68・回想(59)
リュディーナから、何も聞かなかった事にしてしまえ。
そんな願望から生み出した幻聴かと思ったが、タッゾ本人が横に並んで来る。
「タッゾ、何で居る?」
早朝、誰にも告げずに僕はスエートを出た。
こうして屋敷を目の前にして立ち止まっていたし。
ヒミノト駅からここまで、あれこれと見覚えがある様な・ない様なと、ふらりふらりと歩いては来た。
さては特急を使ったな?
しかも特急を使うと、乗り換え駅で待つ時間が短くて済むのだ。
というか、そこまでしてタッゾが追い掛けて来るなんて、考えてもいなかった。
「リティさんが置いてけぼりにするから、仕方なくリュディーナでしたっけ? リティさんの妹。から聞き出しましたよ」
リュディーナから聞いたのか。
道理で追い付かれるのが早いわけだ。
……待て。
今タッゾは聞いたではなく、聞き出したと言ったのだ。
それは、どんな風に?
「リュディーナに何をしたッ?」
「ちょっとお話ししただけですって」
「タッゾっ!」
「可愛い義理の妹になるんです。痛めつけたりしてませんって」
リュディーナを紹介した時、思いっ切り態度が悪かったくせに?
今1つタッゾの言葉が信用ならず、じっと見つめながら問い掛ける。
「本当だな?」
「本当ですって。リティさんの側が俺の居場所だって言ったら、すんなり教えてくれましたよ」
「……」
確かにリュディーナは、タッゾと僕の間に真実の愛とやらがあると、信じ込んでしまっているから。
すんなり教えてしまった、かも知れない。
「それよりも、リティさん。こんな所にいて人外について考えるぐらいなら、俺との事を考えて下さいよ」
「タッゾとの事?」
「愛してます、リティさん。俺と結婚して下さい」
「はぁ?」
何だ何だ?
妙な言い回しをして来たと思ったら、タッゾが奇怪な言葉を口にしたぞ?
「俺はお買い得ですよ。魔物退治は得意です。制度仕事もバンバンこなせるので、しっかり稼ぐ事も出来ます」
「……それは知ってる」
しかも、今更なアピールまで始まった。
「軍からもオファーが来るようになりました。立身出世も望めます」
「……それはどうかな?」
タッゾの我が道を行く姿勢は、同じタイプには好かれるだろうが、嫌われる事も多いだろう。
上の役職の者に睨まれて、平のままで軍属が終わる事もありえそうだ。
「それなりに強いので、どんなものからもリティさんを守れます」
「……はぁ?」
何でタッゾが僕を守るんだ?
タッゾはタッゾ、僕は僕だろうに。
「なので俺を選んで下さい、リティさん。俺と結婚しましょう」
「……まだ結婚は早いだろ?」
「早くありません。結婚を思い付いたのが遅かったぐらいです」
「いや、でもな」
本当に、何なんだ?
随分と結婚を推して来るな?
結婚による家同士の繋がりなんてもの、タッゾには必要ない。
僕と結婚したところで、良い事など1つもない。
荷物を抱える事になるだけだ。
「リティさんは、俺と結婚するのは嫌ですか?」
「結婚自体を全く考えた事がない」
そもそもエノンを見守っていくのに結婚は邪魔だという考えで、タッゾを利用し始めたのだから。
当初の予想よりも、長い付き合いになっているとは思う。
だが結婚となると、どうなのだろう?
「嫌ではないんですね?」
「……」
「嫌じゃないなら、結婚を前提としたお付き合いってのに、移行しても良いですよね」
問い掛けに黙り込んでいると、タッゾが更に推して来る。
「おい、タッゾ」
「嫌じゃないなら良いじゃないですか。嫌になったら止めれば良いんです」
「……止められるのか?」
そんなものか?
結婚相手が決まったら最後、式当日に顔合わせで嫁ぐなんて話もあるらしい。
「止めて欲しくないですけど、止めれます」
タッゾが相手の場合に限り、そうじゃないという事か。
まあ、止めたくなるのは、案外こんな事を言い出したタッゾの方かもしれない。
「これまでと何か変わるのか?」
「変わりませんね。ただ正式に婚約者になるだけです」
変わらないという言葉には、少し安心を覚える。
嫁ぎ先の希望に沿って、僕の意思に関係なく卒園させられたり、行動を制限されたり。
そんな事もタッゾとなら、ないわけだ。
「……王宮に婚約の許可を取りに行くのか?」
他に聞いておく事はあるだろうか考え、浮かんだ問いを向けた。
「しません。というか俺は一市民なので、許可を取りに行く必要がありません」
「そうなのか?」
「研究者が言ってたじゃないですか。庶民の婚約は将来結婚するという、お互いの意思だと」
「そうだった」
研究棟でアーラカがそう教えてくれた。
タッゾから言われてようやく思い出すなんて、冷静なようでいて実は混乱しているらしい。
タッゾから僕はプロポーズされたんだよな?
そもそも、こんな時や場所でプロポーズされるなんて、誰も思わない。
今1つ結婚に対して、僕としては現実感がない。
ただ、タッゾからの猛攻を受け続けている事だけは確かだ。
「それじゃあ今から、正式にリティさんは俺の婚約者って事で」
「……考えとく」
「というわけで、リティさん。こんな所にずっと居るんじゃなくて、デートしましょうっ」
「いやだがな……」
デート……。
その、ふわっふわな響きがな?
タッゾと僕との間では違うと思うのだ。
「だって入れないんでしょ? そんな事にリティさんの時間を使うぐらいなら、俺に使って下さいよ」
そうタッゾに言われて、逆に天の邪鬼な気分になってきた。
先程からタッゾに押し流されるままなのは、何だか悔しい。
「いや、入る事にした」
僕は敷地内に1歩踏み入れる。
とりあえず、入った途端に呼吸が苦しくなるなんて事はなかった。




