60・回想(51)
「聞いてくれるかい、リティ?」
「もちろん」
「次の発表で私は……自力ではまだ作れていない事にして、魔物が融ける時のキラキラが微小魔石である事だけを断言するつもりでいた」
「そうなのか」
じゃあ、壁のイルミネーションは? という問いは呑み込む。
アーラカの話がまだ続きそうだったからだ。
「小型生物の魔物変異化があちこちで起こるのは、つまりそこら中に微小魔石が存在しているからじゃないか……という仮説を提示しようかと思っていたんだよ」
「うん?」
「いっその事、だけど。この杖を作れたって事だけ隠して、具現化能力が高い人材を見つける為に、自力で魔石を作り出せるところまで、1回で発表してしまった方がいいのかも知れない」
「うん、いいと思うよ」
アーラカの中では論文の構成がすでに出来上がっている気がした。
これはもう、誰かの意見を必要とする段階ではないなと、僕は頷く。
瞬く微小魔石が出来上がってしまったり、聖域の微小魔石から杖が作れたりという、予定外の件さえなければ、僕は微小魔石作り要員だったはずだ。
アーラカを突き放して我ながら冷たいとは思うが、微小魔石の研究においても、ただの手伝いという立ち位置を崩したくない。
「そもそも、これはアーラカの研究なんだ。だから発表の形式はアーラカの好きなようにするといい」
「……」
「発表する内容の事前確認も僕はしない。アーラカの論文の出来が良過ぎて、研究成果を横取りしたくなるといけないし」
「リティがそんな真似をするなんて、私は思ってない」
既に知り過ぎている気がする。
だけど僕が知っている事を知っているのは、レミを除外するなら、今ここにいる3人だけだ。
どうしても進めて行くと、わくわくと高揚してしまう。
前に共同研究を誘われた時に断った、実用化に興味がないという言葉が嘘のようだ。
むしろ嘘だと、アーラカには思われてしまっているかも知れない。
「誰だって魔が差す事はある」
本当に横取りする事になった場合、更に僕は母に横流しをするのだろうなと思うが、それはやはり言わない。
高揚する気持ちに、僕は自分自身の為にも釘を刺した。
「分かったよ。でも手伝いは続けてくれるかい?」
「もちろん。面倒臭い物には携わらずに、楽しく実験の手伝いをしているだけでいいなんて機会を逃す手はないからね」
「……ところで、リティ」
「うん」
今まで話していた内容が内容だっただけに、少し緊張する。
「さっきから見ていて思ったんだが、そいつにちょっと甘過ぎやしないか?」
「え? 甘い、かな?」
エノンに対して甘いのは、自覚がある。
でも、タッゾにはどうだろうか?
どこかタッゾには遠慮しなくていいと感じているせいか、怒鳴るし、スルーするし。
その上、わりと出会って間もない頃から利用している。
う~ん?
客観的に考えれば、考えるほど、酷い扱いをしている様な気がするんだが……。
内心首を捻る僕では埒が明かないと思ったらしく、アーラカはエノンに話を振っている。
「エノンも呆れているだけじゃなくて、何か言ってやったらどうだ?」
「へっ? オレは~? リティはコイツには、むしろ塩対応だと思う」
エノンは僕と同意見らしい。
本当はタッゾへの対応を反省しないといけないのだろうが、その気は起きない。
「えぇ~っ? 私の感覚がおかしい? いやいや待て待て。じゃあエノンは今の、このリティとそいつを見て、何とも思わないのかい?」
「こういうのは勝手にやっとけ~って、放置しとくのが1番だとオレは分かってるし。たま~にコイツの一方通行っぷりが哀れで笑え……いや、何でもない」
見えないが、どうやらタッゾが睨んだらしい。
言い掛けたエノンが明後日の方向へ目を泳がす。
「そこの研究者な先輩も、放っといてくれませんかね~? そろそろ蹴ります」
「知らん。……もしかして、誰か達と比べてる?」
「うちの両親」
「両親って事は夫婦だろう? リティとそいつは違う」
「今でああって事は、どうせ結婚前はもっとイチャついてたんだろうし。あとは……まぁ、その? レミも何かとオレに飛び付いて来る、かな?」
「……はぁ」
アーラカが疲れた溜め息の様な、呻き声を漏らした。
タッゾの脅しには屈服しなかったが、エノンからの惚気攻撃は耐え兼ねたらしい。
エノンに彼女がいるのは知っていても、本人からの惚気は厳しかったのだろう。
「リティのオマケにそいつが付いて来るのは、我慢しかないのかぁ~。何だかもう今更な気もするし、研究の意味からは兄妹の事を問題視しないでおくよ」
そういえばタッゾが乱入して来る前、そんな話をしていたと思い出した。
「はぁあ~。人工魔石がいくつか消えてるしぃ~。このまま私の作った物が全部消えるとは思いたくないけどなぁ……」
「今日は解散にしよう、アーラカ。僕も魔石作りを頑張ってみて、消えなかったのを持って来るよ」
アーラカの声に覇気がない。
たぶんこのままいても、なぜ聖域で作った杖が消えないのかに対する、閃きは生じないだろう。
次回の約束をして、アーラカと別れた。




