲べるこの屋敷に集い、主様を迎え入れる可能性に掛けて、この屋敷を手入れしてきました」
「この屋敷は僕が主だから、誰も入れなくなったのか?」
「その通りです。例え先代であろうとも、主様の許可を得ていない輩を、この屋敷に入れるわけには参りません」
敷地内に入る前とは、全く別の意味で僕は怖くなってきた。
この屋敷から離脱してしまいたかったが、実害はないのだからと必死で我慢し、他に引っ掛かる事はないかと頭を回転させる。
そういえば、私奴共と自らを表現する目の前の人外が僕に仕える事を認めたら、ヒミノトの事は僕が指示を出さないといけなくなるのだろうか?
いや。
ずっと僕の指示なく、この屋敷はちゃんと整えられてきていたはず。
先ほど出された冷茶も、僕の為にこの茶葉が良いと人外が選んだはずだ。
だとすると、また違う疑問が出てくる。
もう飲んでしまったので、今更な気もするが聞かずにはいられなかった。
「話は全く変わるが、この屋敷の維持管理の経費はどうしてる? この茶葉もだが、まさかその、どこからか頂戴してきたなんて事は……」
「私奴は保存保護を得意としておりますし、長らく仕えておりますので人の経済概念も承知しております。他の屋敷の家憑きとも協力し、きちんと家の財から支払われております」
良かったと思えたのは、束の間だった。
人の経済概念も承知?
ヒミノト以外の場所にある屋敷の家憑きとも協力?
いくら人型だとしても、人間に精通し過ぎている気がする。
先程から聞いていると、人外の意思疎通に距離は関係なさそうだ。
「支払いといえば……園と、主様の銀行への振り込みも続けておりますが、金銭面でお困りではございませんか?」
「待ってくれ。汝が銀行に振り込んでくれていたのか? 毎月?」
「はい、これまで入園された方々を参考に行っておりましたが……主様?」
「大丈夫、困っていないよ。ありがとう」
そうか、そうだったのか。
振り込みが両親からの僕への関心の現れだなんて、ただの一方的な思い込みでしかなかったのだと、僕は痛いほどに感じた。
最初は無関心ではなかったはずだ。
なぜなら僕は入園前に通帳を作らされたのだから。
口座を作る時、園に支払われた金額がいくらなのか僕は分からないが、両親は僕に毎月振り込みがされていると知っているはずだ。
ただ。
少額しか振り込まれていないと考え違いをしていそうだ。
両親は大抵、抜き打ちで園にやって来た。
入園時から日々が過ぎるにつれ、僕は背も大きく成長していっていた。
だから持参した衣装はすぐに小さくなって着れなくなり、ずっと貴族らしくない格好で僕は両親と面会していた。
それなのに、僕は衣装に関する指摘を両親から受けた事がなかった。
今考えればおかしな事だ。
貴族としての体面を重んじる両親が僕の貴族らしからぬ衣装について、何も言わないなんて。
生活が苦しいと泣き付いて来ない、可愛げのない子供だと内心両親には思われていたのかも知れない。




