70・回想(61)
こうしていざ対面すると、1人では負ける気しかしなかった。
でもこのままでは、タッゾは僕を屋敷まで送ってきた外部の人であると、この人外に見なされる未来しか見えない。
タッゾを身内と人外に認定させ、一緒に屋内に入れるようにする手立てはないか?
あ!
良い手があるじゃないかっ!
早速、僕はタッゾを人外に紹介した。
「婚約者だ」
途端に、がばっとタッゾに抱きつかれた。
なるほど。
こういう部分も変わらないのか。
それならばタッゾと婚約者になろうが、日常に変わりはないんだなと僕は少し安心する。
僕は僕に抱きついてくるタッゾを気にせず、目の前の人外に集中する事にした。
「お部屋もきちんと整えてあります。どちらの部屋を使われますか?」
視線を向けられたからだろう、人外が問い掛けてきた。
「そんな事より、僕は主になった覚えはない。スエートの駅で、あの時ちゃんと断ったはずだ」
「申し訳ございません、主様」
謝れば済む問題じゃないッ!
口から飛び出し掛けた叱責の言葉は何とか呑み込んだ。
まるで僕が物凄く偉い立場にある事を錯覚させる、へりくだった人外の口調。
両親に対して行われていた事が、僕に対して行われる違和感が酷かった。
子供の僕に対して、両親から命じられれば丁寧ではあるものの、それ以外の時は当たらず障らずの態度であった人外に、今はへりくだられている。
気持ち悪いほどだった。
でも。
例えそうだとしても、ずっと前に少しだけ会話したっきりの人外に、再会した早々怒鳴りそうになるなんて変じゃないか?
敷地内に入るだけでも、あれだけ僕は躊躇い、怖気づいていたのに?
その反動にしたって、強過ぎる感情だ。
しかも、1人では負ける……だなんて。
この人外に対し、まるで戦いでも仕掛けるつもりだったかの様じゃないか。
何も分からないというのに、やけに喧嘩腰になっている。
そんな状態に陥っている事に気付いた。
この屋敷ではどうしても両親に対する、僕の気持ちが出て来てしまうとか?
いやいや、それだけじゃ弱すぎる。
もしかして僕はタッゾからのプロポーズが出る前から、混乱していたのだろうか?
ヒミノトの屋敷の話を聞くよりも前、きっとリュディーナに面会を求められた時から。
このままの心境じゃ、目の前の人外と落ち着いて話し合う事も出来そうにない。
平静な心持ちを取り戻そうと、僕は深呼吸を行った。
そして心に暗示を染み渡らせていく。
大丈夫。
今、こうして気が付けた。
まだ大丈夫。
間に合うはずだ。
主だとされている以上、たぶん僕の方から求めなければ、きっとこの人外からは謝罪か沈黙しか返って来ないに違いない。
再度ゆっくり深呼吸をしてから、僕は人外に話し掛けた。
「謝られるだけでは分からないよ。どうして僕が主なんだ? 解除は?」
リュディーナから聞くまで、僕はヒミノトの名前さえ思い出さなかった。
「僕にすれば理解しがたい。汝にとっての理由か、説明が欲しい」
「……主様。本当に?」
「うん、聞かせてくれ。どんな内容でも構わない」
そういえば、この人外は父にも仕えていた。
だから僕より絶対に年上で、しかもかなりの力を持つ。
普段通りの口調で話してしまっていたが、まずかったなと口調を改めて言い直す事にした。
「はい、お願いします。それから先程は声を荒立ててしまって、すみませんでした」
「主様いけませんっ」
駄目? 何が?
今度は人外の方がヒィッと悲鳴を上げ、僕を遮って来た。
僕を主と呼んだり、屋敷を閉ざした理由を聞かせてくれそうな雰囲気だと思っていたのに。
「私奴にそのような、いけませんっ。主様はもっと、傲慢に命じて下さらなければっっ」
目の前の人外はぶんぶんと大きく首を横に振っている。
「……え~と」
能動的にならともかく、いざ傲慢にと頼まれてみると案外難しい。
「リティさん。面倒なんで、さっさと吐かせて終わらせる為にそうしちゃって下さい」
「……」
「何なら、これの話も聞かなくていいですよ。この屋敷から消えろで、充分でしょう」
「……タッゾ」
確かに人外のこの様子なら、僕がそう言っただけで居なくなりそうではある。
「それが手っ取り早い方法なんだろうが、僕は聞きたい」
「必要ありませんって。リティさんの飼い犬は俺だけで十分です」
ん?
僕は首を傾げる。
「お前、僕の飼い犬から婚約者になったんじゃなかったのか?」
「リティさん……っ」
ぎゅうぎゅうに締め付けられながら、2度目にして僕は理解した。
うかうかと婚約者だと口にすれば、婚約者本人であるタッゾ自身から苦しい目に遭わされると。
そして、事の発端となった人外はというと。
「主様、冷茶の準備が整ったようです。こちらへどうぞ」
早速、屋内へと僕を案内しようとする。
主とその婚約者の間に何があろうと、スルーして割って入らない主義の様だ。
でも僕はタッゾを引き剥がすなり何なりして、助けて欲しい。
そうしてくれないという事は、つまり?
やっぱりこの人外の主が僕だというのは、間違っているのではないだろうかという思いを強くした。




