55・回想(46)
それどころかエノンには珍しく、さらにタッゾに突っかかって言った。
「おい、まさか。マジで舐めるだけの犬とか言わないよな?」
「……あ~? 何だって?」
「絶対、リティを守り抜けよっ!」
「……当然だろ」
こんな僕でもエノンは心配してくれる。
今はまだ、僕だってエノンを信じたい。
エノンに何か僕が出来る事はないかな?
応援くらいしか思いつかない。
目の前には尽きる事なく舞う、たくさんのキラキラ。
ここは聖域、何せ聖域、さすが聖域だから。
例え聖域を出るなり融けてしまうとしても、声掛けだけじゃなくて、今この場でエノンへの応援が目に見える形の、何かが欲しい。
エノンの為だけの、やっぱり杖、かなぁ?
キラキラ団子が作れたのだから、杖だって作れるはずだ。
ただのキラキラの塊には見えないように、外装も埃っぽくないように滑らかに。
ふわふわ……は自重するとして、でも翼の彫りくらいなら。
エノンの緊張を和らげて、ラァフも助けられる、お守り杖。
う~ん、僕に美的センスはないからな。
杖というより、ちょっと削って模様を描いた長めの木の棒にしか見えないぞ。
聖域にしばらく居られるなら、レミにデザインしてもらいたかった。
でもデザインしてもらっても、すぐに消えちゃうんじゃ勿体無いだけだな。
子供の頃はそこら辺の棒を、剣やら杖やらに見立てて遊んでいた。
初心忘るべからずとか、童心に返って……という事で。
おっと、忘れちゃいけない、杖を固定化っ! と。
お願いだから、これは融けるぎりぎりまで食べないでね、ラァフ。
思念でラァフに念押しすると、嬉しそうにエノンの頭の上で羽ばたいた。
かわいい可愛い。
「エノン、はい。卒園試験、頑張れっっ」
僕は押し付ける様な形で、エノンに杖を手渡した。
「え? えっ? 今、これ……リティっ?」
「うん、だからすぐに消えちゃう。こんな風に応援するくらいしか出来なくて、ごめんね」
「消える? ホントに? 軽いけど、ちゃんと持てるし重さもあるんだけど?」
何だか、あまりエノンが嬉しそうじゃない。
エノンが喜んでくれるだろうと、どこかで勝手に期待していた僕も悪いけど。
「綺麗じゃない」
ぼそっとレミに言われてしまった。
反論の余地がない。
確かにエノンが聞いて来る様に本当に消えないと、これから園へ帰るのに邪魔なだけの荷物になってしまう。
大人しく声援だけにしておけば良かったと、早くも後悔した。
「僕の自己満足は済んだから、ちょっと杖を返してもらっていい?」
僕の目の前で僕の渡したプレゼントを捨てるなど、優しいエノンじゃ辛いだろう。
それくらいなら自分で片付けてしまいたいと、思ったのだが。
「消えるまで、絶対に返さないっ! ごめん、リティっっ。急に木のぼ……杖が出て来て、ビックリして心配でお礼が遅くなったけど、ありがとうっ。オレ、頑張るからっっ」
「うんっ?」
どうやら杖はエノンに喜んでもらえたようで、良かった。
「だけど、リティ。駄目だから。他の誰かの前でこういうの作って見せたりしたら、もう駄目だからなっ?」
「う、うん」
ここが聖域だから出来た事なのだが、エノンの勢いに気圧された僕は大人しく頷いた。
「皆そろったし、帰るか」
手をパンパンはたきながら、タッゾが言ってきた。
「そうしよう。そういやタッゾ、キラキラ団子は作れたか?」
「出来ないですね~。多分向いてないんでしょう」
「え? キラキラの塊は作ったものだったの?」
今更な感じで、レミが訊ねて来た。
先程エノンから問われ、僕も頷いていたのだが、その時レミはラァフによって次々消えるキラキラ団子に、どうやら意識が釘づけ状態だったらしい。
「お前も向いてないと思うがな」
「ちょっと待ってよ、どうやるの? あたしもやってみたいっ!」
タッゾからサックリ決め付けられても、レミが興味を持ったままだったので僕は説明する。
「作り出したい物をイメージして、力を注ぐと……」
見本でキラキラ団子を作り出すと、あっという間にラァフが食べてしまった。
「……消えちゃったじゃない」
「力の注ぎ具合が微妙に違うだけで、すぐ消えてしまうんだ」
どうやら、まだ食べ足りないらしいラァフが口を開けておねだりしていた。
その姿の可愛らしさに、どんどんキラキラ団子を作る。
「ん~っと、……こうっ?」
はずんだ声が聞こえたのでレミを見ると、手の周りに光が集まっていた。
「よし、いいぞ。そのまま形のイメージを固定っ」
「ん~~~っ」
「頑張れ、レミっ!」
エノンの応援が入ったなら、大丈夫だろう。
またキラキラ団子作りに集中した。
「タッゾは作らないのか?」
背中から抱きついてきて、僕の手元を覗き込むタッゾが鬱陶しかったので聞いてみた。
「もう十分やりました。それより、リティさんに興味があります」
「……そうか」
いつもの事だと、スルーする。
「何でよ、もうっ!」
「う~ん、悔しい。形にならない」
絶対に僕よりもイメージ力は高いはずなのに、しばらくキラキラと格闘していたレミがキレた。
自分でもいい線まで達していると感じていたのだろう、レミは粘っていたのだが……やはり固定化が難関らしい。
「諦めろ。いい加減、帰るぞ」
結局、タッゾからの2度目の通告で聖域を離れる事になった。
ところが聖域を出ても、杖は消えない。
列車に乗っても、スエートに着いても、園に帰っても消えないままだった。




