63・回想(54)
僕が面会室に入るなり、跳ねる様に立ち上がったリュディーナに抱いた1番始めの感想は。
小さい、だった。
それもそのはず。
リュディーナは入園時の僕に比べれば2・3歳上といったところの背格好だ。
だが、そうするとリュディーナと僕は10くらい年齢が離れている事になる。
これまで関わった事もない年齢が離れた異母妹だ。
園にいても年が離れている子と、親しく付き合う接点は僕にはない。
こんなに小さい子が会った事もない異母姉に、自ら会おうだなんて考えるだろうか?
否。
たぶん親か誰かに、僕と接触するように命じられたに違いない。
「お、お初にお目に掛かります。お姉さま……?」
語尾が若干疑問形だったような気がするので、とりあえず答えてみた。
「初めまして。確かに僕達は姉妹なんだろうね。髪の色が同じだ」
答えてはみたものの、真剣に目の前の異母妹にどう接したものかが分からない。
僕の耳にまで聞こえて来る噂は、異母弟妹の話ばかりである。
異母弟妹がいるからには、もしかしたら異父弟妹だっているのではないかと思ってしまうが、リュディーナは噂通り異母妹で正しかったらしい。
僕が父から受け継いだ髪の色と、リュディーナも同じ色の髪をしている。
「……とりあえず、座ろう」
「は、はいっ」
リュディーナは座ると、ますます小さく見えた。
2人きりで大丈夫です、と寮母さんに優等生回答してしまったが、やっぱり一緒にいてもらえば良かった。
完全に縮こまっていて、物凄くリュディーナも緊張しているのが分かる。
だが、後悔していても始まらない。
ここは僕自身の為にも、リュディーナから僕と接触してきた理由を訊ねて、この面会を早く終わらせた方が良い気がした。
「早速だけど、用件を聞いてもいいかな?」
「いえ、あの……わたくし。特に何もございません。せっかく園でご一緒するのですから、仲良くして頂けたらと」
「……」
う~ん、困った。
理由を隠しているのか。
それとも聞いている任務が、今のところ僕との接触のみなのか。
判別が全く出来ない。
言葉遣いからすると、今の僕より断然貴族らしい子だ。
どんなに小さくても、貴族は仮面を被れるものらしいから、もしかしたら今のリュディーナの姿も上辺だけの可能性は捨てきれない。
一人称が僕になる前の昔の自分も、こんな話し方をしていたのだろうか?
全く思い出せない。
それでも両親を前にした僕はこんな風なのだろうかと、つい自らと重ねてしまった。
何となく、ワコさんやエノンと入園前に会えなかった時の自分の、数年後の姿が今のリュディーナに思えて仕方ない。
僕がこの園にいると誰から教わったのかを皮切りに、色々尋問する事も出来る。
他にもっと年齢の近い弟妹が園にいるのに、どうして僕に会いに来たのかとか、意地悪な質問も浮かべられる。
でも実際、口に出す事はなかった。
どうして僕に会いに来たかなんて聞いても、ただ言い付けられたから来ただけのリュディーナが困るだけだろうから。
とにかく言っちゃまずい事は、口から出さないようにしなくては。
特にエノンの卒園試験や、アーラカとの研究は隠さなければ。
リュディーナのみでなく、例え誰が相手だろうが。
リュディーナも、僕に絶対言えない事を抱えているはず。
お互いに隠し事を抱え、監視しあいながらの付き合いになる。
目的を聞き終えるか。
聞き出す事を諦めるか。
僕への干渉を止める様に指令が来たら。
きっとリュディーナも他の異母弟妹と同じような態度を、僕に取る様になるのだろう。
だから仲良くなる必要なんてない。
ないのだが、姉妹なのだ。
始めて言葉を交わした、異母弟妹。
そう思うと、わずらわしい火の粉と分かっているが、リュディーナを僕は振り払えない。
本気で止せばいいのにと心底思いながらリュディーナか、もしくはその後ろにいる誰かの思惑に僕は乗る事にした。
「そういえば、ちゃんと名乗っていなかった。僕はリティだよ」
「わたくしはリュディーナと申します、リティ姉さま」
「よろしく、リュディーナ。朝ご飯、一緒に食べに行く?」
「は、はい」
しばらく僕はリュディーナと無言で歩いた。
「リティ姉さま、どちらへ行かれるのですか?」
「食堂まで朝ご飯を食べに」
「……食堂?」
あまりに不思議そうなリュディーナの姿に、疑問を持ち聞いてみる。
「食堂は初めて?」
「はい。昨日は部屋まで食事を運んで下さいました」
「食事を? 部屋まで?」
「はい。それが普通なのだと思ったのですが、違うのですか?」
リュディーナの言葉を聞き、良く考えたら食堂で貴族だと一目で分かる態度の者を、見た事がないのに気がついた。
「どうなんだろう? 僕は毎回、食事を食堂まで食べに行くよ」
「……わたくしも食堂で食事をとった方がよろしいでしょうか?」
「リュディーナの好きな方で良いと思う」
「リティ姉さまは?」
「入園直前にエノンと会って、1番始めから僕は食堂を利用していた」
「そうなのですか?」
「でも今朝はもうすぐ着く事だし、一緒に食堂で食事をしてもらえると嬉しいかな」
「はい。リティ姉さま」
食堂まで歩きながら聞いてみると、リュディーナは誠実に応えてくれる。
その生真面目な受け答えに、何だか可愛いなと感じた僕はリュディーナと仲良くなりたいと感じ始めた。
そのまま、食堂の使い方もレクチャーして、僕らは空いている席に腰を降ろした。
「それじゃあ、いただこうか」
「はい」
2人で黙って食事を食べ始めた。
目の前のリュディーナを見て、今つくづくと改めて思った。
もしエノンが居なかったら、きっと園での僕の生活は今とは大きく異なっていたに違いない。
それに、今も。
「リティの妹~~~っ?」
ここ数年、僕が見知らぬ子弟と話している時は、絶対に近付いて来なかったエノンが声を上げる。
髪の色が同じだから、僕と血縁関係にある子だとエノンはすぐに気付いたと思う。
だけど、リュディーナと仲良くしようと決めたものの、全く会話が弾まず緊張状態だった僕を見兼ねたのだろう。
話題が見つけられない僕がテンパる前にと、間に入って来てくれたに違いなかった。
「あ、オレ。エノン」
「……エノンさま」
そしてリュディーナはといえば、エノンをぽや~んと見上げている。
うんうん。
エノンの魅力は10歳くらいの年の差じゃ、びくともしないのだ。
「うっわ~、様付けなんて初めてされたっ!」
「エノン。そう呼ばれたかった? 今日から僕もそうしようか?」
「えっ! リティはダメっ! リティはそのままっ! リティが変な子じゃなかったら、オレお近付きになってないからっっ」
「……変な子」
やけにエノンが感動している風なので、これくらいで喜んでもらえるならと思ったのだが。
正直なところ嬉しくない表現で、エノンからは全力で辞退された。




