64・回想(55)
朝ご飯後、夏休みの入った事で人が疎らになっている園を、リュディーナに案内する事になった。
そもそもリュディーナは入園の時期がおかしい。
園の雰囲気に慣れる為という理由で、夏休みが終わる1週間くらい前なら、新しく園生が入って来る事もある。
それが夏休み始まってすぐに入園だなんて、疑ってくれといわんばかりだ。
タッゾとの恋に嵌まり込んでいて、その事に僕が気付かないと決めてかかっているのか?
もしくは逆に気付く事で、僕の意識がリュディーナに集中するのを狙っているのか?
しばらく疑問は尽きそうにない。
リュディーナの目的が分かるまでは、研究棟にも近寄らない方がいいだろう。
アーラカには悪いが、次回の約束は破る事になる。
エノンが気を利かせて、アーラカに伝えてくれるだろうから、一言もなく約束破りにならないのは救いだ。
一旦それぞれの部屋に戻ったのだが、面会と朝食時間の間は、糸巻き板も人工魔石も全部消えずに残っていた。
いつこれらが消えるかの観察もしたかったが、諦めるしかないだろうか?
小袋に入れ、持ち歩くつもりだったのに。
実験したさに、もう妹と仲良くするのが面倒になっているだなんて、駄目な姉だな……。
自己嫌悪だ。
リュディーナと待ち合わせした寮の出入り口へ向かうと、タッゾが来ていた。
「おはようございま~す、リティさん。何か、元気ないです?」
「おはよう、タッゾ。会った早々表情を読むな」
というか今回ばかりは読むまでもなく、完全に出てしまっているのだろう。
「すまない、八つ当たりだ。それから今日は予定が入った」
「そりゃ~別に~、念入りな計画があったわけじゃないからいいですけど~。……あれのせいですか?」
ちっとも、いいとは思っていなさそうな声音である。
タッゾには糸の巻き付けを手伝わせようとしていたくらいだから、念入りどころか計画も何もなかった。
そして振り向くと、リュディーナが少し離れた場所から、こちらの様子を窺っている。
探っているというよりは、所在なさげだ。
「あれ、じゃない。妹だ。あからさまに威嚇するな、タッゾ」
近付くのを躊躇っているらしいリュディーナを、僕は手招きした。
今ここでタッゾを追い払ったとしても、リュディーナと会う機会はいくらでもある。
表面上だけでも仲良くしてもらいたいので、さっさと紹介してしまおう。
「タッゾ。妹の、リュディーナ。昨日、入園してきたばかりなんだ。今日はこれから園を案内しようと思う」
「ふ~ん?」
じろじろとリュディーナを見下ろすタッゾの態度が、思いっ切り悪い。
僕の妹に好印象を与えようという思考は、残念ながら働かなかったらしい。
「リュディーナ。僕の恋人の、タッゾだ」
異母弟妹に向けてタッゾを紹介するなら、恋人という言葉で正しい。
だが恋人っ?
タッゾと僕の間に、ふわふわ甘々な空気なんて流れた事があったか?
1度もない。
自分で言っておいて、物凄い違和感だ。
マズイ。
違和感があり過ぎて、逆に笑えて来た。
いい加減その威嚇を止めろという意味で、僕はタッゾに頭をぐりぐりと捻じ込む。
そうした理由の大半は、もちろん笑いで歪みそうな顔を隠す為だった。
「リティさん。照れないで、ちゃんと正しく紹介して下さいよ~。俺はリティさんの恋人じゃなくて、婚約者でしょう」
「……っ」
ますます正しくなくなったじゃないかっ。
ぐりぐりが、ごりごりになる。
前頭部から額に掛けて痛い。
「それくらいにしておかないと赤くなっちゃいますよ、リティさん」
「……。……もう手遅れだ」
これは絶対すでに赤い。
でも、確かにそうだな。
僕のイメージの中で、恋人より婚約者の方がふわふわ感は消える。
「リティ姉さまの、婚約者のタッゾさま……覚えました」
しまった。
否定しないでいたら、リュディーナにおかしな覚えた方をされてしまった。
だが今さら否定するのも、何だかおかしい気がする。
面倒だ。
リュディーナに対しては、もうタッゾは僕の婚約者でいい。
だがタッゾはすんなり受け入れてしまったリュディーナの反応が詰まらなかったのだろう。
何とか衝動的な笑いが収まった僕が顔を上げたところで、タッゾから額にキスされた。
たぶん僕の赤い額の簡単な治癒も兼ねてである。
若干、痛みが引いた。
想い合う婚約者からのキスだとしたら、きっと嬉し恥ずかしで頬を染める場面だ。
が、そんな高度な演技力は僕に備わっていない。
リュディーナの方へは振り向かずに、タッゾと見つめ合う振りをしなくてはならなくなった。




