61・回想(52)
今日は新しい研究成果が思いがけないほど出来た。
1つは、触れる事が出来ず、しばらくしたら消えてしまったとはいえ、果物ナイフの形。
もう1つは、人工魔石と人工糸。
さらにもう1つ、アーラカが作った人工魔石の継続時間が格段に伸びた事。
後で、わざとアーラカとの雰囲気を悪くしようとしたタッゾに、文句を言ってやると思っていたはずなのに、そんな気分ではなくなってしまった。
そういえば最近、落ち着いた状態でタッゾの顔を見ていなかったなと思い立ち、真っ向から対峙する事を実行に移してみた。
「何ですか、リティさん? そんなに、じ~っと見つめられると照れます」
「気にするな」
横に並び歩くか、もしくは背中に張り付いているか。
僕にとって、タッゾの定位置はその辺りである。
聞いてくれると思えないが、ちゃんと躾の為に怒ろうと思っていたのに、いざタッゾの顔を見ても怒りが沸いてこない。
たぶんタッゾからの起爆剤となる言葉がないせいだ。
もともと僕にとってタッゾは、僕からエノンを奪ったレミの兄だ。
もしタッゾが僕に興味や、まして好意なんてものを抱かず、形ばかりとはいえ飼ってくれと言い出さなければ、排除するべき存在だったはずだ。
僕は言う事を聞かない者が嫌いで、タッゾは自分に対して命令して来る者が嫌いだから。
本来なら、タッゾと僕は絶対どこかで衝突していただろう。
いや、タッゾの事を今でも敵だと認識する時がある。
だからこそ、こちらの精神領域にタッゾが土足で入り込んで来た場合、遠慮なく潰しに掛かってもいいのだという意識が働く。
それなのに一体どういう構造をしているのか、我ながら本当に可笑しいと思うのだが。
沸き上がった闘争本能に僕の未熟な心が混ぜ込まれ、逆に精神状態を鎮めてしまう事があると知ってしまった。
「タッゾ。さっきみたく、僕を怒らせるような事を言ってみろ」
「へはぁっ?」
何だ、その。
へっ? なのか、はぁ? なのか分からない、微妙な発声は?
危なかった。
僕としては至極真面目に言ったのに、怒るどころか笑いそうになったじゃないか。
「……え~と? 怒りたいんですか、リティさん?」
「たぶん」
「え~っ? たぶんで、怒らせ役をしないといけないんですかっ? しかも必然的に怒られ役もセットですよね、俺っ?」
「いいから、やれ。得意分野だろうが」
よし、その調子で僕に楯突いて来い。
そうすれば、たぶん、怒れる。
「う~ん? じゃあ、とりあえず~? 俺はリティさんに構って欲しいわけで~。だから研究なんて、どうでもいいかな~と思うんですけど?」
「タッゾ。そんな困った様に言われたんじゃ、ちっとも僕に刺さらないぞ。もっと、僕が焦るくらいに。殺る気で言って来い」
「あの~、俺リティさんに殺意が沸く気がしませんが?」
「沸かないのか? たまに僕はお前に対して沸くぞ」
指導を入れてみたが、それでもタッゾはますます弱った顔をするだけだ。
「悲しい事に知ってます。そもそもリティさんが俺に言いたいのは、何を言われ様が研究の手伝いは続けるから邪魔するな」
「そうだ」
「1人で研究じゃなくて、あの研究者な先輩としたいから、人間関係にヒビを入れて来るな。むしろ俺の無駄な努力だぞ、でしょう?」
「よく分かってるじゃないか」
タッゾの言葉に僕はうんうんと頷いた。
「他は? 何を怒りたいんですか?」
「何をだろうか? それがハッキリしなくて、もやもやしている。怒って、感情爆発を起こせば見える」
はずだ、たぶん。
そんな声なき声を拾ったかの様に、タッゾが抵抗し出す。
「ますます俺が怒られ損になる予感しかしないんですけどっ」
「お前しかいない。お前だけが僕を揺さぶれる」
僕がそう言った途端、タッゾが押し黙った。
そして呟き混じりで言って来る。
「リティさんの嘘吐き」
「……」
「ま~、そんな風に言われて喜ぶ俺も大概ですけどねっ」
「違う。お前の喜びなど今はいらない」
「酷っ!」
タッゾの文句は耳を素通りさせる。
それよりも試したい事が出来た。
「タッゾ、好きだ。お前を愛してる」
「完っ全に、嘘じゃないですかっ! ……って、え? さっきの違う、いらないって? ちょっと待って下さい、リティさんっ? まさか嘘吐きって、罵られたいんですか?」
かも知れない。
問われないのをいい事に、ラァフの事も、聖杖が消えた理由も言っていない。
たぶん僕の為にだろう、卒園試験を頑張るエノンさえ僕は心の底では信じていない。
アーラカにも1番面倒な部分を押し付けている。
それにラァフ可愛さに、人工魔石や糸製作もサボってエサ遣りに邁進してしまった。
隠しているのに、嘘を吐いているのに。
隠しているから、嘘を吐いているから。
誰も僕を怒らないし、責めて来ない。
来られない。
「ちょっと言葉責めしてみてくれないか、タッゾ」
「使いどころが間違ってますっ! 怒り役はもっと嫌ですっ!」
タッゾに拒否られた。
確かにタッゾに罵ってもらう事で楽になろうだなんて、虫が良過ぎる考えだった。
ただでさえ、もやもやとした感情の正体が分かった事で、少し心が軽くなっているのだから。
これ以上を望んだら贅沢というものだろう。
「残念だが仕方ない。無駄話に付き合ってくれて、ありがとうタッゾ」
「……っ!」
信じられないという様に凝視してくるタッゾの表情に、とうとう僕は笑ってしまった。
そういえばタッゾの事を利用するだけしておいて、ちゃんと感謝を伝えるのは初めてだったかも知れない。




