表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄道団欒+うそだよ  作者: きいまき
61/100

61・回想(52)




 今日は新しい研究成果が思いがけないほど出来た。


 1つは、触れる事が出来ず、しばらくしたら消えてしまったとはいえ、果物ナイフの形。

 もう1つは、人工魔石と人工糸。

 さらにもう1つ、アーラカが作った人工魔石の継続時間が格段に伸びた事。


 後で、わざとアーラカとの雰囲気を悪くしようとしたタッゾに、文句を言ってやると思っていたはずなのに、そんな気分ではなくなってしまった。


 そういえば最近、落ち着いた状態でタッゾの顔を見ていなかったなと思い立ち、真っ向から対峙する事を実行に移してみた。


「何ですか、リティさん? そんなに、じ~っと見つめられると照れます」

「気にするな」


 横に並び歩くか、もしくは背中に張り付いているか。

 僕にとって、タッゾの定位置はその辺りである。


 聞いてくれると思えないが、ちゃんと躾の為に怒ろうと思っていたのに、いざタッゾの顔を見ても怒りが沸いてこない。


 たぶんタッゾからの起爆剤となる言葉がないせいだ。


 もともと僕にとってタッゾは、僕からエノンを奪ったレミの兄だ。

 もしタッゾが僕に興味や、まして好意なんてものを抱かず、形ばかりとはいえ飼ってくれと言い出さなければ、排除するべき存在だったはずだ。


 僕は言う事を聞かない者が嫌いで、タッゾは自分に対して命令して来る者が嫌いだから。

 本来なら、タッゾと僕は絶対どこかで衝突していただろう。


 いや、タッゾの事を今でも敵だと認識する時がある。

 だからこそ、こちらの精神領域にタッゾが土足で入り込んで来た場合、遠慮なく潰しに掛かってもいいのだという意識が働く。


 それなのに一体どういう構造をしているのか、我ながら本当に可笑しいと思うのだが。

 沸き上がった闘争本能に僕の未熟な心が混ぜ込まれ、逆に精神状態を鎮めてしまう事があると知ってしまった。


「タッゾ。さっきみたく、僕を怒らせるような事を言ってみろ」

「へはぁっ?」


 何だ、その。

 へっ? なのか、はぁ? なのか分からない、微妙な発声は?


 危なかった。

 僕としては至極真面目に言ったのに、怒るどころか笑いそうになったじゃないか。


「……え~と? 怒りたいんですか、リティさん?」

「たぶん」


「え~っ? たぶんで、怒らせ役をしないといけないんですかっ? しかも必然的に怒られ役もセットですよね、俺っ?」

「いいから、やれ。得意分野だろうが」


 よし、その調子で僕に楯突いて来い。

 そうすれば、たぶん、怒れる。


「う~ん? じゃあ、とりあえず~? 俺はリティさんに構って欲しいわけで~。だから研究なんて、どうでもいいかな~と思うんですけど?」

「タッゾ。そんな困った様に言われたんじゃ、ちっとも僕に刺さらないぞ。もっと、僕が焦るくらいに。殺る気で言って来い」


「あの~、俺リティさんに殺意が沸く気がしませんが?」

「沸かないのか? たまに僕はお前に対して沸くぞ」


 指導を入れてみたが、それでもタッゾはますます弱った顔をするだけだ。


「悲しい事に知ってます。そもそもリティさんが俺に言いたいのは、何を言われ様が研究の手伝いは続けるから邪魔するな」

「そうだ」


「1人で研究じゃなくて、あの研究者な先輩としたいから、人間関係にヒビを入れて来るな。むしろ俺の無駄な努力だぞ、でしょう?」

「よく分かってるじゃないか」


 タッゾの言葉に僕はうんうんと頷いた。


「他は? 何を怒りたいんですか?」

「何をだろうか? それがハッキリしなくて、もやもやしている。怒って、感情爆発を起こせば見える」


 はずだ、たぶん。

 そんな声なき声を拾ったかの様に、タッゾが抵抗し出す。


「ますます俺が怒られ損になる予感しかしないんですけどっ」

「お前しかいない。お前だけが僕を揺さぶれる」


 僕がそう言った途端、タッゾが押し黙った。

 そして呟き混じりで言って来る。


「リティさんの嘘吐き」

「……」


「ま~、そんな風に言われて喜ぶ俺も大概ですけどねっ」

「違う。お前の喜びなど今はいらない」

「酷っ!」


 タッゾの文句は耳を素通りさせる。

 それよりも試したい事が出来た。


「タッゾ、好きだ。お前を愛してる」

「完っ全に、嘘じゃないですかっ! ……って、え? さっきの違う、いらないって? ちょっと待って下さい、リティさんっ? まさか嘘吐きって、罵られたいんですか?」


 かも知れない。


 問われないのをいい事に、ラァフの事も、聖杖が消えた理由も言っていない。

 たぶん僕の為にだろう、卒園試験を頑張るエノンさえ僕は心の底では信じていない。


 アーラカにも1番面倒な部分を押し付けている。

 それにラァフ可愛さに、人工魔石や糸製作もサボってエサ遣りに邁進してしまった。


 隠しているのに、嘘を吐いているのに。

 隠しているから、嘘を吐いているから。


 誰も僕を怒らないし、責めて来ない。

 来られない。


「ちょっと言葉責めしてみてくれないか、タッゾ」

「使いどころが間違ってますっ! 怒り役はもっと嫌ですっ!」


 タッゾに拒否られた。


 確かにタッゾに罵ってもらう事で楽になろうだなんて、虫が良過ぎる考えだった。

 ただでさえ、もやもやとした感情の正体が分かった事で、少し心が軽くなっているのだから。


 これ以上を望んだら贅沢というものだろう。


「残念だが仕方ない。無駄話に付き合ってくれて、ありがとうタッゾ」

「……っ!」


 信じられないという様に凝視してくるタッゾの表情に、とうとう僕は笑ってしまった。


 そういえばタッゾの事を利用するだけしておいて、ちゃんと感謝を伝えるのは初めてだったかも知れない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ