65・回想(56)
リュディーナに園を案内して回った日。
結局またも僕は嘘を吐き、最終的に図書資料棟へと向かった。
園を案内して回るうちにリュディーナと交わす言葉はどんどん減り、沈黙が重たくて、私語厳禁である場所に逃げたのだ。
その日から僕は図書資料棟に入り浸りだ。
あれから研究がどうなっているかは気になるが、研究棟へはリュディーナがくっ付いてくる間は行けそうにない。
昨日も夏休み前の講義の復習をしようと書籍を選んで座ったものの、文字はちっとも頭に入って来なかった。
普段の僕は静かな空間が嫌いじゃない。
ただ気を遣っているから疲れるのだ。
それはリュディーナも同じ……いや、それ以上ではないのだろうか?
本当に全て覚悟の上だったのだろうか?
家とは勝手の違う寮に放り込まれ、赤の他人も同然の人間を姉と呼ばなければいけない。
しかも話題の1つも提供出来ない僕に付いて回ろうとしている。
そして今日は今日で。
スエートの出入門でも、リュディーナは僕と一緒に座っていた。
近くを通る人々から、何度も見比べられていた気がする。
常連客からリュディーナの事を問われるたびに毎回、姉妹ですと答えていた。
リュディーナは僕に対して、批判や侮蔑を一切ぶつけて来ない。
普通、出入門で賭け事の真似事をするだなんて、貴族ならば顔を顰める。
リュディーナと僕も魔術師の家系つまり大雑把に括るなら貴族だ。
その有り方から、完全に僕は完全に外れているというのに何も言わない。
貴族としてあり得ない行動を、面会した日から僕はリュディーナに見せ続けている。
リュディーナが別行動を言い出さないかなと、実は期待してもいた。
それなのに、リュディーナの答えはこうだった。
「わたくしも、ぜひご一緒させて下さい」
リュディーナから物凄く慕われている様な気がしてしまう。
姉がどこへ行くのにも付いていこうとする妹として、周囲からも見えていると思う。
といっても通常通り、客は少ない。
ぼ~っとしている時間の方が多いのだ、普段は。
だからこそリュディーナの、気詰まりだろう僕にずっと付いているこの態度に、慕われていると決めるなと、待ったが掛かるのだ。
必死で両親の機嫌を取ろうとする自分に、あまりに似ていて。
我慢しないタッゾに慣れてしまったから余計に。
リュディーナのこの態度に、僕は安心して仲良く出来ない。
それにリュディーナの視線は。
物珍しくて興味深いではなく、ただ観察している目だ。
「リティ姉さまは街の外へ出掛けられたりなさらないのですか?」
ああ、これは。
探られているな、と始めて感じた。
常連客と僕との間で繰り返される遣り取りを、しげしげ見つめた後の空白時間に、初めてリュディーナから問い掛けられた。
リュディーナは僕の機微を見逃すまいとしている。
園内ではなく街の外と関わる事に、リュディーナが探ろうとしている何かがあるのだろうか?
常連客と僕との間に、その何かは見つけられなかったらしい。
「今はリュディーナも一緒だろう? もし何かあったら、僕じゃ守れない」
リュディーナと一緒にいる限り、僕は街の外には出ないと思う。
それに魔物狩りは10歳になってからだ。
ラァフには可哀想な事をしている。
リュディーナが来てから、ずっと食事が僕作の人工魔石ばかりだから。
「いつもは1人でだったり、誰かから誘われたら、ダンジョンなんかも行くんだが……」
僕は今、お前がいると自由に動けないんだよと嫌味の棘をリュディーナに向けた。
リュディーナは気付いてくれただろうか?
冷たい響きには、ならないように注意したつもりだ。
年の離れた妹にこんな事をするなんて、本当に大人げない。
だがリュディーナの表情は変わらなくて、棘に気付いてくれたかどうか分からなかった。
しかも続けて質問をされる。
「リティ姉さまは魔物狩りもされるのですか?」
「うん。1番稼ぎがいいからね」
そういえばお小遣い制度の説明を、まだしていない。
リュディーナがどこまで自分だけで、寮の日々を過ごすつもりなのかは分からない。
それに今は、園での生活に慣れる方が先決だ。
僕といても貴族らしさが抜けないリュディーナには、きっとお小遣い制度の説明など必要ないだろう。
出入門での賭け事がそもそも、リュディーナの親族から何を教えているんだと怒られそうな気がする。
エノンはどうして僕を制度に連れて行ってくれたのだろうか?
多分だけど、万事に全く不馴れだった僕を少しでも、他の寮生達と馴染ませようとしてに違いない。
「それはスエートの近くでですか?」
「そうだね。たまに列車内での仕事もあるし、少し遠い所へ行く事もあるよ」
レミから誘われた時の事を思い出し、僕は付け加えた。
するとリュディーナから思いもしない地名が出て来る。
「ヒミノトへは?」
「ヒミノト?」
一体どこだったか、思い出すのに少々時間が掛かってしまった。
それぐらい僕にとって、遠い所になっていた。
「お帰りにはならないのですか?」
「入園して以来、行ってないよ?」
僕が帰る場所は園の寮しかない。
もし入園後にも何度か、両親からヒミノトへ呼び出されていたら、もしかしたら帰る場所の1つだと思えていたかもしれない。
だが、そんな事は1度もなかった事実がある。
「ですが……」
リュディーナは言い淀んでいる。
でも、もうここまで聞いてしまったのだ。
リュディーナが探ろうとしている事は、どう考えてもヒミノトに関係がある。
とはいえ、ヒミノトに関係があると知っても、ずっと行っていない場所に対する心当たりは全くない。
「リュディーナ。もう1度、聞くよ? ご用件は?」
気合いを入れて、初めて面会室で会った時の言葉を僕は口にした。
しばらくリュディーナは口をつぐんでいた。
そこで再度僕は促しをかける。
「リュディーナ?」
それを受け、意を決したようにリュディーナが口を開いた。
「リティ姉さまに必要ないのであれば、ヒミノトの屋敷をわたくしに譲って下さい」
「……。……え?」
すんなり答えてくれたのは良かったが、その瞬間、僕の頭は疑問符だらけになった。




